30代でがんを経験 「何か意味があると信じたい」 皮膚がんの一種、有棘細胞がんを経験したアカペラグループ「INSPi」の奥村伸二さん(36歳)

取材・文●吉田健城
撮影●「がんサポート」編集部
発行:2016年6月
更新:2018年3月

  

おくむら しんじ
1979年、京都府京都市出身。大阪大学アカペラサークルから生まれた、6人組アカペラグループ「INSPi」のメンバー。2005年から担当している、日立グループのCM番組「この木なんの木」のアカペラバージョンのリードボーカルを担当している。15年6月、皮膚がんの1種である有棘細胞がんを患っていることを公表。現在は復帰し、「INSPi」として精力的に活動している

アカペラグループ「INSPi」のメンバー奥村伸二さんは、昨年(2015年)、皮膚がんの一種、有棘(ゆうきょく)細胞がんを患った。「がんを経験したことで、自分の中で生き方のスタンスが確立しました」。奥村さんはそう淡々と話す。30代という若さで患ったがん。病気というものを奥村さんはどう捉えたのか、当時の心境、現在の思いを伺った。

ファンの勧めで近所の皮膚科を受診

日本で最も耳慣れたCMソングの1つに、日立グループのシンボルCMソング『日立の樹』がある。現在使われているものはアカペラグループ「INSPi」が担っており、「この木なんの木、気になる木……」というお馴染みのフレーズを歌っているのは、リードボーカルの奥村伸二さんである。

その奥村さんが、皮膚がんの1つである有棘細胞がんを告知されたのは、昨年(2015年)5月末のことだ。皮膚の表皮は角質層、顆粒層、有棘層、基底層の4つの層からなっているが、有棘層に腫瘍ができるのが、有棘細胞がんである。

奥村さんが右の鼻翼(小鼻)のところに、ニキビのようなものができているのに気が付いたのは、同年2月のこと。

「初めは単なるニキビだと思ってほったらかしていたんですが、治らなくて、そうこうしているうちに段々赤みが増して、大きくなっていったんです。病院に行く気になったのは、メンバーから勧められたこともありますが、イベントで握手会を行った際に、ファンの方に『それ危ないので、病院に行ったほうがいいですよ』と言われたことが大きかったですね」

家の近くの皮膚科のクリニックを受診したところ、初めは「おできでしょう」と言われて、抗生物質を処方された。しかし、それらを2週間ほど使い続けても治るどころかますます大きくなり、段々瘤のようになってひび割れてきた。それを見たクリニックの医師は、皮膚がんの可能性があると見て、大学病院で詳しい検査を受けることを勧め、紹介状を書いてくれた。

2014年にサンパウロで行われた第17回「日本祭」での「INSPi」ライブ
(左から3番目が奥村さん)

「INSPi」コンサート後、ファンの人たちと一緒に
(右から3番目が奥村さん)

生検の痛みでけいれん

3月末、紹介された大学病院を訪ねると、皮膚科のベテラン医師が応対してくれた。その医師は、ひと通り診察すると「恐らくがんではないと思います」という見解を示した。その理由として、奥村さんのような30代の若さで皮膚がんになること自体、あまり考えにくいこと、またもし腫瘍であれば、こんなに短期間で大きくなることは珍しいことなどをあげた。

ただ、稀に若い年齢でがんに罹る人もいるので、念のため生検を行っておきましょうということになり、患部の皮膚組織が採取された。

1週間後、結果を聞きに行くと、医師は奥村さんに「もしかしたら悪いものかもしれないので、もう1度組織を採って精査します」と告げ、前回より深く組織を採取した。がんの種類によっては、生検で組織を採取する際に痛みを伴うこともあるが、奥村さんの場合はどうだったのだろう?

「局所麻酔をしていたので、痛みはそれほどないと思っていたのですが、ものすごい痛みで本当につらかったです。体質なのかもしれませんが、局所麻酔が効かなかったんです。組織を採られているときは、『痛いです、痛いです』と、ずっと言っていました。痛みで体がけいれんしてしまうほどで、鎮痛薬を点滴注入する事態になりました」

奥村さんは1週間程度で検査結果が出るものと思っていたが、なかなか出ないまま2週間が経ち、3週間が過ぎた。

結果が出たのはひと月後の5月末だった。

心の準備はできていた

医師は「検査の結果は、ちょっと悪いものでした」と言ってから、皮膚がんの一種、有棘細胞がんが見つかったことを告げた。

「そのころには、多分皮膚がんだろうと心の準備はしていたので、ショックはそれほどありませんでした。僕自身、『もしかして良いのかもしれない』と思いながらも、ダメだった場合ダメージが大きいので、いつも最悪のケースを想定することが多いんです。根が臆病なんでしょうね。今回も大学病院に紹介されたときから、『多分、がんだろうな』とある意味、心の中で予防線を張っていたので、告知されたときもそれほどショックはありませんでした」

告知のあと治療方針の説明に移り、「根治を望める治療法は手術しかないので、すぐに入院して手術を受けるように」と勧められた。奥村さんはその言葉を受け、6月初旬に手術を受けることになった。

「お医者さんを信じる」と決める

皮膚科の主治医から受けた説明では、切除手術自体は比較的簡単だが、そのあとで行われる鼻の再建手術は難しく、手術は形成外科の医師が担当することになるという。奥村さんは、ステージで人前に立つ仕事なので、再建手術後の自分の顔がどうなるか気になり、医師に治療が終わった際の写真や資料を見せて欲しいと頼んだ。しかし、病院としてそういった資料は持ち合わせていないという返事だった。

「おじいちゃん、おばあちゃんの症例ならたくさんあるけれど、僕のような若い年齢で発症する、進行の速いタイプは極めて稀なので、参考になるような例がないということでした」

それを聞いて奥村さんは、医師のほうも手探りの部分が多いことを知った。あまり前例がないような中で治療を進めていくことに、不安や迷いはなかったのだろうか。

「がんと告知された時点で、なるべく自分では病気について調べないようにしました。色々な治療法がある中で、今自分の選択した治療法がベストなのか、調べれば調べるほど不安になってしまうと思ったからです。だからこそ、『この先生が言うことが正解だと信じよう』と決めました。

病気に関して、お医者さん自身も何から何まで全てわかっているものではないと思います。大事なことは、『自分で決定した』ということ。『お医者さんのことを信じる』ということを自分で決めれば、たとえ悪い結果になったとしても、『あのとき信じると決めたのは自分だから』と納得できると思ったんです。それが色々調べて、納得できないまま治療を進めてしまうと、何か起こったときに後悔すると思いました」

こうして、奥村さんは迷うことなく落ち着いた状態で、治療に臨むことができたという。

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