術後補助化学療法の有効性を検証する臨床試験で大きなインパクト 胃がんは「抗がん剤もがんの治癒に貢献できる」時代に
癌研有明病院
消化器センター長の
山口俊晴さん
かつて胃がんは、抗がん剤が最も効きにくいがんの1つといわれていた。とくに、手術後の再発の予防に有効な抗がん剤はないとされてきたのだが、このほど、日本で開発された経口抗がん剤TS-1の有効性が大規模臨床試験で明らかにされ、世界中の注目を集めている。TS-1のおかげで、胃がんは「抗がん剤もがんの治癒に貢献できる」時代になったのか? 今回の試験の意義について、癌研有明病院消化器センター長の山口俊晴さんに解説してもらった。
臨床試験が中止になった衝撃
2006年10月13日、衝撃的なニュースが世界を駆けめぐった。ステージ2、3の胃がんを治癒切除した患者千人以上を対象に、TS-1(一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム)による術後補助化学療法の有効性を検証する臨床試験(ACTS-GC)が、国内の100以上の医療機関が参加して行われていた。
手術のみの群と手術後TS-1を服薬する群とに分け、生存期間や安全性について比較し評価する試験だが、その途中の段階で、TS-1の製造・販売元で試験実施者でもある大鵬薬品工業が、次のような発表を行ったのである。
「胃がんの手術症例1,059名を対象とした臨床試験(ACTS-GC)において、『試験調整委員会』と大鵬薬品工業は、第3者機関である『効果・安全性評価委員会』の勧告を受け入れることにしました。『効果・安全性評価委員会』の勧告とは、中間解析において、手術後の代謝拮抗剤ティーエスワンRカプセル(TS-1)投与の有効性が認められたため、試験を中止し、現時点で一斉の追跡調査を実施したあとに解析結果を公表するようにというものです」
つまり、試験の中止とは、何らかの不都合が生じて中止に至ったというのではない。試験計画として1年間の服薬をし、その後の観察の結果、明らかな有効性が認められたため。1日も早く治療を待っている患者の利益に供するため、予定を繰り上げて結果をまとめ、公表しようというわけなのである。
試験結果は、翌07年1月19日、米国フロリダ州オーランドで開催された消化器がんシンポジウム(アメリカ臨床腫瘍学会=ASCOなどが共催)において発表された。
それによると、手術単独群(530例)と手術後TS-1を投与した群(529例)とを比較したところ、TS-1投与群は手術単独群より死亡リスクが32パーセント減少することが認められ、手術後3年の生存率でみても、手術単独群で70.1パーセントだったのに対して、TS-1投与群では80.5パーセントだった。また、TS-1による副作用は軽いものが多く、食欲不振(グレード3以上)の6パーセントが最大だった。
この結果について、癌研有明病院消化器センター長の山口俊晴さんは次のように語る。
「これだけ精度の高いスタディはおそらく初めてのことでしょう。世界的にもインパクトが大きく、今後、ステージ2、3の胃がんを治癒切除された患者さんに対して、TS-1を使った術後補助化学療法は標準的な治療になることが考えられます」
効果が大きく副作用が少ないTS-1
TS-1とはそもそもどんな薬なのか、どのような経緯で開発されたのだろうか。山口さんによると――。
「もともと抗がん剤としては5-FU(一般名フルオロウラシル)という薬が約50年前から使われていて、胃がんでも広く用いられてきました。しかし、効果はなかなか上がらず、奏効率はせいぜい2割ほど。そこで、とくにわが国を中心として、5-FUを改良したいろんな薬が開発されました。それでもなかなか奏効率が上がらなかったのですが、UFT(一般名テガフール・ウラシル)という薬が登場して、かなり効果が増強されるようになりました。その後さらに、より効果を増強するとともに、副作用も少ないように工夫されたTS-1が開発されたのです」
TS-1の作用機序は次のように説明されている。TS-1はテガフール(FT)、ギメラシル(CDHP)、オテラシルカリウム(Oxo)の3つの成分を含有していて、FTは代謝によって5-FUに変換され、主としてDNAの合成阻害の働きをする。CDHPはFTが5-FU以外に代謝されるのを防いで5-FU濃度を上昇させる。また、Oxoには5-FUの抗腫瘍効果を損なうことなく消化管障害を軽減する働きがある。
つまり、5-FUの効果を改良・増強したのがTS-1。体内で抗がん成分を高濃度に保つ特性を持ち、しかも胃や腸など消化管に対する副作用は軽減するよう工夫されている。点滴や注射ではなく、口から飲むカプセル剤なので、入院せずに通院によって治療を受けられるメリットもある。
ガイドライン変更の可能性
治療前。中央に大きながんが見られる
TS-1を服用したところ、がんが大きく縮小
何よりTS-1の効果はすばらしく、切除不能にまで進行したがんや、再発して治療法がないような患者に対しTS-1単剤による治療だけでも、奏効率は46パーセントとのデータがある。従来の5-FUの20パーセント程度と比較すれば、倍以上の数字だ。そして、今回、術後補助療法に用いた臨床試験の結果である。
注目すべきは、臨床試験の結果を受けて、日本胃癌学会の「胃がん治療ガイドライン」が書き換えられる可能性が高まったことだ。
04年12月版のガイドラインによれば、ステージ2、3の胃がんに対する術後補助化学療法は「有効性が十分に証明されていないので、臨床研究においてのみ実施」とされている。
従来、臨床の現場では、再発予防を目的に術後の抗がん剤治療が多くの医者によって行われてきた経緯がある。手術したあと、残っているかもしれないがん細胞を叩くには抗がん剤が有効、と信じる医者が多かったのだ。
しかし、さまざまな薬が試されたものの、抗がん剤を補助療法で使って手術成績が上がるという証明は得られず、ガイドラインでは「胃がん補助化学療法には推奨される標準的治療はない」とされた。つまり、TS-1が登場するまで、術後に用いる抗がん剤で有効性が証明された薬はなかったのである。
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