慢性骨髄性白血病でグリベックの副作用に悩まされながらも作品を撮り続けている写真家・山岸伸さん
写真を撮っていると病気が治る気がするんです

取材・文:吉田健城
撮影:向井 渉
発行:2011年8月
更新:2019年7月

  
山岸伸さん

山岸 伸 やまぎし しん
1950年、千葉県出身。ポートレート撮影を中心に広告から雑誌グラビアまで幅広く活躍しており、撮影した写真集は400冊を超える。最近では、創作人形の美しさや伝統家屋の様式美に魅せられ、時間の許す限り、それらの撮影にもエネルギーを傾けている

08 年冬に慢性骨髄性白血病に罹っていることがわかった写真家・山岸伸さん。毎日4錠のグリベックを飲み、病状自体安定はしているものの、日々の副作用に悩まされる日々が続いている。とはいえ、写真家としての活動そのものは変わっていない。むしろ幅が広がっている気さえするのはなぜだろう。

糖尿の検査で見つかった血液の異常

プロサーファーの次男夢人さんと一緒に

千葉県九十九里海岸で、プロサーファーの次男夢人さんと一緒に。これまで、こうして息子さんたちにレンズをむけたことはなかったという
©山岸伸

写真家の山岸伸さんは、女性を撮らせたら日本でトップクラスに入る、ポートレートの名手である。これまで世に送り出した女優やタレントの写真集は400冊を超え、60歳を過ぎた今もエネルギッシュにシャッターを押し続けている。

その山岸さんが慢性骨髄性白血病と診断されたのは08年12月のことだ。

白血病にはさまざまな種類があるが、慢性骨髄性白血病は発生頻度が少ない血液がんである。白血病全体に占める割合は15~20パーセント程度で、年間の発症数は1200人前後だ。特徴は進行がゆっくりしていることで、血中の白血病細胞の数が低いレベルにとどまる慢性期という段階が3年から5年続いたあと、移行期(6~9カ月)を経て、急性転化といって急性期に進展する。

急性期になると、貧血の悪化や、出血しやすいといった、急性骨髄性白血病のような症状になり、治療成績は極めて悪くなる。

もう1つの特徴は、慢性期のうちはハッキリした症状が出ないケースが多いことだ。そのため健康診断や他の疾患の検診で、血液検査を受けた際に見つかるケースが多い。

山岸さんの場合もそうだった。

「僕は以前から糖尿病の気があって、都心にある大学病院に通って定期的に検診を受けていたんですが、2008年の年末に行ったとき、血液検査で異常が見つかったんです」

それまでの検診での白血球数の推移や血液のいくつかのデータから慢性骨髄性白血病が疑われたため、山岸さんは同じ大学病院の血液内科で骨髄穿刺などによる詳しい検査を受けた。その結果、慢性骨髄性白血病であることが確定した。

「ショック? それはなかったです。医師から『今はグリベック()という特効薬があるので心配しないでください』と言われましたから」

慢性骨髄性白血病の治療は2001年に分子標的治療薬グリベックが登場したことで状況が一変した。それまでは骨髄移植とインターフェロンαがメインの治療法だったが、いずれの治療も効果は今ひとつ。5年生存率でいうと、移植で65パーセント、インターフェロンαで60パーセント程度。その一方で、どちらも体に与えるダメージが極めて大きいため、QOL(生活の質)の著しい低下を招くケースが多かった。

ところがグリベックは白血病細胞に選択的に作用するため効果が格段に高く、5年生存率は90パーセント以上に及ぶ。経口薬で服用しやすく、患者は通常の日常生活を送りながら、がんと共存することができる画期的な薬だ。

「これまで通り仕事を続けられるというのは、何よりもありがたかったですね。命に別状が無くても治療が大変で仕事ができなくなったら終わりですから。グリベックを始めるときは2週間ほど入院する必要があるんですが、この病気は慢性期のうちは進行が遅いので入院は3カ月先でいいというのも助かりました。おかげで仕事に穴を開けることなく、一区切りつけてから入院することができました」

グリベック=一般名イマチニブ

グリベックが劇的な効果を見せる

柔道界への復帰を発表した吉田秀彦さんと

総合格闘家から再び柔道界への復帰を発表した吉田秀彦さんと。「吉田さんは本当に病気のことを心配して、色々気をつかって下さる人」と山岸さん
©山岸伸

山岸さんが入院したのは09年3月下旬のことだ。

入院後は毎朝グリベックを4錠服用し、その後、お昼まで各種の検査を受けるのが日課になったが、あわせて糖尿病の治療も受けることになり、初めてインシュリンの投与を受けた。

グリベックは飲み始めてすぐ、劇的な効果を見せた。

「万単位だった白血球数が3日で6000まで下がったんです。医師は『ピンスポットで効いちゃってるみたいです』と言ってました。おかげで入院して1週間目くらいには病気のことを意識しなくなり、病院を抜け出して自分のスタジオで仕事をしていました。週刊誌などのレギュラーの仕事をいくつも抱えているんですが、そのころ仕事の関係先には病気のことを知らせていなかったので、やらざるを得なかったんです。勝手に抜け出すと看護師長さんに叱られるので、仲のいいその病院の呼吸器科の医師にスタジオに一緒に来てもらって撮影していました。その医師は写真が趣味で、以前から親しい関係なんです」

1番遅いときは病院に戻るのが0時近くになったこともあったようだが、その医師の協力もあってとくに問題になることもなく、無事退院の日を迎えることができた。

1番不安に駆られる下痢の副作用

退院後は、また写真家としての多忙な毎日が始まったが、日々の生活はまったく違うものになった。

「グリベックの副作用は、たいしたことないといわれますけど、僕の場合は、かなりきました。最初は吐き気でした。下痢と目のむくみは今も続いています。それと、しばしば目まいもあります。首から上がボーッとするんです。だるさや疲労感は常にあって、家に帰ったらバタンキューという感じで毎日9時に寝るようになりました。夜中に遊ぶことは一切なくなりましたね。お酒もたまにご飯のときにワインをちょっとたしなむ程度です」

1番不安に駆られるのは下痢だという。

「常時下痢状態といっていいと思います。こうして話していても、下痢しそうなんです。ウォシュレットで刺激を与えたら、出てしまいます。夜中に寝ているとき、おなかが痛くなって駆け込むこともよくあるんで、朝昼晩関係なく1日に4、5回はトイレに行きます」

山岸さんは第1線で活躍する写真家である。スタジオ撮影だけでなく、職業柄ロケもしょっちゅうあるが、影響はないのだろうか。

「全国各地、撮影に行きますが、まずはアシスタントの子たちにロケ地のトイレを掃除して、きれいにしてもらっています。虫がいるようなところでは蚊取り線香も焚いてもらっています。海外は日本のようにトイレ事情がよくないので、ホテルにきれいなトイレが完備されている所でないと行かなくなりました」


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