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術前術後化学療法との組み合わせで手術の予後が良好に 二次治療にニボルマブが承認、悪性胸膜中皮腫の治療成績は大幅に改善

監修●木島貴志 兵庫医科大学内科学講座呼吸器科主任教授
取材・文●植田博美
発行:2019年2月
更新:2019年2月

  

「切除可能例については、術前化学療法がこれからの標準治療になっていくでしょう。さらにオプジーボの承認は一次治療が効きにくい肉腫型や二相型の患者さんにとっても朗報だと思います」と語る木島貴志さん

希少がんである悪性胸膜中皮腫は、保険適用で使用可能な抗がん薬が少なく、予後不良の疾患である。外科的切除の適応となる症例は少なく、また手術自体の意義についても一定した見解はなく賛否両論であるが、兵庫医科大学では積極的に術前後の化学療法と外科的切除を併用した集学的治療を行っている。同大学呼吸器外科では年間30例を越える手術を行っており、手術ができた症例の予後は極めて良好である。

一方、大多数を占める切除不能症例に対する化学療法については、ペメトレキセド+シスプラチンの併用療法が 初回の〝標準的〟治療として定着して以来15年以上なかなか打開策がなかった。しかし昨年(2018年)、初回治療後再発症例に対して免疫チェックポイント阻害薬のオプジーボが第Ⅱ相試験(MERIT試験)の結果を受けて保険承認されたことにより、ようやく一筋の光が見えてきた。これらの結果を含めた現状や将来展望について、同大学内科学講座呼吸器科主任教授の木島貴志さんにうかがった。

〝癌〟とは似て非なる中皮腫とは

胸膜は、肺を包み込んでいる薄い膜のことで、同じように心臓は心膜に、胃や腸、肝臓などの腹部臓器は腹膜に包まれている。これらの膜を形成しているのが中皮細胞だ。悪性胸膜中皮腫は、胸膜の中皮細胞から発生した腫瘍である。正常な胸膜は数十μ(ミクロン)と食品用ラップくらいの厚さだが、中皮腫を発症すると数mm(ミリメートル)以上に厚みを増す。片肺だけに発症することが多い(図1、図2、表1)。

(提供:兵庫医科大学病院呼吸器内科)

「肺がんとは全く異なる病気です」と木島さんは語る。

「患者さんにはよくミカンに例えて説明するのですが、ミカンの房の実の部分にできるのが肺がん、房の薄皮にできるのが悪性胸膜中皮腫と考えてください。ちなみに漢字で表す〝癌〟は上皮細胞に発生する腫瘍を意味しますので、正確には中皮腫は癌ではありませんが、一般的には便宜上、ひらがなで表す〝がん〟の1つとして扱われています」(木島)

悪性胸膜中皮腫は、国内の年間新患者数が約2,000人という希少がんである。原因はほぼアスベスト(石綿)の吸入だ。天然の鉱物繊維であるアスベストは、丈夫で加工しやすい特性から、建材や断熱材、摩擦材など多くの工業製品に使われてきた。しかし、90年代ごろからその発がん性が大きな社会問題となり、2006年以降、製造・使用は原則禁止されている。

「中皮腫の潜伏期間は30~40年と非常に長いのが特徴です。2030年代ごろまで患者数は増え続けると見られています。また、阪神淡路大震災(1995年)の時にもたくさんのアスベストが飛散したと考えられますので、その後にもう一度ピークが来るかもしれません。当院はいわゆる〝クボタショック〟の地元で、地域的に患者さんが多く、早くから中皮腫の治療・研究に力を入れてきました。中皮腫センターを設置し、アスベスト検診も行っています」

ペメトレキセド=商品名アリムタ シスプラチン=商品名ブリプラチン、ランダなど オプジーボ=一般名ニボルマブ クボタショック=2005年に明らかになったアスベストによる健康被害。大手機器メーカー、クボタの旧神崎工場(兵庫県尼崎市)の関係者に中皮腫患者が多発した。「石綿による健康被害の救済制度」施行のきっかけとなった

肺の温存と集学的治療が第一選択

外科的切除をするかしないかは、病院によって治療方針に大きく違いが見られるのが現状だ。

その中で兵庫医科大学病院呼吸器外科では、切除可能と診断された症例に関して、次のような基本方針で治療を行っている。

(1)基本は肺を温存する:胸膜肺全摘術(EPP)ではなく胸膜切除/肺剥皮術(P/D)を第一選択とする
(2)必ず集学的治療を行う:手術の前に化学療法を行う(術前化学療法)
(3)予後が不良と予測される症例では手術を行わない:肉腫型、線維形成型、二相型および術前化学療法を行っても病状が進行した場合

悪性胸膜中皮腫の組織型=上皮型、肉腫型、線維形成型、二相型があり、上皮型以外は非常に予後が悪いとされる

P/Dは肺実質を温存できるとはいえ、侵襲の高い手術だ。そのため、手術を行うかどうかの判断には慎重を期す。手術で腫瘍の完全切除が期待でき(Ⅰ期からⅢ期の一部)、なおかつ全身状態(PS)など諸条件が適合した場合に集学的治療が選択される。

「まず、術前化学療法としてペメトレキセド+シスプラチンを3コース行います(1コース3週間、計9週間)。

9週間後に再度評価し、手術が行えると判断された場合、基本的には〝ミカンの房の薄皮だけを剥いで実(肺)を温存する〟P/Dを行います。以前は術中の総合的な判断によって〝ミカンの実を根こそぎ切除する〟EPPに移行することもありましたが、現在当院ではEPPはほぼ行っていません。P/D症例は、肺が温存できるので術後の呼吸機能低下が少なく、QOL(生活の質)を保てることに加え、長期的にみても間違いなく予後が良いです。

さらにP/D後は術後化学療法(ペメトレキセド+シスプラチン)を、EPP後は放射線療法をそれぞれ行います。これが、当院での標準治療です(図3)」と木島さんは述べる。

術前化学療法では9割が手術に移行、予後も良好

ここで気になるのは、「術前化学療法を9週間行っているうちに、病気が進行して手術の機会を失ってしまうのでは?」ということだ。

木島さんの施設では、2006年12月から2017年12月までに登録された患者197例のデータをもとに、術前化学療法の効果判定を行い、その結果を、昨年(2018年)11月に東京で開かれた第59回日本肺癌学会学術集会で報告した。

それによると、197例のうち、部分奏効(PR:腫瘍が減少)が17%(33例)、病勢安定(SD:変化なし)が73%(144例)、そして病勢進行(PD:増悪)した例は10%(20例)だった。

PR+SDの177例が手術適応となったが、実際に手術を行ったのは161例である。

その内訳は、P/D91例、EPP55例、試験開胸15例。生存期間中央値(MST)は、手術完遂43.4カ月、試験開胸24.8カ月、病勢進行・手術拒否などの脱落例16.4カ月である。

結果として、術前化学療法による手術の機会喪失は合計11.2%(22例)だった。

「手術不適応となった患者さんは、手術を受けた患者さんと比べて予後が不良でした。もし術前化学療法をせずにすぐに手術をされていたとしても、早期に再発していたかもしれません。あくまで推測ですが」と木島さんは述べる。

術前化学療法では、9割近い患者が手術に移行することができた。つまり、手術の機会を喪失することはなく、むしろ術前化学療法を行うことで治療抵抗性の症例を見出すことができ、結果的に侵襲的な治療を避けることができたのである。

「悪性胸膜中皮腫の治療については、手術そのものを否定する専門医もいるくらい、意見が分かれているのが現状です。外科手術自体がまだ標準治療ではないのです。しかし、当院のデータではP/D症例は間違いなく予後が良いです。近い将来、当院の標準治療が、日本、いや世界の標準治療になっていくでしょう。そのために今はエビデンス(科学的根拠)を積み上げていっているところです」

試験開胸=病変が予想以上に高度で根治治療が行えなかった症例に施行

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