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QOLが向上する直腸がんの術前放射線化学療法
肛門近くにがんができても、肛門機能を温存し人工肛門を回避する

監修:竹之下誠一 福島県立医科大学第2外科学教授
取材・文:常蔭純一
発行:2006年6月
更新:2013年4月

  
竹之下誠一さん 福島県立医科大学
第2外科学教授の
竹之下誠一さん

大腸がんの中でも、直腸がんになるとやっかいだ。かつては、肛門を切除して人工肛門をつける手術が一般的だった。1960年代には、直腸がん患者の約6割が人工肛門になったとされる。今ではかなり少なくなっているが、それでもがんが肛門近くにできると人工肛門になる。この壁を放射線化学療法を導入することによって打ち破ろうとしている医療機関がある。それを紹介しよう。


ストレスが増大するストーマ

ここ数年で大腸がんの治療技術は目覚しく進み、治療実績も向上を続けている。その中で予後が今ひとつ芳しくなく、QOL(生活の質)の維持という面でも困難さが残っているのが直腸、わけても肛門に接する下部直腸のがんだ。

よく知られているように下部直腸がんの治療では、手術による腫瘍摘出とともにストーマ(排便のための出口)、すなわち人工肛門をつくることが少なくない。その場合には術後の生活の中で排便障害はもちろん、さらにストーマの手入れ、臭いなどの問題が生じるために、患者のQOLが低下をきたすことになるからだ。

[人工肛門を避けるための治療方法]

直腸がん(RaRb~Rb)手術症例
放射線照射2.5グレイ×2回/日を5日間。計25グレイ照射
照射終了後一時退院
照射終了後約2週間で再入院。病変を再評価
照射終了約3週間後に手術
切除不能・再発直腸がん
放射線照射2グレイ×20回。計40グレイ照射
UFT(300mg/m2)/ロイコボリン(75mg)(4週投与)併用
放射線化学療法終了約3週間後に手術

もっとも最近ではそうした問題を解消する新たな治療法が広がりを見せ始めている。福島県立医科大学病院で行われている肛門温存型の直腸がん治療法もそのひとつだ。

放射線、抗がん剤治療によって腫瘍を縮小させた後に手術を行うことで、摘出範囲が最小限に抑えられる。そうした術前治療に、肛門ギリギリのところで、残存する直腸と肛門をつなぐ超低位前方切除術と呼ばれる手術や、肛門管へメスを入れて内外の肛門括約筋間を剥離しながら内括約筋ごとを切除して経肛門的に結腸(上部直腸)と肛門を吻合する手術(ISR)を行うことによって、肛門機能が温存される可能性が飛躍的に向上しているのだ。

「ストーマを造設するということは、自然肛門と排便機能が著しく異なるだけではなく、そのことが原因で精神的な面でも患者さんのストレスが増大します。実際、私自身のデータでもストーマを造設した場合には、ストレスが原因となって免疫力が低下することを確認しています。そこで15、16年前からストーマをつけずにすむ治療法の開発に取り組んできました。そうしてたどり着いたのが、手術に術前の放射線化学療法を組み合わせた治療法です。現時点では予後を含めた客観的に評価された解析のエビデンス(科学的根拠)が確立されていないため臨床研究として実施していますが、将来的にはこの方法が標準治療になる可能性も高いと考えています」

と、この治療法の可能性を語るのは、福島県立医科大学第2外科学教授の竹之下誠一さんである。

この2年半で同病院を訪れた直腸がん患者の中で、ストーマ設置の対象になったのは23名。そのうち17名がこの治療法によって肛門機能の温存に成功している。実際の治療法はどんなものなのか。以下、具体的に見てみよう。

浸潤が著しい3期でも肛門温存が可能

下部直腸がんの従来の治療では、腫瘍が大きく進行していて肛門側の直腸を残すことができない場合や、深く筋層まで浸潤している場合には、肛門を含めて直腸を切断しなければならないことが多く、2人に1人はストーマの設置を余儀なくされているのが実情だ。

しかし竹之下さんが実施している治療では、周辺の臓器への浸潤が著しいステージ3でも肛門機能の温存が可能だ。そのためには放射線治療と抗がん剤を併用する術前治療による腫瘍の縮小が前提となる。具体的にどのようにこの術前治療が行われているのだろうか。

写真:放射線化学療法の治療前
写真:放射線化学療法の治療後

放射線化学療法を行う治療前(左)と治療後の写真。
肛門近くの下部直腸にあったがん(白い部分)が治療によりほぼ消えている(右)

「初発の場合には1日2回、午前と午後にそれぞれ2.5グレイの線量の放射線を5日間にわたって照射します。合計25グレイ。2回に分けているのは、放射線による副作用を最小限にするため、1回の照射量をできるだけ少なくしたいと考えた結果です。この放射線治療に併行してUFTとロイコボリンによる抗がん剤治療もやってもらう。いずれも患者さんの負担を抑えるために経口の抗がん剤を用いています」(竹之下さん)

そうして5日間の術前治療の後、2~4週間の間を置いて手術が実施される。術前治療から手術の間にインターバルが設けられているのは、放射線治療による効果がピークに達したときに手術を実施しようという狙いによるものだ。

摘出不能あるいは再発の場合には、こうした治療メニューが若干違っている。放射線照射の線量は1日2グレイ。この治療を同じ抗がん剤治療とともに20日間、続けた後にやはり2~4週間のインターバルを置いて手術が施されることになる。

[放射線化学療法を行った治療経過と腫瘍マーカーの推移]
図:放射線化学療法を行った治療経過と腫瘍マーカーの推移

放射線化学療法を行うと、腫瘍マーカーが急減していった

[術前放射線化学療法の治療効果]
図:術前放射線化学療法の治療効果

左が治療前、中央に39×26ミリ大の腫瘍が見られたのが、治療後(2カ月余後)は7.8×7.8ミリに減少


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