渡辺亨チームが医療サポートする:卵巣がん編
サポート医師・山中康弘
栃木県立がんセンター
化学療法科医長
やまなか やすひろ
1969年生まれ。
94年旭川医科大学卒業。
5年間の研修後、国立がん研究センター中央病院内科レジデント、がん専門修練医を経て2006年より現職。
日本産科婦人科学会専門医。
モットーは「正確な情報をもとに患者さんと一緒に考える治療の実現」
検査の結果、卵巣に腫瘍。「すぐに手術が必要」と告げられた
荒山扶美さんの経過 | |
2005年 5月9日 | 家庭医を受診。腹水の疑い |
5月10日 | 婦人科を受診。検査の結果、卵巣がんが強く疑われる |
長女から「お腹が出ている」と指摘された荒山扶美さん(53歳)は、「生活習慣病ではないか」と心配してホームドクターを受診する。
ところが、医師からは脂肪肥満ではなく、悪性腫瘍が原因のむくみかもしれないといわれ、婦人科で検査を受けるよう勧められた。
大病院の婦人科を受診した彼女に、はたしてどんな結果がもたらされたのだろうか。
お腹の腫れでクリニックを受診
「あら、お母さん。すごいお腹になっているわね。メタボリック症候群じゃないの?」
2005年のゴールデンウィーク中、荒山扶美さん(53歳)は、長女の美和さんと久しぶりに一緒に入浴しているとき、こう指摘された。お腹の異常な出方は、自分でも気になっていた。美和さんが里帰りしたのを機に、一家は伊豆の温泉旅行に出かけたのだ。
「そうなのよ。私もこの頃お腹が張るような感じがして気になっていたの。中年太りかしら。年を取るのはいやね」
扶美さんはこうぼやいて見せた。
「そういえばお母さんは子宮筋腫(*1)もあったわね。また、大きくなったのかもしれないわよ。1度福田先生に相談したら?」
美和さんは、一家がずっと以前から世話になっていた近所の内科クリニックの名前をあげた。10年ほど前にこのクリニックで子宮筋腫を指摘され、今は症状が改善している。
「子宮筋腫のときとはちょっと違うような感じもするけどね。更年期はいろいろ体の変化が起こるというから、とにかく福田先生に診てもらうわ」
扶美さんと3歳年上の夫の忠雄さんは、首都圏のマンションに住む。扶美さんは22歳のとき、同じ百貨店に勤めていた忠雄さんと結婚し、45歳で退職するまで共働きだった。2人の娘を育て上げ、美和さんに続いて2女の美樹さんも結婚している。忠雄さんは現在も百貨店に勤務していて渉外部長となっているが、夫婦は最近ようやく時間的にも経済的にも少しゆとりを持てるようになってきた。
扶美さんは、51歳で閉経。現在の体調はそのことと関係があるような気がする。
温泉から戻った翌々日の5月9日、扶美さんは福田内科クリニックを訪れた。60代半ばの福田院長は、いつもと変わらない気さくな様子で尋ねてくる。
「しばらくでしたね。どうかなさいましたか?」
「それが、なんだか急にお腹が太ってきたみたいなのです。娘がメタボリック症候群じゃないかとか、子宮筋腫がまた出てきたのじゃないかとかいうので、検査していただこうと思って」
「ほう? お顔を拝見する限り、そんなにお太りになったようには見えませんけどね」
院長は、「ではお腹を拝見しましょう」と、扶美さんにブラウスの前を開くよう促した。お腹が現れる。院長はそこに目をやり、軽く指を触れた。
「おや、これはただの脂肪肥満ではないかもしれませんね。お腹にお水が溜まっているのかもしれません(*2腹水の貯留)」
「お水が?」
「ええ、お腹に溜まったお水を腹水というのですが、お腹の張りはもしかしたら腹水が原因かもしれません。ちょっと超音波の検査で診てみましょう」
院長は、扶美さんに診察台に横になるよう促す。経腹超音波検査が行われた。
「やはり、腹水が溜まっているようですね。腹水が溜まる病気はいろいろありますが、深刻な病気かもしれませんので、早く必要な診察や検査をしたほうがいいでしょう。それと、おへそより下のほう、下腹部にしこりもあるようです。以前に言われていた子宮筋腫かもしれませんけど、少し様子が違うようにも見えます。もしかしたら卵巣が腫れているのかもしれません。婦人科も受診したほうがいいと思います。」
「深刻な病気? 婦人科?」
「ええ。まあ、私は専門ではないのではっきりしたことはいえませんが、悪性腫瘍かもしれません。そうですね。この近くなら、北山病院の婦人科がいいでしょう。紹介状を書きますから、すぐに向こうで検査を受けるようにしてください」
「腫瘍……ですか?」
扶美さんはあまりに突然の話に、ただただ福田院長が口にした言葉を繰り返してみるしかなかった。
「がんの可能性も」といわれ、冷や汗が
5月9日の夜、扶美さんは目が冴えてしまい、なかなか寝付けなかった。福田院長が口にした「悪性腫瘍」との言葉が気になって仕方がない。何度も「自分はそんな重大な病気のはずはない」と思い込もうと、寝返りを打ったりしているうちに朝を迎えてしまった。
5月10日午前9時に、前日電話で初診の予約をしてあった北山病院の婦人科を訪れる。診察室に呼ばれると、そこに同年輩くらいかと思われる白髪頭の男性医師が待っていた。
「川原です」
医師はこう自己紹介をする。机には福田院長の紹介状と思われる書類が開かれていた。
「腹水が溜まっていて、おへその下のほうにしこりがあると言われていらしたんですね?」
扶美さんは昨日からずっと気になっていることを尋ねた。
「卵巣の腫瘍かもしれない、それが腹水の原因かも、って言われたんです。卵巣の腫瘍って何ですか? 手術とかが必要なんですか?」
川原医師はこう答えた。
「紹介状に書いてある内容と、資料としてつけていただいた腹部超音波の検査の写真を見ると、卵巣の腫瘍が疑われます。悪性腫瘍、すなわちがんという可能性もありますから、なるべく早く診察や検査をさせて頂いて、その結果をみて、必要な治療や処置などについてご相談する必要がありそうです」
「がんかもしれない」と聞いて、扶美さんは背筋に冷や汗が吹き出してくるのがわかる。
「卵巣や子宮などの様子を含めて、婦人科の診察(*3)と子宮の入り口と子宮の内膜の細胞の検査(*4子宮頸部細胞診、子宮体部細胞診)、腟のほうから超音波の検査(*5経腟超音波検査)をさせていただきたいので、内診台に上がっていただけますか?」
川原医師は、扶美さんに内診台に乗るよう促した。経腟超音波検査の機械を腟に挿入することを告げ、経腟超音波検査を行い、その後器具を腟に挿入することを告げ、子宮頸部と子宮内膜の細胞診検査、その後、腟と直腸に指を挿入して、同時に下腹部を押したりする内診を行った。
思わず医師を問い詰める口調に
内診が終わると、医師はカルテに何やら書き込んでいる。そして、椅子に戻った扶美さんにこう説明を始めた。
「やはり卵巣に腫瘍があるようですね。さらに詳しい検査が必要ですので、腫瘍マーカー(*6)などの採血検査やCTやMRI検査といった画像検査が必要です。いずれにしても手術が必要(*7手術の必要性)と思われますから、手術を行うための検査も行う必要があります。今日お時間があるようでしたら、できる検査を行って、その後受付で手術のための入院の予約をして下さい。詳しい手続きについては、看護師のほうから説明がありますから。あと、今日行った検査結果を含めて、今後の治療についてご相談しなければならないので、後日ご主人と一緒に外来に来ていただけますか?」
扶美さんは予想もしていなかった話の展開に戸惑い、同時に思いもかけなかった事の深刻さを感じて、思わず川原医師に問い詰める口調になった。
「私1人で結果を聞くわけにはいかないのでしょうか。主人を呼ばなければならないほど深刻なことなのでしょうか? こんなに元気なのに、がんなんてことがあるんですか?」
川原医師は、扶美さんの言葉に対して、次のように話した。
「そうですね。検査してみなければわからないこともありますが、卵巣にある腫瘍は大きいものですし、超音波の検査と診察した結果では卵巣がん(*8)の可能性も考えられます。手術の必要性や危険性などについてのお話などもありますから、ご主人に来て頂いて、一緒にお話を聞かれるほうがいいと思います。入院後、手術の前に改めて手術の内容について詳しくご説明することになっていますから、ご都合がつかなければ、そのときにご主人にご説明することもできますが、入院前にある程度のご説明を聞かれていたほうがよいと思います。ご紹介頂いた福田先生のほうには、私のほうから連絡しておきますね」
医師の説明のあともCTやMRIなど長い検査が続き、それだけでも扶美さんはヘトヘトになるほどだった。
看護師から「では、来週の月曜日に検査の結果を聞きに来てくださいね」と言われて病院をあとにする頃、辺りは夕方の気配となっている。
このあと、扶美さんは家までどうやって帰ったか覚えていない。その間も頭の中で「がん」という言葉がずっと響き続けていたような気がする。一方でまだ、医師の言葉を十分に納得できない思いもあった。
「お腹が膨れているくらいで何の自覚症状もないのに……(*9卵巣がんの症状)。本当に自分ががんなんていうことがあるのだろうか?」
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