がんは「優しい病気」です 膵臓がんと共存しながら多彩な創作活動を続けるベストセラー作家・栗本薫(中島梓)さん

取材・文●吉田健城
撮影●向井 渉
発行:2008年10月
更新:2019年12月

  
栗本薫さん

くりもと かおる
東京都生まれ。早稲田大学文学部卒。1977年、中島梓として『文学の輪郭』で群像新人賞受賞、文芸評論家としてデビュー。翌年、「栗本薫」クン登場の『ぼくらの時代』で第24回江戸川乱歩賞、1981年『絃の聖域』で第2回吉川英治文学新人賞受賞。以降、ミステリー、SF、時代、伝奇小説、ミュージカル脚本、演出など幅広く活躍。著書に100巻突破という前人未到の記録を達成した『グイン・サーガ』シリーズ、伊集院大介シリーズ、『魔界水滸伝』など多数。伊集院大介シリーズでは新作『樹霊の塔 伊集院大介の聖域』も好評。

「私、がんは嫌いじゃないんです」と栗本薫さん。彼女は18年前に乳がんを経験し、さらに昨年末には膵臓がんが見つかって大掛かりな手術を受けている。その心は、死を意識しながら生きる猶予をくれるから、という。

右の乳房にできた5センチを超すがん

栗本薫さんは昨年12月に膵臓がんの摘出手術を受けているが、がんはそれが初めてではない。18年前の1990年12月に乳がんが見つかり、摘出手術を受けている。

右の乳房にできたがんの病巣は、5センチ以上もあった。しかし、彼女はそれほど深刻に考えていなかった。翌月に自ら脚本、作曲、演出を手がけるミュージカル『マグノリアの海賊』の公演が控えていたため、そのことで頭が一杯だったのだ。

「都心の大学病院に検査結果を聞きに行ったら、ここまで大きいとすぐに取る必要があるということで、その場で手術が決まったんです。そのこと自体に異存はなかったけど、問題は手術を受ける時期でした。芝居のほうを優先させたかったんで、主治医の先生に事情を話して『2カ月後の入院じゃダメですか』って聞いたんですよ。そしたら『そんなことしたら、死ぬよ』って言われて観念したんです。もうじたばたできないんだと(笑)。手術ですか? ひと昔前のことですから、温存療法もヘチマもなく、右の乳房だけでなく、大胸筋、リンパ節まで徹底的に取りました」

幸いリンパ節転移は認められず、リンパ節郭清の後遺症に悩まされることもなかった。

しかも、がんになったからといって、やりたいことが減るような性分ではない。

執筆のほうは病室にワープロを持ち込んで手術の4日後から再開。入院中からミュージカルの稽古場に駆けつけて忙しく動き回った。

当時の彼女は小説を月に1冊以上のペースで書く一方で、ミュージカルの製作にも熱心に取り組み、自ら台本、作曲、演出を手がけた作品の公演が年に数回あった。それに加え、作詞作曲、ピアノ演奏、評論活動なども行っていたので、まさにフル回転の毎日である。定期的に検査を受け、再発予防目的で処方されていた経口抗がん剤の服用も毎日欠かさなかったが、がんのことをあれこれ考える余裕はほとんどなく、時を経るにしたがい、どんどん過去のものになっていった。

「術後5、6年経った頃、主治医だった先生が定年になられたので、そのあとは検診にも行かなくなって不健康な生活を続けていました。でも、それも3年前くらいには改めて、食生活は自然食中心のものになっていました。肝臓の機能が低下していることがわかったからです。ひと夏微熱が続いたことがあって大腸カメラまでやったんですけど、原因はがんではなく肝臓だったんです。がむしゃらに仕事して、お酒もけっこう飲んでいたので肝臓に大きな負担がかかっていたんですね」

幸運のシグナルだった黄疸

彼女が全身に激しい痒みを感じたのは、昨年10月のことだ。その頃ストレスが溜まることが続いていたので始めはストレス性のアトピーではないかと思った。しかし、目も黄色く濁ってきたため、近所のかかりつけのクリニックに行って診てもらった。

「黄疸です。怖い病気の兆候かもしれないので、入院の準備をして大学病院に行って下さい」

医師がその場で紹介状を書いてくれたので、それをもって彼女はそう遠くないところにある大学病院を訪ねた。

黄疸にはいくつかタイプがあり、病気によってその出方が異なる。もっとも多いのは肝細胞性黄疸で、急性肝炎や肝硬変の場合はこのタイプが出る。以前肝機能の低下が見られたので、はじめはこのタイプが疑われたが、栗本さんの黄疸は別のタイプだった。

閉塞性黄疸。胆汁の通り道である胆管が何らかの原因で詰まってしまい、胆汁が滞留することによって生じる黄疸だった。

「まず黄疸を解消するため、鼻からステントを通して胆汁を抜いたんですが、ステントが詰まったりしてけっこう時間がかかったんです。それが一段落してから超音波診断、CT、MRI、内視鏡を使った造影検査なんかがあって、ようやく『腫瘍』という言葉が出てきた感じでした」

告知された病名は、下部胆管がん。胆管はY字形をした全長8センチほどの器官で、肝臓から膵臓を貫く形で十二指腸にのびている。下部胆管は、膵臓を貫いている部分で十二指腸のすぐ手前にある。

手術後1カ月まで下部胆管がん

胆管がんは難治がんの1つで有効な化学療法や放射線療法が確立されていないため、完治するには手術でがんを取り切るしかない。そのため、手術できる段階で発見できるかどうかが分かれ目になる。

早期発見の決め手となるのは、黄疸だ。黄疸は怖い病気の不吉な前触れであることが多いが、胆管がんの場合は幸運のシグナルになる。

「がんがもう少し肝臓寄りのところにできていたら、手が付けられなかったと思います。胆管はY字形をしているんですよ。肝臓に近いほうは2つに分かれているから、ここにがんができても片方は胆汁が流れるから黄疸が出ないんです」

2007年12月19日、栗本さんは国立がん研究センター中央病院で手術を受けた。大学病院では下部胆管がんの症例が少ないので、国立がん研究センターで受けるよう勧められたのだ。下部胆管は膵臓の膵頭部を貫いているため、下部胆管にできたがんは膵臓原発であるケースが少なくない。しかし、原発がどちらにあったとしても、どのみち手術で下部胆管と膵臓の膵頭部、十二指腸を切除するのは同じだった。

「病名が下部胆管がんから膵臓がんに変わったのは、手術の1カ月後でした。病理検査の結果が出たときです。膵臓がんと聞いても、別にショックはなかったです。手術のとき、先生から『(がんが)膵臓から来ている可能性もありますよ』と言われていましたから。術後5年生存率がかなり下がっちゃうなとは思いましたけど(笑)」

経口剤「TS-1」が奏効

写真:栗本薫さん

「とにかく1字でも書き続けていたい」と語る栗本さん

手術は無事終わったが、膵臓がんが大変なのはこのあとだ。手術できれいに取ったように見えても膵臓がんは85パーセントという高い確率で再発するうえ、術後につらい合併症が出ることも多い。

合併症の中でとくに多いのは、切断した膵液が傷の治癒を妨げることによって起きる縫合不全だ。栗本さんも、これに悩まされた。

「手術で膵頭部を切除して残った膵臓を小腸にくっつけたんですけど、私の膵臓はよく機能しているみたいで切断面から膵液がどんどん漏れてくるんです。ドレーンを留置して体外に排出しても、なかなか止まらないので、膵臓と小腸をくっつけるのに時間がかかって退院が予定よりかなり延びました」

ようやく退院できたが、それでひと息つく間もなく大学病院に戻って抗がん剤治療が始まった。最初に使われたのはジェムザール(一般名塩酸ゲムシタビン)だった。

「どの抗がん剤からいくかについては、国立がん研究センターの先生から、まず、選択肢としてはジェムザール、TS-1(ティーエスワン、一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム)、この2剤併用の3つがあるという説明があって、そのうえで『併用は副作用が強すぎるから最初はジェムザールでどうでしょう』と勧められたので、それに従ったんです。ジェムザールとの相性ですか? 自分には合わない薬でした。異物が入ってくるような嫌な感じがあるんです。点滴の日が近づいてくると、また気分が悪くなるんじゃないか、と意識しだして、気が重くなりました」

相性が悪いように思えても効果があれば我慢できたかもしれないが、それもなかった。肝臓にがんの転移が見つかってしまったのだ。

2センチと1センチのごく小さな転移ではあったが、これは次の局面に入ったことを意味する。見えないがんを抑える段階は終わり、抑えながら共存する段階に入ったのだ。

栗本さんは、医師と相談のうえで抗がん剤をTS-1に変えた。

TS-1は経口剤で、どのがんでも4週間、毎日朝夕2回服用したあと2週間の休薬期間を設けるというスケジュールで投与が行われる。

「1クール終わったところでCTをやったら、大きくなっていなかったんですよ。大きいほうは2センチ、小さいほうは1センチくらいで元のままでした。先生も『優秀ですね』って喜んで下さいました」

効果が確認されれば、がんがその薬に耐性をもつまでは、それでいくことになる。7月7日現在、TS-1による治療は2クール目が終わった。効果が持続していることが確認されれば、それ以降も継続されることになる。

「効果もそうだけど、副作用が軽いのがいいですね。TS-1に変わって急に気持ちが楽になりました。毎日朝晩けっこうな量をのむんですけど、気分が悪くなるんじゃないかと意識することはなく、毎日機械的にのめるんです。それと、休薬期間が2週間あるのもありがたい。その間に、自分のスタンスを取り戻せる感じがありますから。もちろん、抗がん剤ですから副作用はあります。毎日のんでいると4週間目には食欲がなくなって、何も食べる気がしなくなるけど、2クール終わった今の段階では、気が滅入るような副作用は出ていません」

TS-1の場合、もっとも懸念される副作用は骨髄抑制だが、白血球値もいちばん下がったときで3,000。現在は、正常値である5,000以上に回復している。

これは、平行して免疫療法を受けているためではないかと思われる。

「私が受けている免疫療法は高活性NK細胞療法といって、患者の血液を採取して中に含まれるナチュラルキラー(NK)リンパ球やTリンパ球を大量に培養し、それを体に戻してがんを抑えるというものです。抗がん剤をやっている最中に血を採るとTリンパ球、NK細胞とも弱っているので、採血は抗がん剤の休薬期間中にやっています」


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