患者のためのがんの薬事典
タイケルブ(一般名:ラパチニブ)
ハーセプチンが効かなくなった患者さんに2次治療として期待される
乳がんの新しい分子標的薬として、承認発売が待たれている新薬がある。一般名はラパチニブである。ラパチニブは低分子化合物であり、がん細胞の内部で作用し、がん細胞の細胞増殖を止めて、アポトーシス(細胞死)を促すという作用機序(作用するシステム)だ。さらに、この新薬は多くの抗がん剤とは異なり、低分子化合物がゆえに血液脳関門を通り、脳転移した乳がんにも効果が期待されるようだ。
2つの標的に働く新しい分子標的薬
分子標的薬は、がん細胞の特定の分子をターゲットとして作用します。現在、乳がんの治療薬として認可が待たれているラパチニブ(海外商品名はTykerb、Tyverb)はがん細胞の表面に過剰に発現しているErbB1(またはEGFR)という上皮成長因子受容体タンパクとErbB2(またはHER2)という受容体タンパクの両方に作用します。
乳がんの分子標的薬として、すでに広く使われているハーセプチン(一般名トラスツズマブ)は、HER2を標的とした高分子化合物であるのに対し、ラパチニブはErbB1も標的としている低分子化合物であるのが特徴といえます。
多くのがん種に対する治験(臨床試験の成績に関する資料の収集を目的とする試験)が行われていますが、乳がんに対する効果はすでに明らかになっています。その結果、2007年3月にアメリカで認可された後、多くの国で認可されています。
がん細胞の中で受容体シグナルを抑える
HER2を持つがん細胞は、増殖や転移が起こりやすいことが知られています。ラパチニブとトラスツズマブは、どちらともHER2を標的としますが作用の機序はまるで違っています。
トラスツズマブはHER2に特異的な抗体で、がん細胞の外側のHER2タンパクを探し出して結合し、受容体シグナルを止めます。一方、ラパチニブは低分子化合物で、がん細胞の細胞膜を通過し、HER2の受容体シグナルの元を特異的に抑えます。そうすることで、がん細胞の増殖を止め、アポトーシス(細胞の自然死)を促します。
このような違いがあるため、トラスツズマブを使っていて効かなくなった患者さんにも、効果を期待できるのです。
無増悪期間が約2カ月延びた
ラパチニブの臨床試験は、抗がん剤やトラスツズマブによる治療を受け、それが効かなくなった患者さんを対象にして行われました。海外で行われた臨床試験では、ラパチニブとゼローダ(一般名カペシタビン)の併用群とカペシタビンの単独投与群で、治療成績を比較しました。結果は明らかで、無増悪期間(病気が進行するまでの時間)の中央値がラパチニブとカペシタビンの併用療法群では27.1週だったのに対しカペシタビン単独療法群では18.6週でした。奏効率はラパチニブとカペシタビン併用群は23.7パーセントに対し、カペシタビン単剤投与群が13.9パーセントで、これも大きな違いになりました。
この臨床試験は、合計528人で行う予定になっていましたが、324人目の解析で結果の大差が生じたため、399人で登録を中断することになりました。効果の差が歴然としたため、このまま臨床試験を続けるのは倫理的に問題があると考えられたのです。
日本で行われた臨床試験は比較試験ではありませんが、海外同様に抗がん剤やトラスツズマブが効かなくなった患者さんが対象となりました。この試験でラパチニブ単剤の有効性が確認されており、その奏効率は24パーセントでした。臨床試験では副作用も明らかになりました。化学療法と異なり、比較的副作用は軽いのですが、もっともよく見られるのは下痢と皮疹と悪心です。下痢のグレードは、3、4は稀で、多くはグレード1、2(グレード2が1日4~6回の排便回数の増加)であり、皮疹、悪心とも同様にグレードの低いものでした。
対象 ・HER2過剰発現を認めた乳がん患者 ・少なくともアントラサイクリン、タキサン、ハーセプチンの全てを含んだ治療後に再発・進行した乳がん患者 | |
最良総合効果 | 判定(判定委員会) (n=45) |
---|---|
部分奏効 | 24%(11例) |
安定 | 44%(20例) |
臨床効果* | 36%(16例) |
進行 | 31%(14例) |
脳転移に対しても効果を発揮した
ラパチニブは、乳がんの脳転移に対しても効果を期待されています。従来、脳転移に薬物療法は効果がないとされてきました。なぜなら、脳に行く血液は血液脳関門という関所を通過しなければならず、薬品はここを通過できないと考えられていました。ところがラパチニブは低分子化合物なので、血液脳関門を通過することが動物実験で確認され、ヒトの脳転移に対しても効果が期待されています。
トラスツズマブが効かなくなり、乳がんの脳転移に対してすでに放射線治療を行った患者さんを対象に、ラパチニブとカペシタビンを併用する臨床試験が行われています。
結果は、脳転移巣の体積が50パーセント以上縮小した状態が8週間継続した患者さんが20パーセントいました。また、やや縮小するか増加しない状態が8週間継続した患者さんは約40パーセントで、合計すると約6割の患者さんに何らかの効果があったのです。乳がんの脳転移に対しても、ラパチニブ単剤よりも併用のほうが良い結果がでています。
このようにラパチニブは、トラスツズマブが効かなくなった患者さんの2次治療で使う薬として、まずその効果が確認されました。現在は、1次治療での効果や、手術後の再発予防に用いた場合の効果を確認するために、いくつもの臨床試験が進行しています。
たとえば、ラパチニブとタキソール(一般名パクリタキセル)対トラスツズマブとパクリタキセルといった興味深い臨床試験も進行していて、2011年頃にはその結果が出そうです。
術後の再発予防に関しては、8000例の大規模臨床試験が昨年からスタートしています。ラパチニブ単独、トラスツズマブ単独、ラパチニブとトラスツズマブの併用、ラパチニブとトラスツズマブを前後して使う、という4つのパターンを比較する試験ですが、これは2012年頃に結果がでる予定です。
また、ラパチニブは乳がんだけに効く薬ではなく、今後の研究結果が期待されてます。
2006年11月20日
2007年2月14日
3カ所の矢印の示す白い部分が転移したがん(左)。右では3カ所とも消失している
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