がんになって初めて、人生の区切りを実感しました 議員任期中に大腸がんを経験した、医師であり元厚生労働大臣の坂口力さん(82歳)

取材・文●吉田健城
撮影●「がんサポート」編集部
発行:2016年5月
更新:2018年3月

  

さかぐち ちから
1934年三重県一志郡白山町(現:津市)出身。三重県立大学(現:三重大学)医学部卒業後、第33回衆議院議員選挙に出馬し、初当選。93年の細川内閣で労働大臣に就任。2000年に第2次森内閣で厚生大臣兼労働大臣に、01年には厚生労働省の初代大臣に就任した。12年の衆議院解散を以て議員生活に終止符を打ち、現在は各地で講演会を行うなど、多忙な日々を送っている

坂口力さんが大腸の回盲部にがんが見つかったのは、厚生労働大臣を退任した5年後の2009年のことだ。手術をし、その後化学療法を行うかどうか、主治医は自らも医師である坂口さんに、その判断を委ねた。「それでは、私は化学療法を行いません」。坂口さんは躊躇することなく、そう答えたという。

赤血球数のわずかな異変

第1次小泉内閣では省庁再編によって誕生した厚生労働省の初代大臣に就任した。前列右から2人目が坂口さん

医師出身の政治家と聞けば、多くの人は元厚生労働大臣である坂口力さんを思い浮かべるのではないだろうか?

坂口さんは三重県でへき地の診療所や三重県赤十字血液センターに勤務したのち、38歳の若さで衆議院議員選挙に打って出て当選。以後、一貫して医療や雇用問題に取り組み、1993年に発足した細川内閣で労働大臣、第2次森内閣では厚生大臣と労働大臣を兼務した。

その後、第1次小泉内閣では省庁再編によって誕生した厚生労働省の初代大臣に就任し、政府として初めてハンセン病患者に対する国の責任を認めて謝罪したほか、BSE(牛海綿状脳症)問題、鳥インフルエンザ問題などでも、自ら矢面に立って適切に処理し、高く評価されている。

その坂口さんが大腸がんを告知されたのは、現職の衆議院議員だった2009年7月のことである。発見のきっかけとなったのは、不整脈の検査を受けた際に見つかった赤血球数のわずかな異変だった。

「2004年9月に厚生労働大臣を退任したあと、不整脈が出るようになりまして大学病院の循環器内科で診てもらうようになりました。2009年の1月にも診察を受けたのですが、主治医の先生が血液検査の数値を見て『坂口さん、ちょっと血が薄いですね』と言うのです。

薄いといっても赤血球の数値は正常範囲を少し切るぐらいでした。それでもその先生は長年の経験で見過ごしてはならないと思ったのでしょう。『リタイアして悠々自適の生活を送っている人なら、この数値でも問題ないですが、国会議員の激務をこなす坂口さんの場合、そうはいきません』とおっしゃって、初めは鉄剤を処方されました」

それによって赤血球数はいったん正常値になったが、すぐに元の数値に戻ってしまった。それを見た主治医は消化管出血を疑い、坂口さんに胃カメラと大腸内視鏡検査を受けるように言った。

大腸の回盲部にがんが発覚

まず胃カメラで食道、胃、十二指腸を調べたが、がんや潰瘍は見られなかった。次に大腸内視鏡で直腸、S状結腸、下行結腸、横行結腸、上行結腸と見ていったが、こちらも何の異変も見られなかった。ただ内視鏡が大腸から小腸の移行部にあたる回盲部まで届かなかったため、その辺りは調べることができなかった。

そこで、その医師の勧めでカプセル内視鏡による検査を受けた。カプセル内視鏡は超小型カメラが内蔵された大きさ2cm足らずの特殊な内視鏡で、口から飲み込むと前進しながら超小型カメラが消化管の中を撮影していく。このカプセル内視鏡の最大の利点は、他の検査機器では難しい小腸の様子を見ることができることだ。

この検査で判明したのは、小腸と大腸の境目辺りで出血が起きているということだった。そこで次に坂口さんは、ダブルバルーン内視鏡を使った検査も受けることになった。この内視鏡は2つのバルーンを交互に膨らませて尺取り虫のように前進しながら消化管の内部を調べる特殊な内視鏡だ。このダブルバルーン内視鏡を使った検査を受けたところ、大腸の回盲部という珍しい場所に、がんの病巣があることが判明した。

腹腔鏡下手術ではなく 開腹手術を選択

2009年7月下旬、都内の大学病院を訪ねた坂口さんは、医師からそのことを知らされた。

「ショック? それはとくになかったですね。周りにもがんになった人は沢山いたので、自分もなってしまったかという感じでした。恐怖感のようなものも、ほとんどありませんでした」

根治が可能な治療法は手術しかない。

医師は、患者である坂口さん自身が医師でもあるので、検査結果を専門用語を使って詳細に説明し、手術は開腹だけでなく、腹腔鏡下でも可能であること伝えた上で、選択を坂口さんに委ねた。

普通の患者なら、大半がダメージの少ない腹腔鏡下手術を選択するのだろうが、坂口さんは開腹手術を選択した。

「先生には、『広く切って下さって結構です。全部見えるようにして転移がないか、しっかり調べて下さい』とお願いしました」

治療方針が決まると、医師は坂口さんにすぐにでも入院して手術することを勧めた。しかし政治情勢が、それを許さなかった。10日ほど前に行われた東京都議会議員選挙で自民党が大敗。民主党が第一党になったのを受けて、与野党が衆議院の解散に合意。各党が総選挙に向けて、動きを活発化させていたのだ。

坂口さん自身も全国各地で講演会の予定が組まれており、突然キャンセルにはできない。そこで、医師に事情を話して入院を1週間延ばしてもらい、それまでの間に何とか予定していた講演会をやり遂げ、坂口さんは8月初旬に大学病院に入院した。

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