患者のためのがんの薬事典
トレアキシン(一般名:ベンダムスチン塩酸塩)
悪性リンパ腫の増悪までの期間を延ばす古くて新しい抗がん剤
トレアキシンが使われるのは、悪性リンパ腫のなかの「低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫」と「マントル細胞リンパ腫」に対してです。腫瘍を縮小する効果が強く、完全寛解率が高いのが特徴で、国内で行われた臨床試験で、無増悪生存期間が延びることが確認されました。標準的治療を受けて再発した患者さんや、標準的治療が効かなかった患者さんの治療として、注目されています。
東ドイツで開発された古くて新しい抗がん剤
トレアキシンは、1963年に東ドイツで作られた抗がん剤で、東ドイツでは治療にも使われていました。ところが、東西ドイツの統一後、東ドイツの薬剤は、しばらくの間闇に埋もれてしまったのです。2000年代になると、ようやく臨床試験が行われるようになり、トレアキシンの悪性リンパ腫に対する効果が確認されました。こうして、再び表舞台に登場してきたのです。まさに"古くて新しい抗がん剤"といっていいでしょう。アメリカでは2008年に、日本では2010年に承認されています。
抗がん剤にはその作用によっていくつかの種類がありますが、トレアキシンは「アルキル化剤」という種類に分類されます。DNAに働きかけて、細胞分裂できなくすることで細胞を殺します。それによって治療効果を発揮するのです。
アルキル化剤を使っていると、他のアルキル化剤も効かなくなることがあります。これを交差耐性というのですが、トレアキシンには交差耐性がないことが示唆されています。
治療対象は2種類のリンパ腫
トレアキシンの適応症を説明する前に、悪性リンパ腫について簡単にまとめておきましょう。悪性リンパ腫は、ホジキンリンパ腫と非ホジキンリンパ腫に分かれます。日本に多いのは後者で、約95パーセントを占めています。また、進行の速さにより、高悪性度(週単位で進行)、中悪性度(月単位で進行)、低悪性度(年単位で進行)に分類されます。さらに、腫瘍化する細胞の種類によって、T細胞性とB細胞性があります。
トレアキシンの適応症となっているのは、「低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫」と「マントル細胞リンパ腫」の2つ。マントル細胞リンパ腫は中悪性度のリンパ腫です。
これらの再発・難治性の場合に使われます。すでに抗がん剤治療を受け、それでも再発した場合か、抗がん剤治療が効かなかった場合に使われるのです。多くの場合、初回治療としてはR-CHOP療法(リツキサン(*)、エンドキサン(*)、アドリアシン(*)、オンコビン(*)の併用療法)が行われています。それでも再発した場合や、効果が十分でない場合に、トレアキシンが使われることになります。
*リツキサン=一般名リツキシマブ
*エンドキサン=一般名シクロホスファミド
*アドリアシン=一般名ドキソルビシン
*オンコビン=一般名ビンクリスチン
再発までの期間を延ばすことができる
国内で行われた臨床試験があります。対象となったのは、低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫またはマントル細胞リンパ腫で、再発・難治性の患者さんです。この患者さんたちに、トレアキシンを3週おきに2日間連続投与する治療を6サイクルまで行いました。
その結果、低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫の完全寛解率は66パーセント。完全寛解とは、腫瘍の大きさが75パーセント以上縮小した場合のことです。マントル細胞リンパ腫の完全寛解率は73パーセントでした。
また、治療開始から再発または増悪までの期間を意味する無増悪生存期間は、上のグラフに示すような結果でした。低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫では中央値が20カ月、マントル細胞リンパ腫では22カ月でした。
低悪性度の悪性リンパ腫はゆっくり進行します。そのため、発病しても患者さんは長く生きられますが、基本的に薬で完全に治ることはありません。抗がん剤は細胞が増殖するときに効果を発揮するので、あまり増殖しない低悪性度のリンパ腫には効きにくいのです。
そこで、低悪性度のリンパ腫の治療は、再発までの期間を延ばし、治療しなくてもいい期間を長くすることが目標になります。この臨床試験結果のように、非常に長い無増悪生存期間が得られたというのは、大きな意味をもっているのです。
また、マントル細胞リンパ腫は、従来、抗がん剤治療がほとんど効かないと言われていました。ところが、トレアキシンはこの病気にとくによく効きます。それも世界の注目を集めた理由の1 つでした。
治療中は感染症に注意する必要がある
最も起こりやすい副作用は骨髄抑制です。血球を作る骨髄の働きが影響を受け、好中球減少、血小板減少、リンパ球減少などがよく起こります。
好中球やリンパ球が減少すると細菌感染症やウイルス感染症が起きやすくなります。そこで、トレアキシンの治療を受ける場合には、外出時にマスクをする、手洗いを励行する、といった感染症予防を心がけることが必要になります。
その他の副作用としては、発疹や蕁麻疹などの皮膚症状があります。一方、多くの抗がん剤で見られる脱毛は、国内の臨床試験では現れませんでした。
現在、トレアキシンは限られた悪性リンパ腫の治療にしか使うことができませんが、将来、これが拡大する可能性はあります。期待されているのは、中悪性度のびまん性大細胞性リンパ腫に対してで、臨床試験が進行中です。この病気は悪性リンパ腫の6割ほどを占めるため、トレアキシンが使えるようになれば、たくさんの患者さんが恩恵を受けることになります。
また、低悪性度B細胞性リンパ腫、マントル細胞リンパ腫に対する初回治療にも期待されています。
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