高い技術による安全性確保が必要
甲状腺がん 内視鏡下手術により治療効果と術後の整容面を両立
甲状腺がんは手術により治ることの多いがんだが、従来の切開術では術後に首の下に大きく傷跡が残り、特に女性にとっては整容面の支障になることが課題だった。一方、内視鏡下甲状腺切除術(VANS法 ※以下「内視鏡下手術」)では、鎖骨の下に短い傷跡が残るだけで、容姿だけでなく食事などの面でも術後のQOL(生活の質)を改善している。先進医療として承認されている「甲状腺悪性腫瘍に対する内視鏡下手術」の現状について、専門医にうかがった。
摘出手術で良好な予後
甲状腺は、人体の中で最大のホルモンを分泌する内分泌線。喉仏(のどぼとけ)のすぐ下に位置する重さ16~20gの小さな臓器で、全身の新陳代謝や成長の促進にかかわるホルモンを分泌している。
甲状腺がんの発症割合は1年間に人口10万人あたり7人前後で、罹患数で言えば少ない類のがんだ。また、国立がん研究センターがまとめた10年生存率では、すべてのがん種の中でトップの90.9%を示すなど、予後のよいがんと言える。
罹患者は女性が男性の2倍ほどになる。症状は喉のしこり以外はほとんどないことが多いが、喉元の違和感、痛み、飲み込みにくさ、声のかすれなどが現れてくることもある。無症状の場合は、定期検診などでの超音波(エコー)検査で発見されることが多い。
また、甲状腺がんは種類が多いことも特徴で、乳頭がん、濾(ろ)胞がん、髄様(ずいよう)がん、未分化がん、悪性リンパ腫に分類される。これらは悪性度、転移の起こりやすさなどに違いがあり、治療法も異なる。例えば、全体の約90%を占める乳頭がんは、摘出手術により良好な予後が得られる。一方で、一部の乳頭がんは悪性度の高い未分化がんに種類が変わることもあるという複雑ながんだ。
がんの大きさに関わらず適応
治療は、悪性度の高い未分化がんを除き手術が基本となる。手術をする際には、がんの種類や広がり、リンパ節転移の範囲などにより、左右に分かれている甲状腺の片方の葉を切除する葉切除術、甲状腺の約3分の2以上を切除する亜全摘術、甲状腺全摘術などがある。
その手術の方法として注目されているのが、内視鏡下手術だ。2014年に保険収載の一歩手前となる先進医療Aに承認された。
甲状腺がんの内視鏡下手術の第一人者である日本医科大学付属病院外科・内分泌外科准教授の五十嵐健人さんは、「〝先進〟といっても、新しい術式を編み出したというわけではなく、10年以上前から確立されている手技です。診断基準と適応基準をしっかり守って治療の普及に努めていきたい」と話す。
先進医療に承認される前は自費診療として、ごく限られた施設でしか行われていなかったが、承認後は全国的に行われるようになった。五十嵐さんの日本医科大学付属病院では承認前後で症例数を分けて考えており、承認後は15年末までに16例の手術を行った。
また、甲状腺の良性腫瘍に対する内視鏡下手術は今年(2016年)4月に保険収載されており、対象ががんに広げられるのも近いとみられている。
甲状腺がんに対する内視鏡下手術の適応は、文書的には「甲状腺未分化がん以外の甲状腺皮膜浸潤を伴わず、画像上明らかなリンパ節腫大を伴わない甲状腺がん」とされている。五十嵐さんは「つまり、未分化がんを除き、皮膜浸潤とリンパ節転移が明らかに見られなければ、がんの大きさに関わらず内視鏡下手術の適応になるということです」と説明する。その見極めが重要になり、適応される症例であれば、葉切除も全摘も従来の切開術と同等の治療が行える。
手術痕は衣類に隠れる
内視鏡下手術のメリットは、より患者さんの身体に負担の少ない低侵襲手術であるとともに、治療後の傷が小さいことだ。五十嵐さんは「高い治療効果を求めるのは切開術と同じですが、内視鏡下手術は美容、整容面に配慮しているのが大きな特徴です。我々医療者側に求められているのは、患者さんに治療選択肢をたくさん提示すること。患者さんに選んでもらうのが医師の役割です」と話す。
従来の切開術では、前頸部に7~8cmの切開線から甲状腺にアプローチしていたが、ケロイド体質の人は特に手術痕が目立ってしまう。甲状腺がんは女性の患者が多いこともあり、ケロイド体質の人でなくとも前頸部という露出部に傷が残り、その傷痕を気にするあまり対人関係が気になるなど、QOLへの影響が懸念されていた。
内視鏡下手術ではこの点を改善している。治療後は、Vネックの服や開襟シャツを着ても傷痕が衣類に隠れる位置と大きさに収められる。
内視鏡でじっくりと視認
手術は全身麻酔で行われ、所要時間は2~3時間。切開するのは、手術器具を挿入するために鎖骨の下を3~4cmと、首筋の横に内視鏡を入れるための5mmほどの穴。
手術でまず行うのが「腔」を作ることだ。一般的に内視鏡下手術は大腸や胃などへの適応で知られるが、それらの臓器には内視鏡や手術器具が動き回れる空間(腔)がある。一方で甲状腺の周りにはその空間がない。そこで、「腔」を作るために、鎖骨下の切開創から皮下を剥離させ、そこにできた空間をいろいろな方法で膨らませて空間を維持する。空間維持の方法は、二酸化炭素ガスを入れたり、ワイヤーを通して吊り上げたり、カギ状の機器を挿入して空間を保ったりといった様々な方法がある(写真1)。
次に、内視鏡でじっくりと甲状腺を視認する。状態を見極めながら鎖骨下から挿入した超音波駆動メスなどの手術器具を駆使して腫瘍を丁寧に取り除いていく。
五十嵐さんは「内視鏡は2~3倍の倍率で拡大して見ることもできるので、手術がより的確に行えます。甲状腺のすぐそばにある反回神経や副甲状腺を傷つけないことも非常に重要なので、内視鏡下手術はその点でも優れています。そして、手術中に内視鏡の映像をモニターに映すことで、現場にいる医師らが共通認識を持てることが大きい」と話す。
安全性については、承認時にも「反回神経損傷や副甲状腺機能亢進症などの術後合併症を減らすことが期待できる」と高く評価された。反回神経は発声や嚥下(えんげ)などに大きな影響を持つ神経で、副甲状腺は血中カルシウム量を調節するホルモンを分泌する重要な役割があるからだ。
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