骨転移は、痛みや骨折の原因に
肺がんに多い骨転移、新しい骨転移治療薬に注目が集まる
肺がんは転移しやすいがんですが、なかでも骨転移は痛みや骨折の原因となり、患者さんの日常生活に大きな影響を及ぼします。最近、この骨転移の進行を抑制する新薬が登場し、期待が寄せられています。
肺がんはもっとも手強い敵
肺がんは、肺や気管支にできるがんです。できた部位で徐々に大きくなるほか、血液やリンパ液の流れに乗って、他の臓器にも転移します。症状がなかなか現れないため早期発見が難しく、見つかったときにはすでに進行しているケースも少なくありません。
現在、わが国で肺がんで亡くなる人は、1年間に6万7千人(2008年)と、すべてのがんの中でトップ。20年後には12万7千人に達するとみられています(図1)。この数字は、かつて猛威をふるった結核の死亡者数に匹敵するもので、九州大学大学院呼吸器内科学分野教授の中西洋一さんは「肺がんはこれから先も、国民の健康を脅かす、もっとも手強い敵になっていくだろう」と予測します。
肺がんの最大の原因はいうまでもなく喫煙です。日本人を対象とした研究によると、タバコを吸う人は吸わない人に比べ、肺がんになる危険度が男性で4~5倍、女性で3~4倍にもなります。また、自分は吸っていなくても、周囲の人のタバコの煙を吸ってしまう「受動喫煙」でも、肺がんのリスクが1.5倍程度に高まることが明らかにされています。
2000年に東京で開催された国際肺がん学会では、東京宣言を採択。各国の政府、医療界、産業界に対して禁煙による肺がんの発生防止を訴えましたが、この宣言に付随した文書の中で、「世界で発生する肺がんのうち90%はタバコが原因」と述べています。
タバコがすべてではない
しかし、これはあくまで欧米人のデータをもとに算定したもの。日本人を含むアジア人では多少事情が異なります。国立がん研究センターの調査では、日本人の場合、タバコによる肺がんは男性で69%、女性で20%と報告されています。
「つまり、日本人でも喫煙が肺がんの主要なファクターではあるものの、それがすべてではない。男性の3割、女性の実に8割は、タバコとは関係なく肺がんにかかっているということになります」と中西さんは説明します。
では、タバコ以外の原因とは何か。その1つが細胞の表面に存在するEGFR(上皮成長因子受容体)という遺伝子の異常です。正常なら何の問題もありませんが、壊れる(遺伝子に変異が起こる)と、がん化のスイッチが入りっぱなしになって、肺がんが一気に進みます。
欧米人の場合、このEGFR遺伝子異常を持つ人の割合は8%程度ですが、日本人などアジア人では30%と高く、タバコを吸わないのに肺がんになりやすいのは、これが一因とみられています。
バントヒットとホームラン
肺がんの治療は、がんの種類や進行によって異なりますが、中西さんは「タバコかそれ以外によるものかの原因によっても治療戦略が変わってくる」と言います。
がんは、何らかの刺激によって正常な遺伝子が傷つき、いくつかの段階を経てがん細胞に変化する病気です。とくにタバコによる肺がんでは、がん化するまでのステップが非常に複雑といわれます。これは、タバコの中に無数の発がん物質が含まれており、傷つける遺伝子やパターンがみな違う上、それぞれが相互に絡み合うからです。
したがって、治療も一筋縄ではいきません。早期に発見され、手術で切除できるケースは別として、「多くの場合、いくつかの抗がん剤を組み合わせながら、トータルでがんの進行を抑えていく。いわば、バントヒットを重ねながら、点数を少しずつ稼ぐ。それが治療の基本的な考え方になります」(中西さん)。
一方、タバコ以外による肺がんでは、EGFR遺伝子異常のように、複雑なステップを踏まず、1種類の遺伝子変異によってがん細胞が増殖します。そこで、変異した遺伝子を標的にして、ホームランを狙う治療法が開発されました。それがイレッサ*などの新しいタイプの薬剤を用いた分子標的治療です。
がん細胞の分子だけをピンポイントで攻撃するもので、「特定の遺伝子異常のある肺がん患者さんでは、この分子標的治療が主役になっています」と中西さん。
*イレッサ=一般名ゲフィチニブ
骨転移はQOLを低下させる
他のがんと同じように、肺がんも早期発見・治療が大切です。早い段階で見つかれば、体に負担の少ない方法での治療が可能で、治る確率も高まります。しかし、残念ながら肺がんの場合、自覚症状に乏しいこともあって、診断された時点ですでにがんが進行しているケースが多くを占めるのが実情です。
このように進行した肺がんでは、手術が難しいため、抗がん剤による化学療法が主体となります。しかし悲観することはありません。先に触れたような分子標的薬などの登場で、治療成績は着実に向上しており、生存期間も少しずつ延長しています。心配なのは、吐き気、脱毛、骨髄抑制といった副作用ですが、それらを抑える薬剤を併用することで、コントロールが可能になっています。
一方、副作用とは違いますが、患者さんのQOL(生活の質)を低下させるという観点から、今クローズアップされているのが、肺がんで高頻度にみられる「骨転移」です(表2)。転移は、まわりの血管やリンパ管を通じて、がん細胞の一部が他の臓器に飛び火すること。とくに肺には、ガス交換のため大量の血液が流入しており、その流れに乗って、がん細胞が骨に転移しやすいと考えられています(図3)。
骨転移が起こると、腰や手足の強い痛み、手足のまひ、高カルシウム血症などいろいろな症状が現れます。また、転移によって骨の破壊が進むため、骨がもろくなって骨折(病的骨折)しやすくなります。なかでも問題なのは、太ももの付け根(大腿骨頸部)の骨折。ここが折れると、歩けなくなり、寝たきりになることも少なくありません。そして、それが寿命にも影響します。
中西さんは「骨転移の抑制、もし転移している場合には骨折の予防。この2つが、患者さんのQOLを維持する上で重要なポイント」と強調します。
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