縮小手術や再手術でもメリットは大きい
安全性と根治性の確保が重要 肺がんの胸腔鏡手術
肺がんにおいても普及しつつある胸腔鏡手術。ただ、未だに専門家の間では、胸腔鏡手術に対して安全性と根治性を疑問視する風潮が根強いという。胸腔鏡手術の現状は?開胸手術との比較は?専門家に話を伺った。
安全性と根治性の確保が重要
「肺がんの手術は、前提として、安全性と根治性を十分考慮して行うことが大切です。私たちは、その上で患者さんにとって負担の少ない胸腔鏡手術を実施しています」
そう話すのは、がん研有明病院呼吸器外科副部長の文 敏景さんだ。
文さんは前任地の虎の門病院(東京都港区)を含め、現在までに、通算2,500例以上の胸腔鏡手術を行ってきた。また同院の呼吸器外科は、原発肺がん年間約200例、転移性肺腫瘍なども含めると約320例の胸腔鏡手術を実施している(写真1)。
右肺は3つ、左肺は2つの葉に分かれており、その葉ごとに切除する「肺葉切除」では、同院では6割に胸腔鏡手術、4割に開胸手術が実施されている。同科のように両方の手術アプローチが並び立って実施されている病院は、全国的にみても意外と少ない。
1番大きな傷でも3㎝ほど
現在、肺がんの胸腔鏡手術は、原則的に腫瘍が3㎝以下で、リンパ節転移の認められない病期Ⅰ(I)aの症例に対して実施されるのが通例だが、同科では、腫瘍の形状などによっては、5㎝以下まで適応している。
一般的に胸腔鏡手術とは、肺の前後、側方に3~4カ所の小さな孔を開け、そこから手術器具やカメラを入れて、カメラにより映し出された術野を、モニターを通して見ながら行う手術のこという。従来の開胸手術では、肺の側方から後方にかけて大きく20㎝ぐらい切り開いて手術をするため、患者さんに対する負担には大きな違いがあると言われる。
「がんの手術なので、安全性と根治性を担保しなければなりません。逆に言えば、もし安全性が担保されていて、がんもしっかり切除できるのであれば、患者さん側からすると、術後の痛みも少なく、傷も小さくて済む方法のほうが良いと思います」
文さんたちは、術者が両手を使えることや、出血した際に行う吸引が2カ所でできるなどのメリットがあり、より安全で根治的な手術を行えると考えて、4つの孔(切開創)を開けて、胸腔鏡手術を行っている。
孔の大きさは、腫瘍のある肺を切除し、外へ取り出す1番大きなもので3㎝前後、手術器具を入れるポート用として7㎜、またカメラのポート用として7~10.5㎜、助手の操作孔として15㎜となっている(図2)。
不測の事態には迅速な判断と対応が重要
このように、肺がんにおける胸腔鏡手術は患者にとってのメリットが大きいように思われるが、呼吸器外科専門医の間では、まだ十分に市民権を得ていない。胸腔鏡手術に対して、安全性と根治性を疑問視する風潮がまだ根強いのだ。
現在、日本肺癌学会の『EBMの手法による肺癌診療ガイドライン』では、胸腔鏡手術は「グレード(推奨度)C1」で、「科学的根拠は十分ではないが行うことを考慮してもよい」とされている。また、現時点で肺がんの胸腔鏡手術に対する技術認定制度もない。
「従来の開胸手術を是とする医師は、大きく開けて手術をしたほうが、出血などの事態に対応しやすいと考えています。とくに肺の手術は、心臓に直接出入りしている血管を切らなければいけないのですが、肺動脈は体の中で1番もろい血管であるため、安全性を考慮すると、開胸手術のほうがいいと主張しています。そして、限られた視野に頼り、直接触ることのできない胸腔鏡手術の危険性を指摘しています。
もちろん、その主張は一理あります。しかし繰り返しになりますが、わざわざ大きく開ける必要のない症例に対しては、安全性と根治性を担保した上であれば、できるだけ患者さんの負担を少なくするほうがいいと我々は考えています」
文さんたちは、カメラできちんと術野を映して手術を行えば安全にできると話す。
「手術における細かい操作も、開胸手術のようにある程度切開創を大きくして行うと、手ぶれが起こる可能性があります。しかし、胸腔鏡手術では手術器具がポートに固定されており、操作が精密にできます。ただ、器具の操作角度には制限があるので、熟練した医師が行う必要があります。
また、1番問題視されているのは、カメラに映っていない見えないところで出血したり、不測の事態が起きた場合の対処です。どこから出血しているか分からず、コントロールできないような場合には、素早く開胸手術に切り替えるなど、迅速な判断と対応をしなければなりません。もちろん胸腔鏡手術でも安全な止血法はありますが、タイミングを逸すると取り返しのつかないことになってしまうので、その見極めが大事です」
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