患者のためのがんの薬事典
マイロターグ(一般名:ゲムツズマブオゾガマイシン)
再発または難治性で、CD33が陽性の急性骨髄性白血病(AML)が適応
強力な殺細胞効果のある“カリケアマイシン”を、抗体の力を借りて白血病細胞の中へ送り込む。そんな発想で生まれたマイロターグ。抗がん剤抱合抗体製剤として、2005年の9月から使用可能になっています。
カリフォルニアの粘土の中に見つかった
“カリケアマイシン”という薬剤が、マイロターグに含まれる抗がん剤の本体の名前です。もともとは、細菌感染症を治療するための抗生物質として発見されました。しかし、カリケアマイシンの持つ殺細胞効果がとても強力だったので、抗がん剤に転用されたのです。抗がん剤として使われる抗生物質は、実のところさほど珍しくありません。カリケアマイシンも、その1つです。
抗生物質は、自然界に多数存在しています。広く知られたペニシンという抗生物質も、パンにはえる青カビの中に存在していました。そこで、製薬会社は、未知の抗生物質を探す旅に出かけます。研究者が探検家の装いをして、アマゾンの奥深くまで分け入る理由はそこにあります。
アメリカに本社のあるワイスという製薬会社の研究員が、テキサス州にあった炭酸カルシウム粘土の土壌を調べた結果、その中に、ある種の興味深いバクテリアを見つけます。炭酸カルシウム粘土は鍾乳洞などによくみられるものですが、その中に生息していたバクテリアが、大変に強力な抗生物質を作り出していたのです。それがカリケアマイシンなのでした。
なぜ抗体と結びつけたのか
マイロターグは「抗体+抗がん剤」で成り立っており、ゲムツズマブという名前の“抗体”に、カリケアマイシン(抗がん剤)が結び付いています。前者は、抗がん剤の運搬役を果たしています。
カリケアマイシンを人間の体に直接投与しますと、あちらこちらに分散されて、正常な細胞を著しく傷つけてしまいます。ですから、そのままでは使えません。そこで研究者は考えました。カリケアマイシンをがん細胞にだけ送り届ける、何か良いアイデアが必ずあるはずだと。いろいろな試行錯誤の結果、抗体に“運び屋”をやらせてはどうかとなりました。
そもそも抗体とは、私たちの免疫細胞がつくるタンパク物質の1種であり、病原体あるいは疑わしい侵入物質に対して、それを排除する方向に働きます。この役割を果たすうえで、最も重要となる抗体の性質が、特定物質への結合能です。この優れた識別能力を利用すれば、目標とするがん細胞だけにカリケアマイシンを届けることができるのではないかと考えました。
CD33に結合せよ
急性骨髄性白血病細胞は、がん化した血液細胞の1種ですが、その細胞表面には“CD33”と呼ばれるタンパク質が顔を覗かせています。ゲムツズマブは、このCD33へ特異的に結合するよう開発された、人工的な抗体なのです。
静脈へ注射されたマイロターグは、ゲムツズマブとカリケアマイシンが連結した状態で白血病細胞に辿り着き、ゲムツズマブ(抗体)が細胞表面のCD33と結合します(図-1)。その後、マイロターグは2~4時間以内に細胞内へ取り込まれ(図-2)、細胞内でカリケアマイシン(抗がん剤)を切り離します(図-3)。解き放たれたカリケアマイシンは核内のDNAに取り付いて(図-4)、細胞を死滅させるのです。これが研究者の考えた戦略であり、事実その通りになっています。
再発または難治性の急性骨髄性白血病が適応
急性骨髄性白血病に対しては、アントラサイクリン系薬にシタラビンを加えたレジメン(薬のメニュー)が広く用いられ、50~80パーセントの寛解導入率(病気がいったん落ち着く状態)が得られています。しかし残念なことには、大半の患者さんが再発をしてしまい、長期生存が得られるのは全体の3割に満たないのが現状です。
なかでも、60歳以上の高齢者では治療に苦戦する場合が多く、寛解導入率は50パーセント以下、長期生存率は0~15パーセントときびしい状況にあります。
ちなみに、寛解導入率を裏返した数値(100パーセント―解率)が、はじめから化学療法の効かない難治例の割合を意味しており、依然相当な数にのぼることがわかります。そこで、難治例や再発例に対する“次の治療手段(救済療法)”が強く望まれていました。マイロターグは、現在その位置付けにあります。
では、臨床試験の成績を見ることにしましょう。まず「単独療法による治療成績」です。無治療で第1再発期にあった患者群(6割近くが60歳以上)において、マイロターグを単独で用いたところ、2回の投与で26パーセントの患者さんに、白血病細胞が消失するなどの効果が得られました。効果が得られた場合の平均生存期間は12.6カ月であり、後に骨髄移植を追加することで、さらなる生存期間の延長が期待されました。再発した患者さんに対して、マイロターグ単独でも、これだけの効果が得られています。
次に「併用療法による治療成績」を示します。再発または難治性の患者さんに対して、抗がん剤3種類+マイロターグを用いた救済療法が施されました。結果として、34パーセントの患者さんに効果が得られています。これはマイロターグ単独療法や、そのほかの従来の救済療法よりも優れる成績でした。
最後に副作用です。マイロターグは、抗体が抗がん剤を運搬していることから、既存のレジメンに比べて毒性が少なく、高齢者でも耐えうる利点があります。しかしながら、投与によって約3割の患者さんに肝臓の障害がみられたほか、投与後24時間以内に生じる急性の致命的な反応(過敏症や肺障害)も報告されています。ですから、十分に経験を積んだ専門医による使用が求められています。
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