がん患者の先端医療に寄せる熱い想いを伝えるために
混合診療解禁の旗振り役として奮闘する財界人・草刈隆郎

取材・文:吉田健城
撮影:板橋雄一
発行:2005年1月
更新:2013年8月

  

草刈隆郎さん

草刈 隆郎 くさかり たかお
1940年東京都生まれ。
64年慶応義塾大学経済学部卒業、日本郵船株式会社入社。
94年取締役になり、99年には社長に就任。
2004年4月より会長。


混合診療(保険診療と保険外診療の併用)の解禁は、がん患者の切なる願いだ。実現すれば、それぞれのニーズにあった先端治療を受けられるようになる。小泉首相も混合診療の禁止は最優先に排除すべき規制と断言している。しかし、日本のアンシャンレジューム(厚生労働省、医師会)はこれに強く反対し、厚い壁となって立ちはだかっている。この厚い壁を突き崩し医者中心の医療から患者中心の医療を実現すべく奮闘しているのが日本郵船会長の草刈隆郎さん(経団連副会長)だ。草刈さんがこの骨の折れる役目を引きうけたのは、12年前の「肺がん患者」としての体験があるからだ。

最大の被害者は「前向きながん患者」

ここ数年で、日本のがん患者の意識は大きく変化した。依然として医者まかせの患者が多いのは事実だが、そうでない患者がどんどん増えている。こうした「前向きながん患者」は、がんという病気には様々な選択肢があり、病院で提供される定番メニューの治療では、限界があることを知っている。同時に彼らは海外では次々に新タイプの抗がん剤が誕生し、臨床の現場で大いに効果をあげていることもほぼ同じ進行でキャッチしている。そうした新タイプの抗がん剤の中には特定のがんに目ざましい効果をあげ、瞬く間に世界の標準治療薬となったものが少なくない。

現時点で、日本では未承認だが、世界では標準治療薬として使われている抗がん剤は30くらいある。これ以外に、標準治療薬になってはいないが世界で広く使われている未承認の抗がん剤は70以上にのぼる。

これらの抗がん剤は日本で使用が禁止されているわけではない。健康保険の適用が受けられないだけで医師が治療に使う分には何ら問題がない。だから、本来なら患者は抗がん剤に関してのみ2割ないし3割のところを全額自費負担すれば、投与を受けられるはずだ。ところが、そうは行かない決まりになっているのだ。現行の健康保険制度下では、病院で受ける医療サービスのパックのうち、ひとつでも保険適用外のものが含まれていると、それ以外の部分も全て本人負担となる決まりになっている。そうなると患者の負担があまりにも多くなるため、病院の方も気兼ねして健康保険が適用されない抗がん剤は使わなくなる。

この「混合診療の禁止」という奇妙なルールが存在することで、最も被害を受けているのが「前向きながん患者」たちだ。それだけに、彼らは白熱してきた「混合診療の解禁」を巡る論議の行方を固唾を飲んで見守っている。

時代にニーズにまったく合わない規制

この論議で混合診療撤廃サイドの中核となっているのが、内閣府に設置されている『規制改革・民間開放推進会議』だ。草刈さんはそこで総括主査として医療面の規制改革を担当し、年内に小泉首相に提出する答申を患者の立場に立ったものにすべく、精力的な活動を行っている。

「医者が、健康保険の使える抗がん剤をいくつか患者にためしてみたが効果がないので、アメリカで治療効果がはっきり認められている抗がん剤を患者に投与した。そのとたん、全ての医療費が自己負担になるんですよ。こんなことが許されていいのか、というのが我々の問題意識の根底にあるんです。ここで、重要なのは、患者はただで医療サービスを受けているのではないということです。それまでどの方も毎月こつこつ掛け金を支払って将来の病気に備えてきたんです。まじめに掛け金を支払っていれば、いざというとき少ない自己負担でまともな治療を受けられると信じているから支払ってきたんです。それなのに、アメリカやヨーロッパで、ごく当たり前に使われている抗がん剤を使ったというだけで、がんの治療費全てを自分で支払わなきゃいけなくなるなんて、とんでもない話です。こんな患者のニーズを無視した規制を続ければ健康保険はなんの意味があるのかという議論にもなりかねない」

21世紀になったいま、我々は日本にいながらにして世界標準となった先端技術や新しいサービスの恩恵を時間差なしに享受出来るようになった。そんな日本にあって、唯一医療だけは、混合治療が制限されているため、患者が希望してもなかなか世界標準となった先端医療の恩恵を受けられない例外的な分野となっている。

わが国の健康保険制度の中にそのような規制が設けられているのは、制度が出来た昭和36年当時の社会のニーズが色濃く反映している。

そのころ大多数の国民が求めていたのは「誰でも、どこでも少ない負担で診療を受けられること」だった。その一方で、当時は有効性や安全性に問題がある医療行為や怪しげな民間療法が横行し、その蔓延を防止する必要性があった。そうした背景があったので「官」による規制が盛りこまれる事になったのだ。

これは、国民皆保険制度が発足した昭和36年時点では合理的な考え方であったと言ってよい。しかし、それから40年以上たった今、社会の状況は大きく変化している。死因のトップはがんとなり、国民の4割から5割ががんで死ぬ時代が目前に迫っている。しかも、世界のがん医療は目覚ましい進歩を遂げている。ところが、日本では混合診療が禁止されているため、それが足かせとなって日本の標準は世界の標準から大きく遅れをとっている。しかも、IT社会の到来で、がん患者の多くが、世界標準の診療と自分が受けている診療のギャップを知ってしまった。

いま混合医療の解禁を待ち望んでいるのはこうした人たちだ。とくに、再発がんや進行がんで治療法がなくなってしまった人たちは、祈るような思いで混合診療が解禁される日を待っている。世界で標準治療薬となった抗がん剤を投与されれば寿命が延びる可能性が出てくるのだからだ。


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