先端医療の現場
世界に先駆けた「重粒子線治療」で膵がん治療に希望の光
放射線医学総合研究所
重粒子医科学センター病院
医長の山田滋さん
治療が難しく予後が芳しくない膵がんに、光が見えた。
放射線医学総合研究所重粒子医科学センター病院で行っている「重粒子線治療」だ。
治療を阻む膵がんの特徴に効果をあらわし、生存率も延びている。
世界で唯一の、膵がん重粒子線治療に迫った。
病棟の地下1階から長い廊下を渡って別棟に入る。廊下の突き当たりのエレベーターで地下2階へ降りる。ずいぶんと深い。
「治療室は地下20メートルにあります。この建物はちょうどサッカーグラウンドくらいの面積がありますが、丸ごと、1つの治療装置なんです」と案内してくれた施設の人が言う。装置とは重粒子線がん治療装置。重粒子線は放射線の一種だが、重粒子である炭素イオンを光速の80パーセントまで加速するため、巨大な工場のような設備が必要になるのだ。
治療室に入ると、中央に患者さんが横たわる治療台があり、天井と壁から直径1メートルくらいの白い円筒が患者さんを狙うように伸びている。この円筒の背後には、重粒子が電磁石の力でぐるぐると周回しながら加速する、直径50メートルほどの円状の加速器があるという。
治療台の周りでは2人の技師が忙しく動き回り、治療の準備が行われていた。重粒子線をがん細胞に正確に照射するために行う治療台の位置合わせだ。
ゆったりとしたアリアを歌うソプラノ歌手の声が聞こえてくる。患者さんが持参したCDをかけているのだそうだ。
「照射は長くても1分程度で終わり、まったくの無痛なのですが、位置合わせには15~30分くらいかかります。その間、固定具で体を固定されて、身動きが全くとれませんから、その点だけはつらいと患者さんは話します」 位置合わせの精度は1ミリ以下。重粒子線は殺傷力が強く、精密さが求められるのだ。
膵がんは早期発見も治療も難しい
膵がんは早期発見が難しく、進行が速い。かなり早くから遠隔転移を起こすので、手術が適応になる患者さんはわずか15パーセントだ。しかも、手術で切除しても5年生存率は18パーセントと低い。再発してしまうからだ。それゆえ、切除後の再発を抑える補助療法や、手術できない場合の治療法の開発が望まれているのだが、いまのところ、化学療法も放射線療法も芳しい結果を出し得ていない。
放射線療法が威力を発揮できない理由の1つは、膵臓の周りを胃、十二指腸、小腸、大腸、肝臓、腎臓、脊髄など放射線の量に多く耐えられない臓器が囲む点にある。そのため膵臓への照射量も少なくせざるをえない。
膵がん細胞自体もたちが悪い。放射線の電離作用によってがん細胞のDNAを損傷することで細胞を殺すのが放射線療法だが、その過程で酸素が重要な役割を果たす。一般に、酸素濃度が低い細胞には通常の放射線は効きにくい。 膵がん細胞はまさしくそのような低酸素濃度の細胞なのだ。
狙った場所にのみ線量を集中できる重粒子線
そんな難治性の高い膵がんに対して、良い成績を積み上げつつある治療がある。放射線医学総合研究所重粒子医科学センター病院(千葉市稲毛区)が臨床試験中の重粒子線治療だ。
重粒子線には2つの大きな特徴がある。1つは、線量分布。通常の放射線は体の外部から照射した場合、体の表面近くで最も線量が強くなり、奥に入るほど次第に弱くなっていく。そのため、体の深いところにある腫瘍を狙うには不利であるし、多方向から少しずつ照射する場合でも、標的とする腫瘍の周りの臓器に、ある程度の線量が当たることは避けがたい。
一方、重粒子線は高い精度で線量分布を自在に制御できる。同病院の医長、山田滋さんは「重粒子線はコントロールの優れたピッチャーが投げるボールのようなもの」と表現する。通常の放射線の線量分布と全く異なり、“ボール”の止まる付近でのみ線量が大きくなるという際立った特徴があるのだ。腫瘍の位置で止まるように“ボール”を投げれば、腫瘍付近のみに高線量を集中させることが可能になる。
2つ目の特徴は、細胞を殺す力。強いパワーを持つ重粒子線は、通常の放射線と異なり、細胞の酸素濃度にかかわらず効果を発揮する。
重粒子線は、通常の放射線が膵がん治療に対して抱えていた問題を皆クリアしているのだ。
世界で唯一、放医研だけが行う膵がんの重粒子線治療
同病院の重粒子線がん治療装置は1994年、約350億円をかけて世界に先駆けて建設された。現在、世界で重粒子線治療の行える設備は、ほかに兵庫県立粒子線医療センターとドイツに1カ所あるだけだ。
設立以来、同病院は肺、前立腺、頭頸部、肝臓、直腸などのがんの治療を行ってきたが、膵がんの治療に乗り出したのは9年前から。現在でも膵がんの重粒子線治療を行っている唯一の施設である。
原理的には、重粒子線治療は膵がんに打ってつけのように聞こえる。しかしながら、現在は安全性や効果について第1/2相臨床試験が進められている段階。進行中の治験は2種類ある。
手術が可能な膵がんに対する補助療法としての術前照射と、手術できない場合に対する抗がん剤ジェムザール(一般名ゲムシタビン)を併用した治療だ。以下に、これまでの成果や課題などについて紹介していこう。
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