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がんが治った後の患者さんの人生を考えた治療法
子宮体がんの腹腔鏡手術――婦人科がん全般での適用を視野に

監修:塩田充 近畿大学医学部産科婦人科教授
取材・文:祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2009年7月
更新:2019年6月

  
塩田充さんん
近畿大学医学部
産科婦人科教授の
塩田充さん

婦人科領域では、子宮筋腫などの良性の病気には健康保険で腹腔鏡手術が認められているが、がんに関してはまだ認められていない。これに対して、以前から機能温存に積極的に取り組んできた近畿大学医学部産科婦人科学教室では、まず良性疾患の手術に腹腔鏡を導入。その結果を踏まえ、早期の子宮体がんを対象に腹腔鏡手術を開始した。「まだ研究的治療の段階ですが、がんにおいても腹腔鏡手術のメリットを享受できる人はいるはず」と教授の塩田充さんは話す。

子宮筋腫の8割以上に適応

[子宮周辺の体の構造]
図:子宮周辺の体の構造

婦人科のがん治療を専門としていた塩田さんが、腹腔鏡に関心をもって、手術に使うようになったのは1994年頃のことでした。といっても、この時は子宮筋腫や卵巣のう腫など良性の病気が対象でした。

「婦人科の子宮全摘手術は圧倒的に開腹手術が多く、これを安全に腹腔鏡下の手術に置き換えられたらと考えたのです」と塩田さんは語ります。婦人科には、腟から手術を行う特殊なルート、すなわち腟式手術もありますが、実際にこの方式を行っている病院は限られています。また、腟から取り出せる子宮の大きさも限られているため、近畿大学でも腟式は2割程度で、良性疾患の手術の8割が開腹手術で行われていたのです。

ところが、1995年に腹腔鏡を併用した腹腔鏡下腟式子宮全摘術の保険適用が認可されました。これは、腹部にあけた小さな穴から腹腔鏡を入れて行う手術と腟からの手術操作を併用して行う方法です。これによって、腟式手術の適応はグンと広がり、「小児頭大かそれより大きな筋腫があっても、開腹しないで取り出せるようになった」といいます。

その結果、患者さんの負担は大きく軽減しました。開腹手術の場合、一般的には1週間から10日ほど入院し、仕事復帰をするまでにはさらに自宅で1カ月近く療養が必要になります。ところが、腹腔鏡と腟式手術を併用すると、「早い人ならば手術の翌日か翌々日、通常3日目には元気に退院できるのです。その後2週間も療養すれば、仕事にも復帰できます」とのこと。つまり、治療によって拘束される時間が半分以下に減るのです。

「女性ですから、腹部の傷が小さくて済むのも大きなメリットです」と塩田さん。実は、この腹部の「傷」は、とくに子供では大きな問題を引き起こすことがありました。子供の場合、幼小児期に行った開腹手術の跡は、体に比して大きいので、どうしても目立つことになります。そのために、プールに入ることを嫌がったり、いじめに合うなど、心の傷にもつながっていたのです。それを腹腔鏡下手術で減らすことができたのは「美容的な意味以上に、大きな意味があったと思います」と塩田さんは語っています。

実際には、その後晩婚化が進んだこともあり、子宮筋腫は妊娠能力を保持するために、筋腫の部分だけを摘出する核出術が増えていきました。これも、腹腔鏡下に行える手術です。こうして「今では、核出術、子宮全摘手術、合わせて子宮筋腫の8割以上が腹腔鏡で行われるようになり、卵巣腫瘍も良性ならば90~95パーセントが腹腔鏡で手術するようになっています」と塩田さんは話します。

[女性のがんの年齢調整罹患率]
図:女性のがんの年齢調整罹患率

国立がん研究センターがん対策情報センターHPより

良性疾患からがん治療へ

このように、婦人科領域の良性の病気は、今ではほとんどが腹腔鏡で手術可能になり、保険も適用されています。

塩田さんは、「良性の病気は、開腹手術で行っていたのと同じことが腹腔鏡下に安全、かつ確実に行えることがわかり、その方法も腹腔鏡下腟式子宮全摘術でほぼ確立されました。腹腔鏡で手術ができれば、患者さんのメリットも大きいのですから、そうなると、次の段階として、悪性腫瘍にはどうかということになるわけです」。

良性疾患で、腹腔鏡による手術の安全性、確実性を確かめた上で、いよいよ専門である婦人科がんへの応用が考えられるようになったのです。その背景には、“機能温存”という考え方もありました。

今では、できるだけ機能を温存して治療するという方向に、がん治療は進んでいますが、それはここ最近のこと。しかし、近畿大学の産婦人科では歴史的に機能温存という考え方が培われていました。子宮がんの手術には、広汎子宮全摘術といって、靱帯などを含めて広範囲に子宮を切除する方法があります。かつては、この手術によって排尿障害や便秘に苦しんだり、リンパ節郭清による足のリンパ浮腫に悩む患者さんも多かったのです。そこで、初代の教授であった野田起一郎さんは、骨盤神経の温存手術を考案。排尿障害の予防をはかったのです。30年以上前のことです。

そうした機能温存に対する思いは、その後も教室に受け継がれました。「とくに子宮がんは頸がんも体がんも治りやすいがん。人生の半ばで手術を受けて、その後の長い人生を後遺症に苦しむといった事態は、できることなら避けたかったのです」と塩田さんは語っています。

開腹手術と遜色ないデータも

実際に、早期の子宮頸がんの一部には単純子宮全摘という手術法があり、子宮体がんの場合は単純子宮全摘が標準手術とされています。塩田さんによると「基本的には、子宮筋腫でもがんでも、状況によって若干の違いはありますが、子宮摘出そのものは同じです。とくにがんのほうが難しいということはないのです」とのこと。であれば、良性疾患での子宮全摘術の経験をがん治療に生かすことは、十分可能なことなのです。

良性疾患での経験も含めて、腹腔鏡手術のメリットとして、塩田さんは(1)傷が小さくて術後が楽なこと、(2)モニターで手術部位を拡大して見ることができるので、リンパ節郭清が行いやすく、止血もしやすくなるので、結果として出血量も低下するといった点をあげています。

海外では、欧米はもちろん、韓国や台湾でも子宮がんの手術に腹腔鏡が利用され、「とくに体がんで開腹手術と予後に差がないというデータが出つつある」といいます。世界的な趨勢も、腹腔鏡手術へと向かっているといえるでしょう。

問題は、その適応にありました。つまり、どの段階であれば安全に開腹手術に劣らない手術を腹腔鏡で行えるのか。そこで、塩田さんらが対象としたのが、子宮体がんの1a期だったのです。

[子宮体がんの手術法による比較(海外臨床試験結果)]

(Tozzi R 2005)
  開腹手術 腹腔鏡手術
患者数 59 63
無病生存率(転移・再発なし) 91.6% 87.4%
全生存率 86.5% 82.7%
※子宮体がんに対し、開腹手術と腹腔鏡手術の成績はほぼ同等と認められる

[子宮頸がんの病期]

病期
(ステージ)
診断 おもな治療方法
0期 ごく初期のがんで子宮頸の上皮内にとどまっている 凍結療法、高周波凝固治療、レーザー治療、円錐切除術など。閉経の人や、妊娠を希望しない人には、単純子宮摘出術を行うことも
1期 a がんは子宮頸内にとどまり顕微鏡でのみ診断できる 単純子宮摘出術、拡大子宮摘出術、近接照射のいずれか。妊娠を希望する場合は円錐切除術
1 浸潤の深さは3ミリ以内、広がりは7ミリ以内である
2 浸潤の深さは3~5ミリ、広がりは7ミリ以内である
b がんは臨床的にみて子宮頸部内にとどまっている
1 がんの大きさは4センチ以内である
2 がんの大きさは4センチ以上である
2期 a がんが腟壁に浸潤している(腟壁の下3分の1以内)。子宮傍組織(子宮頸部周囲の組織)には及んでいない
b がんが子宮傍組織に浸潤している
3期 a がんが腟壁に浸潤している(腟壁の下3分の1以上)が骨盤壁には及んでいない 放射線治療(近接照射と外部照射の併用)、または拡大子宮摘出術。手術後、外部照射を行うことも。
近接照射と外部照射を併用、または外部照射と化学療法の同時的治療と近接照射。骨盤内臓摘出術を行うことも
b がんが骨盤壁まで浸潤している、または尿管ががんにつぶされ、水腎症や無機能腎がみられる
4期 a がんが膀胱や直腸の粘膜まで浸潤している 上記の治療に加えて放射線治療や全身化学療法などの対症療法、緩和療法
b がんが肺や肝臓などへ遠隔転移している

[子宮体がんの病期]

病期
(ステージ)
診断 おもな治療方法
0期 子宮内膜の異型細胞が増殖している 子宮、卵巣、卵管を摘出する。妊娠を希望するときは子宮内膜掻爬とホルモン療法を行う
1期 a がんは子宮内膜内にとどまっている 子宮、卵巣、卵管を摘出する。骨盤内および腹部大動脈のまわりのリンパ節を切除することもある。手術後、放射線治療を行うこともある。1a期で妊娠を希望するときは、子宮内膜掻爬とホルモン療法を行う
b がんは子宮壁に浸潤している(子宮壁の2分の1以内)
c がんは子宮壁に浸潤している(子宮壁の2分の1以上)
2期 b がんは子宮頸の粘膜内にとどまっている
がんは子宮頸の粘膜を越えて浸潤している 放射線治療と拡大子宮摘出術を行う。骨盤内および腹部大動脈のまわりのリンパ節を切除することもある
3期 a がんは子宮の外側を覆う膜を越えて腹膜や卵巣・卵管に浸潤している。または腹水中にがん細胞がみられる 放射線治療と拡大子宮摘出術を行い、骨盤内および腹部大動脈のまわりのリンパ節を切除する。化学療法またはホルモン療法を追加することもある。放射線治療のみを行うこともある
b がんは腟壁に浸潤している
c がんは骨盤内または大動脈周囲のリンパ節に転移している。または子宮内の骨盤を支える靱帯に浸潤している
4期 a がんは膀胱や腸の粘膜に浸潤している 放射線治療、化学療法、ホルモン療法を単独または組み合わせで行う。緩和療法を行う。臨床試験に参加する
b がんは骨盤を越えて遠隔転移、または腹腔内や鼠径部のリンパ節に転移している


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