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進行別 がん標準治療【胃がん】 早期がんなら内視鏡、縮小手術、それ以外は定型手術が基本

監修●笹子三津留 国立がんセンター中央病院外科部長
取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2004年4月
更新:2019年8月

  

国立がん研究センター中央病院
外科部長の笹子三津留さん

ここ数年、日本でも各部位のがんについて治療の指針となる「ガイドライン」が作成されています。その先陣を切って発表されたのが「胃癌治療ガイドライン」(日本胃癌学会編・2001年3月)です。これまで、同じ部位の同じ程度の進行度のがんであっても、受診する病院や医師によって治療法が異なっていました。その一方、世界では新しい抗がん剤や治療法に対する大規模臨床試験が行われ、その効果について次々と新しいデータが報告されています。胃がん治療のガイドラインは、こうした施設間の治療格差を少なくし、がんの進行度に応じた適正な治療法を示すことを大きな目的に作成されたものです。このガイドラインの作成委員会の委員でもある国立がん研究センター中央病院外科部長の笹子三津留さんに胃がんの標準治療について解説していただきました。

治りやすいがん、治りにくいがん

2001年に発表された『胃癌治療ガイドライン』
2001年に発表された
『胃癌治療ガイドライン』
まもなく改訂版が出る予定

実は、日本の胃がん標準治療には、胃がん特有の背景があるようです。

日本は、胃がん大国と言われるほど胃がんの発生率が高い国です。これを克服するために早期診断の方法が進歩し、治療に関してもリンパ節郭清(リンパ節をかきとること)などの技術を駆使し、高い治療成績をあげてきました。日本のがん治療は、胃がんが牽引車となって進歩してきたといっても過言ではありません。その結果、日本では胃がんは治りやすいがんの一つになったのです。笹子さんによると「日本での治癒切除率は83パーセントにのぼる」といいます。つまり、胃がん全体で8割以上は、一旦手術によって完全にがんが取りきれているのです。

ところが、胃がんは欧米には少ないがんです。そのため、日本とはかなり状況が異なっています。早期発見が少ないために胃がんは欧米では「治りにくいがん」になっているのです。「アメリカでの治癒切除の割合は、おそらく6割程度」と笹子さんは語っています。日米のガイドラインをみても、アメリカは進行がんの治療に詳しいのに対し、日本のガイドラインは患者数の多い早期がんに詳しくなっています。この差が、臨床試験にも関係しているのです。

胃がん治療の先進国としての使命

各治療法の効果を科学的根拠に基づいて評価する、つまりEBMという発想は欧米で進歩してきたものです。そのため、欧米で患者数が多い乳がんや大腸がん、肺がんなどの治療に関しては、以前から欧米で臨床試験が行われ、その結果に基づいてガイドラインが作られてきました。ところが、胃がんは患者数が少ないので、あまり臨床試験が行われていないのです。

では、日本ではどうかといえば「日本で質の高い臨床試験ができるようになったのは、つい最近のこと、90年代に入ってからです」と笹子さん。そのため、胃がん治療では科学的根拠といえるような評価がまだ少ないのが実情なのです。

そのため、今回のガイドラインでも「これまで臨床現場で行われてきた治療法がどこまで確かなのか、病理学的なデータや臨床でのデータ、あるいは臨床試験の結果などをミックスして評価しています。これは、現状ではいたしかたないことです」。しかし、だからこそ今後日本が果たす役割は大きいと笹子さんは語っています。

「胃がんは日本できちんとしたエビデンス(根拠)を出していかなければ、本当に使えるガイドラインはできません。その意味で、日本は世界に対して科学的に質の高い臨床試験の結果を出していく義務があるのです」。胃がん治療の先進国として、質の高い臨床試験を行い、各種の治療法を検証していくこと、それが日本に課された使命であるというのです。

では、現状ではどういった治療が標準的に行われるのでしょうか。

胃がん治療の基本:胃がんの進行度と治療ガイドライン

胃がん治療は、胃の3分の2以上を切除して、周囲のリンパ節(胃に接して存在する第1群リンパ節と胃に流れ込む血管にそって存在する第2群リンパ節=D2郭清。下図参照)を残らず取り尽くす「定型手術」が基本です。問題は、定型手術のできない進行したがんとそれほど大きな手術が必要ない早期がんの治療です。

D2郭清=リンパ節の郭清範囲をDという文字で表記する。郭清範囲が少ないほうから、D1、D2、D3、D4とある

[胃がんリンパ節の分類]
胃がんリンパ節の分類
第1群リンパ節と第2群リンパ節を切除するのが標準的なD2郭清
[胃がんの進行度(病期、ステージ)]
胃がんの進行度(病期、ステージ)
日本胃癌学会編『胃がん治療ガイドラインの解説』より
[胃がんの治療ガイドライン]
胃がんの治療ガイドライン

 

D2リンパ節郭清と世界の標準治療

日本と欧米での胃がん治療の成績に大きな差があることは以前から知られていました。しかし、診断方法や手術方法の違いなどがあり、同じレベルで比較検討することが難しい状況にありました。とくに、手術では日本ではD2郭清が標準ですが、欧米では手術範囲が広くなることで合併症が起こる危険が大きいと考えられ、D2郭清はほとんど行われていません。

そこで、15年ほど前笹子さんはオランダに招かれ、D2郭清の方法を指導しながら、D1郭清との比較試験を行いました。しかし、D2郭清では手術による死亡が10パーセントに出現(D1郭清では4パーセント)し、D2郭清の有効性を証明することはできませんでした。しかし、これは短期間の指導しかできず、技術を十分に習得する以前に、臨床試験が行われたことが大きな原因でした。

現在では、アメリカのガイドライン(NCCN)では、D2郭清が望ましい、オランダ以上に臨床試験の結果が悪かったイギリスのガイドラインでもD2郭清をするべきと表記されています。笹子さんによると「今は、欧米でも胃がんは胃がんの専門家が手術を行い、D2郭清をするべきという方向に進んでいる」そうです。

リンパ節は脂肪にくるまれて血管に沿って走っています。その中央を神経がよぎることはしばしばで、そのため、郭清によって神経も切断されることがありますが、早期がんでは自律神経を温存してリンパ節郭清ができるようになっています。「進行がんでリンパ節から外にがんが浸潤している場合は、神経ごとゴソっととったほうがいいのですが、その場合も下痢の頻度がやや高くなる程度で大きな合併症は少ない」そうです。最近では、D2郭清と同時に切除されていた脾臓や膵臓も、状況によってとらない方向になっているといいます。それによって、膵液が漏れたり、そこから感染を起こすことも少なくなっています。

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