患者のためのがんの薬事典
トーリセル(一般名:テムシロリムス)
進行性腎細胞がんの第1選択薬として登場した新しい分子標的薬
長い間、日本における進行性腎細胞がんの治療はインターフェロンが中心でした。ここ数年、立て続けに新しい薬剤が発売され、進行性腎細胞がんの治療が激変してきています。
2010年9月に発売されたトーリセルは、1番新しい進行性腎細胞がんの薬剤です。海外で行われた臨床試験の結果では、状態が厳しい患者さんにとって希望の持てる結果が得られています。
進行性腎細胞がんで生存期間が延びた初の薬
トーリセルは、mTOR阻害剤という、全く新しい作用の仕組みを持った分子標的薬です。
対象患者は、腎細胞がんのうち、根治のための手術ができない患者さん、がんが腎臓から身体のほかの場所にも広がっている患者さんです。点滴により投与します。
薬物による治療を受けたことがない、予後(*)不良の進行性腎細胞がんの患者さんを対象に行われた海外での第3相臨床試験では、トーリセルは標準治療のインターフェロンαと比べて、全生存期間(治療開始から死亡までの期間)を有意に延長したという結果を得ています。
この臨床試験は状態が非常に厳しい患者さんを対象に行われたもので、このような患者さんを対象に行った臨床試験で、生存期間を延長させた腎がんの薬剤はトーリセルが初めてです。
*予後=今後の病状の医学的な見通し
生存期間の延長だけでなく治療のQOLも保持
また、同時にこの臨床試験では治療中の生活の質(QOL)に関する評価も行われています。がんに対する薬物治療の結果、生存期間が延びたとしても、副作用で苦しむ時間が長くなっていたとしたら、治療の意義は薄くなってしまいます。そのため、治療の結果、標準治療のインターフェロンαとトーリセルでは全生存期間におけるQOLがどのように変化したのかを調べたのです。
この評価では、全生存期間を、TOX(再発はしていないが、副作用などによる苦しい症状が出ている期間)、TWiST(副作用による症状がなく、再発もしていない期間)、REL(再発してから死亡するまでの期間)という3つの期間に分けて比較しています。
その結果、トーリセル群、インターフェロンα群ともに、TOXやRELの期間は変化ありませんが、がんの再発や副作用のない、すなわち症状が出ていない期間がトーリセルでは延長していることが明らかになりました。
このような結果から、トーリセルはNCCN(全米包括がんネットワーク:米国のがん治療ガイドライン策定組織)のガイドラインにおいて、予後不良の進行性腎細胞がんの第1選択薬として位置づけられています。
このほか、トーリセルは日本・韓国・中国で進行性腎細胞がん患者さんを対象に行われた第2相臨床試験でも、臨床的利益率(腫瘍が全て消失+腫瘍が50パーセント以上縮小+24週間以上腫瘍の大きさが変わらない症例の割合)は46.7パーセントと、半数近くの患者さんに効果があったという結果が得られています。
とくに注意が必要な間質性肺疾患
分子標的薬は、効果は高いが、強い副作用も出やすい薬というイメージがあります。
しかし、トーリセルはその臨床試験の結果などから、がんを強力にたたいて治すというより、「がんの進行をゆっくりにして、生存期間を延ばす薬」ととらえられています。副作用も従来の分子標的薬よりも少ないといわれています。
とはいえ、副作用がないわけではありません。
注意すべき副作用はさまざまありますが、なかでも間質性肺疾患の発現頻度は高く、とくに注意が必要です。
間質性肺疾患とは、空気を取り込む肺胞の周りの組織が炎症を起こすことにより、肺の機能が低下する病気です。
はじめに発熱や咳など、風邪のような症状が現れることが多く、重症化すると息が苦しいなどの症状が現れます。
一方、早期の場合は症状が現れにくいため、レントゲンやCTを撮ってみて、初めて異常が発見される場合もあります。
トーリセルでの治療が始まってから発熱や咳、息苦しさを感じた場合は、すぐに医師や薬剤師に報告すると同時に、定期的に検査を受けて、肺に異常がないかを確認することが早期発見には大切です。
口内炎も頻度が高い副作用の1つです。口内炎は口のなかが不潔だと起こりやすいので、治療中はとくに歯磨きやうがいを念入りに行い、口のなかを清潔に保つようにしましょう。
口内炎で痛みが強くなると、食事や水分がとれなくなり、体力が落ち、気分も落ち込みやすくなります。口内炎ができたときは早めに医師や薬剤師、看護師に相談してしかるべき治療を受けましょう。
また、トーリセルを投与している間や投与後に、アレルギー反応(インフュージョンリアクション)が起こることがあります。皮膚が赤くなったり、じんましんができる、息苦しい、胸が痛む、めまいや意識が薄れるなどの症状が起きた場合は、すぐにトーリセルの投与を中止し、処置を行う必要があります。投与中、投与後にこのような症状が起きた場合は、すぐに医療スタッフに伝えましょう。
どんな副作用が出るかは人により異なります。治療を開始する前に、医師や薬剤師から注意が必要な症状や、症状が現れた場合の対処法などを聞いておくと、安心して治療を受けることができます。
同じカテゴリーの最新記事
- 皮膚T細胞リンパ腫の新治療薬 タルグレチン(一般名ベキサロテン)
- EGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がんの治療薬 イレッサ(一般名ゲフィチニブ)/タルセバ(一般名エルロチニブ)/ジオトリフ(一般名アファチニブ)/タグリッソ(一般名オシメルチニブ)
- 前立腺がん骨転移の治療薬 ゾーフィゴ(一般名ラジウム-223)/ランマーク(一般名デノスマブ)/ゾメタ(一般名ゾレドロン酸)/メタストロン(一般名ストロンチウム-89)
- GIST(消化管間質腫瘍)の治療薬 グリベック(一般名イマチニブ)/スーテント(一般名スニチニブ)/スチバーガ(一般名レゴラフェニブ)
- 慢性リンパ性白血病の治療薬 FCR療法(フルダラ+エンドキサン+リツキサン)/アーゼラ(一般名オファツムマブ)/マブキャンパス(一般名アレムツズマブ)
- 悪性軟部腫瘍(軟部肉腫)の治療薬 アドリアシン(一般名ドキソルビシン)+イホマイド(一般名イホスファミド)/ヴォトリエント(一般名パゾパニブ)/ヨンデリス(一般名トラベクテジン)
- 悪性神経膠腫の治療薬 テモダール(一般名テモゾロミド)/アバスチン(一般名ベバシズマブ)/ギリアデル(一般名カルムスチン)
- 切除不能膵がんの治療薬 FOLFIRINOX療法/アブラキサン+ジェムザール併用療法
- 閉経前ホルモン受容体陽性乳がんの治療薬 抗エストロゲン薬(ノルバデックス)/LH-RHアゴニスト(リュープリン、ゾラデックス)
- B細胞性リンパ腫の治療薬 R-CHOP療法(リツキサン+エンドキサン+アドリアシン+オンコビン+プレドニン)/VR-CAP療法(ベルケイド+リツキサン+エンドキサン+アドリアシン+プレドニン)