TS-1による術後治療が自宅近くの診療所で受けられるようになる 胃がん術後補助化学療法の向上を目指して
市立堺病院外科部長の
今村博司さん
胃がんの手術後には、再発を防止するため、TS-1による1年間の補助化学療法が行われている。治療を途中でやめずに1年間服用を続け、予定の服用量の7割以上を服用できると、治療効果がよくなることがわかっている。高い治療継続率を達成している市立堺病院では、地域の診療所との連携による補助化学療法が始められている。
術後補助化学療法は継続してこそ効果がある
胃がんの手術後には、再発予防のための抗がん剤治療が行われる。対象は、ステージ2、3A、3Bで根治手術を受けた患者さんだ。なぜこの治療が必要なのか、市立堺病院の今村博司さんに解説してもらった。
「手術がうまくいっても、検査で見つからないほど小さながんが、体のどこかに転移しているかもしれません。そのがんを放置すると、増殖して再発につながるので、小さなうちに抗がん剤でたたいておくのです」
このような治療を術後補助化学療法といい、胃がんではTS-1(一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム)という抗がん剤が使われる。この補助化学療法の有効性が証明されたのは、2007年のことだった。
国内の大規模臨床試験(ACTS-GC試験)で、手術単独群と、手術後TS-1服用群の治療成績を比較したところ、TS-1服用群のほうが明らかに優れていたのだ。3年後に生存している割合は、手術単独群の70.1パーセントに対し、TS-1服用群は80.5パーセントだった。
この臨床試験では術後1年間の治療を目標にしていたが、副作用などで、薬の量を減らしたり、途中で服用を中止したりした人もいた。そこで、服用期間や服用量と治療成績の関係も調べられた。その結果、休薬や減薬を行いながらでも12カ月間継続した人や、計画された服用量の70パーセント以上を服用した人は、治療成績がよくなることが明らかになった。
補助化学療法の価値をしっかりと説明する
この臨床試験で治療を1年間継続できたのは、65.8パーセントの患者さんだった。それに対し、市立堺病院では、88.9パーセントという高い治療継続率を達成している(2007年11月~2009年2月のデータ)。
「ただ薬を飲みなさいと言うだけでなく、飲む意義をしっかり伝えてきたのがよかったのだと思います。患者さんは、手術で主な治療は終わったと思っていますし、補助などという言葉がついているので、術後治療はやってもやらなくてもいいものだと考えがちなのです」
これだけではない。補助化学療法には、意欲的に取り組むのが難しいもう1つの理由があるという。
「がんの化学療法には、進行再発がんに対する治療と、術後の補助化学療法があります。進行再発がんの場合、がんの大きさの変化で、薬が効いているのかどうかがわかります。がんが小さくなっていれば、副作用が多少あっても、がんばって服用を続けようという気になりますね。ところが、補助化学療法の場合、効いているかどうかわからない薬を、ずっと飲み続けなければならないのです」
医療分担 | 説明および指導内容 |
---|---|
医師 | ●胃がんの術後補助化学療法では、TS-1を12カ月間きちんと服用するように指導 ●副作用の軽減 |
薬剤師 | ●薬剤を服用することの意義を患者さんに説明 ●患者さんの情報を病院側と調剤薬局の薬剤師で共有 |
看護師 | ●患者さんが医師、薬剤師の説明をどの程度理解しているのか確認し、補足説明 ●退院時に副作用の評価方法を指導 ●自宅で体験した副作用を毎日記入するように説明 |
患者さん | ●副作用を自分で評価し、胃がんパス(「私のカルテ」)に記載 ●具合が悪くなったら、日中に限らず夜間でも、すぐに病院に電話する |
そこで、術後の補助化学療法でTS-1を服用する意義を、患者さんにしっかり説明することにした。
手術後にTS-1の補助化学療法を行うと、生存率が10パーセントくらい向上する。つまり、100人が手術を受けたとすると、補助化学療法を行うことで、再発しない人が10人ほど増えるわけだ。もし手術だけで補助化学療法を行わなければ、この10人は再発して命を落としていたことになる。こう考えると、TS-1による補助化学療法の重要性がよくわかるというのである。
患者さんがきちんと薬を飲むことに対して、従来は“服薬コンプライアンス”という言葉が使われてきたが、最近は“服薬アドヒアランス”という言葉が使われている。コンプライアンスは命令に対する追従という意味だが、アドヒアランスには忠実とか支持といった意味がある。患者さんが理解して納得し、服薬計画を守るというニュアンスが含まれるのだ。
「TS-1の補助化学療法で大切なのは、服薬アドヒアランスを向上させることです。医師が薬を投与し、患者さんはただそれに従えばいいという発想では、なかなかうまくいきません」
患者さんの理解が治療を遂行する原動力となるのだ。
地域連携パスを使い診療所で治療を継続
患者さんへの説明は大切だが、これにはたいへんな労力を要する。そこで、市立堺病院では、患者さんへの説明を、医師だけではなく、薬剤師の力を借りて行うようにした。
「当初は医師だけでやっていたのですが、どうにもならなくなって、薬剤師さんに参加してもらいました。それがよかったのでしょうね。88.9パーセントという高い治療継続率を実現できたのは、医師と薬剤師が協力して、補助化学療法の意義を伝えてきたからです。治療が始まってからも、治療の重要性を繰り返し話してきました」
さらに市立堺病院では、地域の診療所と連携した術後補助化学療法にも取り組んできた。同病院で手術した患者さんの補助化学療法を、連携する診療所でも行うようにしたのである。実施に当たっては、地域連携クリニカルパスを作成し、診療所においても標準的な補助化学療法が行えるようにした。
クリニカルパスとは、ある病気の治療に関して標準化した診療内容やスケジュールをまとめたもの。地域連携クリニカルパスには、病院や診療所の役割分担も明記されている。これを医療者と患者が共有し、計画通りに診療を進めていくのである。
「この方法は、医療者側にも患者さん側にも利点があります。まず患者さんに関して言えば、診療所なら家から近いし、病院のように待たされることもありません。それに、胃がん以外の体の問題も、一緒に診てもらうこともできます」
補助化学療法を受けている患者さんの多くは、高血圧や腰痛など、いろいろな体の不調を抱えていることが多い。胃がんの専門医が診療に当たる病院と違い、診療所なら、こうした問題にも対応してもらえるわけだ。
一方、病院にとっては、胃がんの専門医が、専門的な診療に専念できるようになるというメリットがあった。
この連携を始める時点では、診療所に移るのは不安だという患者さんが多かったという。胃がんの治療を自宅近くの診療所で受けることに、何となく頼りなさを感じていたのだ。ところが、実際に治療がスタートすると、様子が変わってきた。
「診療所で補助化学療法を受ける患者さんも、3カ月に1回は病院で検査と診察を受けます。そのときに患者さんが不安を口にするかと思ったら、『いい先生を紹介してくださって、ありがとうございます』とお礼を言われました。みんなそうで、連携パスによる治療をやめたいと言った患者さんは1人もいませんでした」
前述したように、診療所での補助化学療法は患者さんにとって利点が多い。それに、診療所の医師のきめ細やかな対応が、患者さんには好評だったのだ。
連携パスによる治療が広まって行きそう
今年の4月、健康保険の診療報酬が改定され、がんの地域連携クリニカルパスに診療報酬の加算が認められることになった。これを機に、連携パスによるTS-1の補助化学療法も普及していくと考えられている。
堺市では、連携パスによる補助化学療法を行える診療所を、医師会が認定することになった。認定を受けるためには、講習会などで、TS-1及び、胃がんの補助化学療法について、しっかり学ぶ必要がある。
また、連携パスの導入率を上げるため、認定施設でないA診療所から紹介された患者さんを、手術後、認定施設のB診療所に紹介できるようにした。2年目以降の術後フォローアップはA診療所に戻すという前提で、1年間の補助化学療法をB診療所に任せるのである。
「このシステムによって、地域連携パスで術後補助化学療法を受ける患者さんは、順調に増えて行くと思います」
堺市で始まった地域連携パスによる胃がん術後補助化学療法の試みは、現在のところ順調に進められている。
これをモデルケースとして、地域連携パスによる術後補助化学療法が、各地で実現していくことになるだろう。
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