患者のためのがんの薬事典
サンドスタチン LAR(一般名:オクトレオチド酢酸塩徐放性製剤)
月1回の注射で消化管神経内分泌腫瘍の進行を抑制
消化管神経内分泌腫瘍は、特徴的な症状がなく、比較的まれな疾患であるために診断が遅れることがあり、腫瘍が発見されたときには進行・転移していて、治療の第1 選択である手術ができないということも少なくありません。
サンドスタチン LARはこのような手術ができない患者さんに対する進行抑制効果が確認された、はじめての薬剤です。
有効な治療がなかった進行性神経内分泌腫瘍
サンドスタチン LARの有効成分であるソマトスタチンの作用は、全身の各臓器に分布するソマトスタチン受容体(SSTR)を介して現れます。このソマトスタチン受容体は全身のさまざまな臓器に分布し、ホルモンの産生を抑えます。その働きから、これまでは消化管ホルモン産生腫瘍における症状の緩和や、先端巨大症などの治療薬として使用されてきました。
2011年11月、サンドスタチン LARに消化管神経内分泌腫瘍の進行抑制効果が認められ、効能が追加されました。
神経内分泌腫瘍とは、人体に広く分布する神経内分泌細胞から発生する腫瘍で、全身のさまざまな臓器にできます。
神経内分泌腫瘍のうち、消化管にできるものを消化管神経内分泌腫瘍といいます。その範囲は、胃、十二指腸、小腸、虫垂、大腸といった「管」の部分です。
消化管神経内分泌腫瘍の治療の第1 選択は、手術による切除です。
ただし、神経内分泌腫瘍は発生頻度が低くまれな腫瘍であるため、診断まで時間がかかるケースが少なくありません。また、神経内分泌腫瘍は、腫瘍から分泌されるホルモンによってさまざまな症状が出現する機能性腫瘍と、症状がほとんどでない非機能性腫瘍の2種類に分けられますが、非機能性腫瘍では、症状が出ないために発見が遅れがちです。そのため、健康診断などで偶然に腫瘍が見つかったときには、すでに肝臓に転移している場合もあります。
進行や転移により神経内分泌腫瘍が手術で切除できない場合、これまでは抗がん剤やプロトンポンプ阻害薬(*)などが使われていました。しかし、これらの薬剤の神経内分泌腫瘍に対する明らかな効果は証明されていませんでした。
*プロトンポンプ阻害薬=胃の壁細胞のプロトンポンプに作用し、胃酸の分泌を抑える薬。タケブロン(一般名ランソプラゾール)、オメプラール、オメプラゾン(ともに、一般名オメプラゾール)などがある
無進行期間が倍に伸びる
サンドスタチン LARは、消化管神経内分泌腫瘍の進行抑制に効果が認められた初めての薬剤です。その効果は、ドイツで行われた「プロミド試験」と名付けられた臨床試験によって認められました。
この試験では、中腸(*)の神経内分泌腫瘍患者さん85例を、サンドスタチン LARを投与する群と、これまでと同様の治療を行うプラセボ群の2群に分けて、無進行期間(*)(TTP)という腫瘍の増殖が進行するまでの期間を比較しました。
その結果、プラセボ群では、43例中40例が進行し、腫瘍の増殖が進行するまでの期間は6.0カ月だったのに対して、サンドスタチン LAR群では進行した症例は42例中26例で、腫瘍の増殖が進行するまでの期間は、14.3カ月でした。
つまり、サンドスタチン LAR群は、プラセボ群に比べて腫瘍が増殖するまでの期間を、2倍以上延長したのです(期間はいずれも、中央値)。
この結果により、サンドスタチン LARは、消化管神経内分泌腫瘍の進行抑制に効果がある薬剤として、今回日本でも適応が追加されたのです。
*中腸=消化管のうち、内胚葉(ないはいよう)起源の部分をいい、ほぼ小腸にあたる。
*無進行期間=正確には、腫瘍が増殖するまでの期間、または腫瘍関連死(がんや治療による副作用による死)が起こるまでの期間(TTP:Time to Tumor Progression)のことを示す。
月1回の注射で治療が可能
サンドスタチン LARは、機能性神経内分泌腫瘍と非機能性神経内分泌腫瘍のどちらにも効果が認められています。
また、神経内分泌腫瘍は腫瘍組織の型により、高分化型の神経内分泌腫瘍であるG1、G2という種類のものと、低分化型でありNECと呼ばれる神経内分泌細胞がんという種類のものに分類されます。
サンドスタチン LARの対象となるのは、高分化型のG1、G2です。NECは、一般にG1、G2に比べて悪性度が高く、シスプラチン(*)などのプラチナ製剤が推奨されています(本邦未承認)。
サンドスタチンには、もともと2種類の注射剤がありますが、今回、消化管神経内分泌腫瘍に適応が認められたのは、サンドスタチン LARという、成分が徐々に放出されるように工夫された徐放剤です。効果が長期間に渡って持続するため、投与間隔は月1 回。そのため、通院回数が少なくてすみ、患者さんの負担を軽減します。
お尻に注射するため、お尻の筋肉が硬くなることもありますが、ほかには、むかつきなどの軽い消化管症状が主な副作用として挙げられる程度で、重篤なものはほとんどありません。
近年、神経内分泌腫瘍の患者さんが増えているといわれています。これまで有効な治療手段がなかった進行・転移した消化管神経内分泌腫瘍に対して、サンドスタチン LARの進行抑制効果が認められ、効能が追加されたことで、より良い治療を選ぶことができるようになったのです。
* 核分裂像数 | * Ki-67指数 | 特 徴 | ||
神経内分泌腫瘍 (NET) | NET G1 | <2 | ≦2% | ・高分化型 ・腫瘍細胞は正常の細胞に似ている ・増殖能は低く、低~中悪性度 ・カルチノイド腫瘍と呼ばれる場合もある |
NET G2 | 2~20 | 3~20% | ||
神経内分泌がん(NEC) (大細胞がん、あるいは小細胞がん) | >20 | >20% | ・低分化型 ・腫瘍細胞は正常細胞の機能をほとんどもたず、 未熟で増殖能が高い ・増殖能は高く、高悪性度 ・小細胞がん、大細胞がんに分けられる |
*核分裂像数=核分裂をしている状態の細胞の数のことで、がんの悪性度を測る指標の1つ
*Ki-67指数=Ki-67という細胞の増殖に関与するタンパク質の割合を示すもので、この割合が高いと増殖していることになる
*シスプラチン=商品名ブリプラチン/ランダ
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