ありのままでいこう、そして息子に自分のすべてを伝えたい 7時間に及ぶ十二指腸がん大手術を乗り越え、スローライフを実践中のタレント・清水国明さん

取材・文:吉田健城
撮影:明田和也
発行:2009年12月
更新:2018年9月

  
清水国明さん

しみず くにあき
1950年10月15日、福井県に生まれる。1973年、伝説のフォークソング・デュオ「あのねのね」で芸能界デビュー。テレビ、ラジオの司会やコメンテータ、新聞雑誌への執筆など幅広く活躍中。芸能界きってのアウトドア派、スローライフ実践者としても知られ、自然体験や環境講演会なども多い。2005年、株式会社自然楽校を設立、代表取締役に就任。山梨県河口湖にアウトドアパーク「森と湖の楽園」を開園。現在、家族3人で河口湖に移り住み、スローライフ・自然暮らしを実践中。

たまたま見つかった良性ポリープが、がんと判明して大手術になることがときどきある。清水国明さんも健康診断で見つかった十二指腸のポリープが極めて稀な十二指腸乳頭部がんの発見につながり、7時間を要する大手術を受けることになった。清水さんの心の支えになったのは、一昨年11月に授かった息子の存在だった。

体験的に受けた健康診断で十二指腸にポリープ

芸能界きってのアウトドア派として知られる清水国明さんは、59歳になるまで健康そのものの生活を送ってきた。

30代後半の一時期、オートバイレースに参戦してたびたび骨折し、全身麻酔で行う手術は9回も受けているが、内臓疾患での入院は1度もなく、健康診断は20年以上1度も受けたことがなかった。

その清水さんにがんが見つかったのは、知人の医師がオープンした会員制のクリニックで体験的に健康診断を受けることになったからだ。

「そのときは冗談で、『先生、何か見つかりますよ、きっと』なんて感じで笑いながら検査を受けていたら、胃カメラで本当に十二指腸にポリープが見つかったんです。大部分が良性という話でしたが、詳しい検査を受けるように言われて、さらに調べたらがん化する可能性もあるので手術でとったほうがいいと言われ、内視鏡手術でとることになったんです」

同じポリープでも十二指腸にできるものは胃にできるものと比べてがん化する可能性が高いため、ポリープの段階で除去するよう勧められることが多い。

07年には皇太子殿下が十二指腸にポリープが見つかり、やはり医師の勧めにしたがって除去手術を受けている。

この十二指腸のポリープを除去する手術は09年2月に行われ、清水さんは術後1週間ほどつらい絶食生活を強いられたが、予定通り退院することができた。

大半の患者は、これでケリがつくのだが清水さんの場合はそうならなかった。

ポリープの病理検査で、2箇所にがん細胞が見つかったのだ。

十二指腸がんを告知された清水さんは、医師からセカンドオピニオン(第2の意見)を受けて最終的な意思決定をするよう助言されたが、応対した医師の説明に納得したので、その場で手術を受けることに決めた。

まわりのリアクションの大きさに当惑

写真:清水さん

がんは初期であり、当面は命に別状がないと言われても、がんが見つかったという精神的なショックは大きかったという。

身内やスタッフの前で、明るく振舞ってはいたが、夜、河口湖の自宅に戻ってベッドに横になると涙が出て止まらなくなった。

「僕は、57歳になってから生まれた、まだ小さな息子がいるんです。国太郎と言うんですが、まだ1歳ちょっとでしょ。この子を置いていけるものかと思うと、泣けてきてしまうんです。自分のことより気掛かりなんです、親ですから。日増しに可愛くなってくるし。こいつのために僕は絶対死んでいられないと思うと、よけいに涙が出てくるんです」

しかし、清水さんはテレビ・ラジオのレギュラーをいくつも持つ人気タレントであるばかりでなく、河口湖畔でアウトドアパーク「森と湖の楽園」を運営する経営者でもある。スケジュールはびっしり詰まっており、入院する前に仕事に穴を開けないよう、根回しをしておく必要があった。

「スケジュール調整がたいへんでした。ポリープの除去手術のときは、海外取材があるということにしてスケジュールをガバッと抑えてレギュラー番組を2回休ませてもらったんです。でも開腹して行うがんの手術は2回休むくらいでは済まないので、がんで入院することになったと伝えました」

まわりのリアクションの大きさは、清水さんの予想をはるかに超えるものだった。

「いろいろドラマや番組報道でがんに対する恐怖心が増幅されていますから、ススキを見てお化けと思ってしまう感じなんですよ。元気そのものだった僕がひと月も仕事ができなくなると言い出したので、かなり重いのではないかという疑心暗鬼に駆られた人もいたようです。がんというのは、『大丈夫だ、大丈夫だ』と言っても、どうも違うのではないかと勘ぐられる宿命がある病気だと思いました。相手に与える精神的なインパクトが、もの凄く大きいんです」

入院から退院までをテレビで実況中継

まわりの人に自分のがんがどの程度のものかを知らしめる手段として清水さんが考えついたのが、入院から手術、退院にいたるまで、ありのままをテレビで実況中継し、すべてをオープンにすることだった。

「BS朝日で入院から退院までを手術前、手術本番、手術後の3回に分けてそのままの姿を放送することにしたんです。スタッフに張り付いてもらって、入院部屋に入るところから、退院してバイクに乗るところまで撮ってもらったし、お医者さんに説明を受けているところも克明にフィルムに納めてもらいました。そうすれば、憶測を挟む余地がなくなりますから」 もう1つ清水さんが頭を悩ませたのは両親にどう伝えるか、ということだった。お父さん、お母さんはそれぞれ84歳と81歳になっているが、福井県の山深い村で健在で、息子ががんと聞けばショックを受けることが予想された。

「ハードルは両親でした。がんと言うとビックリするだろうから、熱海の温泉旅館に家族、兄弟、孫全部を集めて、実はがんでーす、と明るく言ったんです。父と一緒にカラオケしてワイワイと大宴会をやったんですが、『急に大盤振舞いするんで、何か変だと思うとったわ』と言ってましたね」

最大のハードルを越え、ファンにもがんを知らせないといけないと思った清水さんは、入院前に行ったあのねのねデビュー35周年コンサートでがんが見つかって入院することをファンに告げている。ファンはどんなおもしろい話が飛び出すかと待ち構えていたところに、いきなりがんという言葉が清水さんから飛び出したのでシーンとなってしまった。

慌てて清水さんは「ガーンとショックを受けました」とギャグでフォローしたが、笑っている人はいなかった。それどころか女性ファンの中には、がんと聞いただけで涙ぐむ人もいた。

「あとで、まわりからあれは肉体関係があった女性じゃないかと疑われましたけどね(笑)」


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