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胸腔鏡手術のメリット・デメリット
痛みとダメージの少ない胸腔鏡手術は免疫能が落ちず、がん細胞の増殖も抑える

監修:加勢田靜 国立病院機構神奈川病院副院長
取材・文:半沢裕子
撮影:板橋雄一
発行:2005年6月
更新:2013年6月

  
加勢田靜さん
国立病院機構
神奈川病院副院長の
加勢田靜さん

かつては胸の肋骨にそって30センチも切るのがスタンダードだったという、肺がんの手術。

手術自体が大きな負担と後遺症を患者に強いるものだった。

そんな状況を変えようと、パイオニア的な医師たちがこつこつと技術や機器を充実させ、普及をめざしてきたのが、胸の内視鏡を使う胸腔鏡手術だ。

傷が小さく体へのダメージが少なく、予後も術後のQOLもいいと、話を聞けばいいこと尽くめ。

ただし、技術の習得がむずかしく、安心してまかせられる医師、病院がまだまだ少ないという弱点もある。

傷口は7センチと2センチ。術後は4日で退院

写真:胸腔鏡手術

モニターを見ながら、若手医師に加勢田さんの指示がとぶ

「とにかく手術の傷が小さく、従来はやむを得ない後遺症と考えられていた術後の痛みが、非常に少なくてすみます。術後のQOL(生活の質)はまったく違うはず。少なくとも、病巣の小さな1期肺がんで、開胸手術を続ける医師が多い現状は信じられません」

と語るのは、国立神奈川病院副院長の加勢田靜さんだ。加勢田さんは1992年から13年間にわたり、胸腔鏡による肺がんの手術に取り組んできたこの分野のパイオニア。何しろ新しい機械・術式なので、必要な器具をみずから開発するなどして、胸腔鏡手術のノウハウを完成させてきた。

扱った肺がん症例は400例近くにおよび、今日、手術のときにつけるのは胸腔鏡を入れる直径2センチほどの傷と、病巣を切除したり、切除した肺葉などを取り出すための直径7センチの傷の2つだけ。術後4日で退院し、翌日(5日め)から社会復帰した人もいる。

従来の開胸手術では、肋骨に沿って30センチも切開し、ときには肋骨を切除することもあった。また、肋骨の間を無理に広げるために、脱臼したり骨折したりということも。そのために肋間神経痛が出てしまい、術後は痛みに長く苦しむ患者が少なくなかった。

実際には開胸手術も日進月歩で、傷は驚異的に改善されている。それでも、患者の体に対するダメージは胸腔鏡手術のほうがはるかに軽いと、加勢田さんは主張する。

呼吸機能も低下せず、再発防止にも一役

傷が小さいことを第1のメリットとすると、第2のメリットは呼吸機能が低下しない点にあるといえる。

結果として、たんがスムーズに出せ、肺炎などの合併症を起こす危険性も低くなる。それだけではない。加勢田さんによると、胸腔鏡手術にはさらに驚くべき効果がある。

「開胸術に比べ胸腔鏡手術では術後のリンパ球の働きが良好であるという報告がある。したがって、低侵襲(体への傷が小さい)の胸腔鏡手術では、免疫能が保たれ、抵抗力が落ちない。5年生存率に差があるのも、そのために再発が防止できたからだと考えています」

加勢田さんが示す生存率を見ると、開胸手術より胸腔鏡手術のほうが、有意差をもって成績が良好である。胸腔鏡手術による1期非小細胞肺がんの5年生存率は94パーセント、10年生存率は88パーセントとなっていて、開胸手術による症例の予後(79パーセント、65パーセント)を上回っている(05年外科学会総会シンポジウム発表データ)。その発表の結論として、加勢田さんはこう結んでいる。

「本報告の成績が即、胸腔鏡下肺葉切除・リンパ節郭清が開胸術に優るということを示すものではない。しかし、胸腔鏡手術が低侵襲であることや、胸腔鏡手術の予後が開胸術より良好であることを考慮すると、本術式が開胸術に代わり1期肺がんの標準術式となりうるものと考える」

胸腔鏡手術は職人芸。医師や病院を選ぶこと

写真:加勢田さん自らが開発した手術器具
加勢田さん自らが開発した手術器具も多い

実際、胸腔鏡手術の対象は、今のところ原則リンパ節転移のない1期の肺がんだ。が、リンパ節転移のある2期のがんでも、病巣がとれると判断すれば積極的に行なっている。さらに最近は、3期の進行がんに対しても試みることがある。ダメージの少ない胸腔鏡手術によって病巣を切除すれば、がんそのものを減らせると同時に、術後の回復が早いので抗がん剤による治療にもすぐに移れる。結果として、残ったがん細胞も効果的に叩けるという考えからだ。

事実、96年には3b期と診断された72歳の男性が、胸腔鏡手術後に抗がん剤の長期少量持続投与を受けることによって完治するという結果も出している。

そして2000年4月、胸腔鏡手術による肺葉切除手術は健康保険の適用となった。この手術の優位性を信じる医師たちは普及を大いに期待したが、実際には「肺の手術全体の2パーセント程度」が現状だ。なぜか。

新しい技術なので、機械や器具類をそろえるのが大変というのも理由だが、何と言っても最大の難点は技術の習得がむずかしい点だろう。すべての作業を胸腔鏡の画像と器具に頼らなければならない。たとえば、肺がんの手術で心配される事態のひとつに、肺の血管の大出血があるが、その止血も画像と器具で行なわなければならない。そして最悪の場合には、途中で開胸手術に切り替え、目と手による手術をやり遂げなければならない。

ひとことで言うと、いまだ大変な職人芸の段階にあるのだ。加勢田さん自身、
「ひと通り習得できるまで、数年はかかります。トレーニングに来た医師の中にも、『私にはできません』と帰ってしまった人もいます」

と認めている。信頼できる医師・病院となると、厳密に言って今のところ数人、数カ所に限られるのが現状ではないだろうか。つまり、胸腔鏡手術を受けたいと思うなら、病院と医師を調べ、一定以上の実績をもつ医師のもとを訪ねることが大切なのは間違いない。

それでも、初期にはリンパ節の郭清さえむずかしかったという胸腔鏡手術も、今では肺がんに関するほとんどすべての治療・手術をこなせるようになっているとのこと。

「正直、今なお大きく切開している病院は、少なくともこういう手術もあるという説明は行なうべきです。もし行なっていないとしたら、それは罪悪であるとさえ思いますね」

と語る加勢田さんは、ニンテンドー(テレビゲーム)で育った若者たちの中に、この技術の継承者が増えることを期待している。

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