患者のためのがんの薬事典
べサノイド(一般名:トレチノイン)
急性前骨髄球性白血病の治療を変えた、分化誘導療法薬
分子標的薬に分類される経口薬で、「急性前骨髄球性白血病」(APL=acute promyelocytic leukemia)に高い効果を示し、現在、治療における第1選択薬として用いられています。
高い有効率に加え、他の抗がん剤のような強い毒性もなく、副作用が少ないという利点があります。
急性前骨髄球性白血病に効果を発揮するビタミンA誘導体
べサノイド(一般名トレチノイン)は、レチノイン酸というビタミンAの誘導体です。レチノイン酸自体は、1955年にアメリカで合成され、シワやシミ、ニキビの治療薬としてFDAに認可されており、現在もレチノイン酸療法として美容領域で行われています。
その後、1980~90年頃に、レチノイン酸が、白血病細胞の増殖を抑制し、死滅させる効果があることがわかり、急性前骨髄球性白血病の治療薬として製品化されました。日本では1995年に発売されています。べサノイドを、急性前骨髄球性白血病以外に使用することはできません。
べサノイドには、未成熟な白血病細胞を成熟白血球に誘導するはたらきがあります。つまり、正常な白血球と同じ成長の経過をたどらせることで白血病細胞を正常細胞に分化させるのです。このことから、この薬剤を使った療法は、「分化誘導療法」と呼ばれています。
古くからある薬ですが、大きくは、がん細胞特有の分子を標的にし、正常細胞に害を与えず、がん細胞だけを狙って攻撃する、「分子標的薬」の一種といえます。他には、乳がんに対するハーセプチン(一般名トラスツズマブ)、悪性リンパ腫に対するリツキサン(一般名リツキシマブ)、慢性骨髄性白血病に対するグリベック(一般名イマチニブ)、肺がんに対するイレッサ(ゲフィチニブ)などがこの分子標的薬に分類されます。どれも各がんの従来の標準治療に大きな変化をもたらしており、近年の化学療法において、もっとも重要な役割を果たしていると言える薬剤群です。
白血病細胞を正常細胞に分化させる
べサノイドの適応となる疾患は、急性前骨髄球性白血病のみですが、べサノイドの登場により、急性前骨髄球性白血病の治療は劇的に変わりました。
この薬剤を説明するにあたり、まず急性前骨髄球性白血病という病気について、簡単に解説します。
白血球や赤血球、血小板になる前の細胞である「芽球」が、白血球に分化する過程でがん化する病気が白血病です。急性前骨髄球性白血病は、そのうちの前骨髄球の段階で白血病細胞化したものです。
白血病の原因や、発生機序については、まだはっきりとわかっていませんが、急性前骨髄球性白血病では、第15番染色体と第17番染色体の一部が切断されて入れ代わる「相互転座」が起こっていることが判明しています。
この際に発現する「PML-RARα」という異常な遺伝子が、細胞が分化し成熟していくために必要なビタミンAの結合と活性を阻止し、異常な前骨髄球が蓄積されてしまうことが原因と考えられています。
これに対し、大量のビタミンAを投与することで白血病細胞を正常細胞に分化させることを目的とした薬剤がべサノイドです。
単剤でも高い効果が期待でき、初回治療例の約8割が寛解に至るとのデータが出ています。また、他の抗がん剤と組み合わせて使うことでより良い成績が報告されています。
併用する場合は、主にキロサイド(一般名シタラビン)、イダマイシン(一般名イダルビシン)、ダウノマイシン(一般名ダウノルビシン)、テラルビシン (一般名ピラルビシン)、アクラシノン(一般名アクラルビシン)、ノバントロン(一般名ミトキサントロン)などが用いられます。
特有な副作用レチノイン酸症候群
べサノイドはビタミンAの一種であり、一般的な抗がん剤に比べ、副作用は抑えられます。しかし、大量のビタミンAを投与することになるため、中には重い副作用が起こることもあります。
一般的な副作用は、トリグリセライド(中性脂肪)上昇、肝臓機能障害(AST、ALTの上昇)、口唇乾燥、頭痛、発熱(後述のレチノイン酸症候群に伴なうもの)などです。
べサノイドに特徴的な副作用として、「レチノイン酸症候群」があげられます。これは、発熱、呼吸困難、胸水貯留、肺浸潤、間質性肺炎、肺うっ血、心嚢液貯留、低酸素血症、低血圧、肝不全、腎不全、多臓器不全などが発現するもので、充分な注意が必要な重篤な副作用です。これらの症状が認められた場合には、投与を中止し、ステロイド(副腎皮質ホルモン剤)を大量に用いるパルス療法と呼ばれる治療を行います。
また、本剤には催奇形性(胎児に奇形などの影響を及ぼす)が確認されています。そのため、妊娠中のまたは妊娠する可能性のある患者に使用する場合は、投与開始前と投与中及び投与中止後それぞれ1カ月間の避妊や、正常な生理周期の2、3日目まで開始しないこと、妊娠検査の実施などが注意事項としてあげられています。
その他、ビタミンA製剤(チョコラAなど)を併用することは、ビタミンA過剰症(皮膚の剥離、食欲不振、頭痛、吐き気や肝障害など)と似た副作用が起こることがあるとの理由で禁止されています。
症例数 | 完全寛解 | 部分寛解 | 無効 | 寛解率(%) | |
---|---|---|---|---|---|
初回化学療法難反応例 | 5 | 5 | 100 | ||
再発後化学療法難反応例 | 1 | 1 | 100 | ||
化学療法再発例 | 15 | 11 | 4 | 73.3 | |
未治療例 | 6 | 5 | 1 | 83.3 | |
初回治療例小計 | 27 | 22 | 5 | 81.5 | |
寛解後再発例 | 11 | 3 | 1 | 7 | 36.4 |
総計 | 38 | 25 | 1 | 12 | 68.4 |
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