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有効な治療法がなかった時代から、TS-1との併用や腹腔内投与に期待感 新しい治療法が生まれつつある腹膜転移の治療

監修●田村茂行 関西ろうさい病院消化器外科部長
取材・文●繁原稔弘
発行:2009年4月
更新:2019年8月

  
田村茂行さん
関西ろうさい病院
消化器外科部長の
田村茂行さん

消化器がんに起こりやすい腹膜転移。消化管のがんが細胞壁を突き破って腹腔の中にこぼれ落ちて転移するがんであり、いわゆる“悪性がん”といわれるものが多い。これまで、腹膜転移には、あまり効果的な治療法がなかった。だが最近になって、新しい抗がん剤の登場や腹腔内化学療法といった治療法の開発が進み、徐々にその治療への道が築かれようとしている。


悪性がんが多い腹膜転移

がんが恐ろしいのは、その成長が早いことに加え、転移するためである。転移の仕方は、消化器系のがんの場合、大きく「血行性転移」、「リンパ節転移」、「腹膜転移」の3つが挙げられる。

血行性転移とは、がん細胞が原発巣から血液によって運ばれるがんのことで、離れた場所の血管床に接着して転移する。違う場所でがんが再発するため、その発見は難しいが、抗がん剤が有効に働く場合もある。一方、リンパ節転移は、原発巣に近いリンパ節から順に転移するものであり、そのため、手術によってがん細胞近くのリンパ節を摘出することで再発を抑えることが可能となる。

ところが、こうした血液・リンパ液と違い、腹膜転移は、胃がんや大腸がん、卵巣がんなどの臓器に発生したがんが、それら臓器の表面を覆っている膜を突き破って腹腔内にこぼれ落ちて、直接に広がるという独特の転移をする。

腹腔というのは、人間の腹部にある薄皮でできた大きな袋のことで、この中に胃や小腸、大腸といった消化管が収まっている。腹膜転移のがんは、これら臓器で再発する。まるで畑に種をまく(播種)ようにがん細胞が広がることから、腹膜転移したがんを「腹膜播種」とも呼ぶ。症状としては、がんが腹膜転移すると腸管を巻き込んで食べ物が通らなくなったり(腸閉塞)、多量の腹水がたまって腹部が膨隆する(がん性腹水)などの症状を引き起こす。また、肝臓で作られた胆汁の通り道を巻き込んで、黄疸や肝不全を引き起こす場合や、腎臓の働きが壊れてしまったりする腎不全などが起こる場合もある。

阪神南地域におけるがん診療の中核施設、関西ろうさい病院消化器外科部長の田村茂行さんは、次のように説明する。

「日本人の場合、6~7割の腹膜播種の原因は胃がんによるものです。腹膜転移で引き起こされるがんで多いのは、卵巣がんや、症例数は少ないのですが大腸がんや膵臓がんなどです」

[腹膜転移が起こるメカニズム]
図:腹膜転移が起こるメカニズム

検査の進歩で発見も早くなった

[腹腔鏡で見た腹膜転移]

胃壁にがんが露出している
胃壁にがんが露出している
ごく一部の腹膜転移
ごく一部の腹膜転移
高度の腹膜転移(腹水も認める)
高度の腹膜転移(腹水も認める)

胃がんは、基本的に胃の内側にある粘膜に発生するがんである。そのため初期であれば、腹腔の中にがん細胞がこぼれるようなことはない。だが、がんが成長し、胃の内側から外側の表面まで染み出すと、がんの表面からはがれた細胞が腹腔の中に散らばるようになる。つまり、腹膜転移しているということは、それだけがんが進行している証拠でもあり、「スキルス胃がん(ボールマン4型胃がんなど)」に代表される、分化度が低い、いわゆる“悪性がん”と呼ばれるものが多い。「ですから、たとえ、腹膜偽粘液腫や悪性腹膜中皮腫といった悪性度が低いがんであっても、腹膜全体に広がると治療が困難になるため、腹膜播種はやっかいな転移形式だといえます。そのため、少し前までは、発見されると余命はわずかだといわれていました」と田村さんは説明する。

さらに、がん細胞が小さいため、発見もしにくい。「がん細胞の大きさは0.01ミリほどの小さなものですから、それが腹腔の中にはがれ落ちても目に見えないからです。ただ、今では、超音波検査も進歩していますし、CT(コンピュータ断層撮影)検査もいろいろな方向からの断面を見ることができるようになりましたので、少量の腹水でも診断でき、腹膜転移もいくらかは早くにわかるようになりました」と言う。

だがそれでも、CTやPET(陽電子放射断層撮影)による検査を行ってもがんが腹腔内に転移しているかどうかわからない場合もある。「そんなときは、腹水があればそれを取り出し、無い場合は、腹部を小さく切開して腹膜鏡を挿入して調べるか、あるいは手術でお腹を開いたとき、腹腔の中に生理食塩水を注入し、攪拌後それを回収して顕微鏡で観察し、はがれ落ちて浮かんでいるがん細胞があるかどうかを調べます」。

ちなみに、こうしてがんが発見された状態を「洗浄細胞診陽性」という。さらに精度を高めるために、最近では、がん細胞が産生する遺伝子を指標とした遺伝子診断法が導入されつつある。この方法だと、これまで洗浄細胞診では検出できないような微量ながん細胞も検出できるので、より正確に腹膜転移再発の予測が可能となる。

[初発時と再発時の胃がんの腹膜転移の特徴]

  初発胃がん 術後再発
臨床所見の
特徴
大きな3型や4型胃がんに多い
低分化型がんや印環細胞がんに多い
胃がん術後の1番多い再発形式
T3、T4胃がん術後に多い
低分化型腺がんや印環細胞がんの術後
腹部膨満感(腹水貯留)
腸閉塞症状、排便障害
症状 腹部膨満感(腹水貯留)
食欲不振
診断 CTなどでは診断が難しい
腹腔鏡検査が望ましい
CTなどでは早期診断が難しい
急激な腹水貯留や腸閉塞症状で再発が疑われる
治療 抗がん剤治療(場合によっては治療後に手術)
出血や幽門狭窄症状などがある場合は切除やバイパス手術が選択されることもある
非根治的切除術後に抗がん剤治療
抗がん剤治療
腸閉塞に対する手術
(バイパス手術、人工肛門造設術)
抗がん剤治療
の現状
1.腹膜転移をターゲットとした標準治療は確立されていない
2.TS-1を主体とした治療
(術後TS-1服用中あるいは服用終了してすぐに再発した場合はTS-1以外の薬剤)
3.一般的にはTS-1+シスプラチンが第1選択になる
4.5-FUとメソトレキセートの腹膜転移に対する有効性は検証中(臨床試験中)
4.2剤併用療法:TS-1+αの可能性
パクリタキセル、ドセタキセル、イリノテカンなどが検討中
5.パクリタキセルやドセタキセルの腹腔内投与は今後の検討が必要
6.温熱療法、温熱化学療法(大規模臨床試験のデーターはない)


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