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患者のためのがんの薬事典

イレッサ(一般名:ゲフィチニブ)
〔概要編〕画期的な効果と重い副作用

監修:佐々木康綱 埼玉医科大学病院臨床腫瘍科教授
文:荒川直樹
発行:2003年12月
更新:2014年2月

  

手術で完治できない肺がんに優れた治療効果を示す新薬として注目されたが、発売後、重い肺炎の副作用で122名が死亡するという事態となった。しかし、医師と患者が薬の副作用に対する正しい認識をきちんともてば、肺がん治療に不可欠な有効な薬剤だと専門家は指摘している。

がん細胞の増殖を抑える新しい分子標的薬

イレッサの成分であるゲフィチニブは、分子標的薬と呼ばれる従来の抗がん剤とは異なった作用メカニズムをもった肺がん治療薬です。イレッサは、英国のアストラゼネカ社が開発し、2002年に発売されました。

では、分子標的薬とはどのようなくすりなのでしょうか。最近、がんの生物学的な研究が進み、がん細胞が体内で増殖するために重要な役割を果たしている分子があることが明らかになってきました。EGFR(上皮成長因子受容体)もがん細胞の成長に必要な分子のひとつです。ゲフィチニブは、チロシンキナーゼという酵素の働きを阻害、このEGFRの働きを抑えがんの増殖を妨げると考えられていますが、作用メカニズムはまだ完全には解明されていません。

イレッサは大きな可能性を持った新薬ですが、反面、まだまだ臨床研究の途上にある抗がん剤といえます。専門家は、効果と副作用を慎重に確認しながら使用すべき抗がん剤だと考えています。

末期がんが消えた画期的だった臨床効果

イレッサが注目されたのは、その効果が画期的であったことです。くすりの効果を確かめるための第二相試験は、非小細胞肺がんの患者である日本人51名と外国人52名の合計103名で行われました。その結果、18.4パーセントの患者で腫瘍の大きさが半分以下になり、その効果は4週間以上続きました。とくに日本人の患者では、この腫瘍縮小効果が27.5パーセントと外国人よりも高く、さらに35.9パーセントの患者で腫瘍が大きくなるのをくい止めることができました。つまり、合計54.4パーセントの患者で病状のコントロールができたのです。

もちろん、全く効果のなかった患者もいるわけですが、一般に抗がん剤の臨床試験は、他の治療法では効果が得られなくなった患者を中心に行われていますので、まさに画期的な効果だといえます。国がイレッサをスピード承認した理由も、この効果にありました。

そして、発売後も「末期の肺がん患者のがんが消えた」(MRI画像診断などで肉眼で見えないという意味で、完治ではない)という報告が相次ぎました。

臨床試験=抗がん剤の開発段階の臨床試験は、大きくわけて2種類あります。第1相試験は、動物実験の後、少数の患者に使い実際にどのような効果と副作用があるかを詳細に検討します。第2相試験は、特定のがんの患者に幅広く使用し、その有効性を統計学的に判断します。
非小細胞肺がん=肺がんは、小細胞肺がんとそれ以外のがんに分けられます。非小細胞肺がんは、小さくても発見時にすでに転移していることが多く、治療方針が他の肺がんと異なるからです。非小細胞肺がんには、腺がん、扁平上皮がん、大細胞肺がんがあり、治療はまず外科的な切除が第一で、切除できなかった場合に抗がん剤治療などが検討されます。

肺炎の副作用で100名以上が死亡

イレッサのもうひとつの特徴は、飲み薬であるということです。外来で治療できる上、従来の抗がん剤のような激しい吐き気、脱毛といった副作用も、通常の場合はほとんどみられなかったのです(下図:イレッサの主な副作用の種類と頻度)。

■第2相試験の結果得られた主な副作用の種類と頻度
副作用の種類 日本人(%) 外国人(%)
下痢 49.0 30.8
嘔気 13.7 11.5
発疹 62.7 30.8
痒み 49.0 11.5
皮膚乾燥 33.3 21.2
食欲不振 15.7 1.9
痛み 17.6 1.9
無力症 9.8 5.8
AST(肝酵素)上昇 21.6 0.0
ALT(肝酵素)上昇 21.6 3.8

画期的な効果があって副作用が少ないくすり。イレッサが不幸だったのは、そうした認識の元で非常に安易に大量にくすりが使われてしまったということです。なかには、アガリクスなどの代替医療と同じ感覚で患者にイレッサを処方する医療機関もありました。

こうしたなか、イレッサが普及しはじめてすぐ、大きな問題が起こりました。臨床試験の段階でも、イレッサの服用によって100人に1~2名の割合で間質性肺炎という副作用が起こることは知られていましたが、この副作用で死亡する患者が相次いでしまったのです。発売後の2002年12月の段階で、この副作用が358名に現れ、そのうち114名が亡くなったのです。

■イレッサ による間質性肺炎の発症頻度
患者 症例 間質性肺炎発症頻度
(死亡率)%
全世界 ~80,000 1.00(0.37)
日本での市販後使用 ~37,000 2.00(0.70)
日本以外の国 ~44,000 0.33(0.10)
米国EAP ~24,000 0.36(0.06)
その他の国EAP ~14,500 0.35(0.66)
(2003年8月6日現在)
EAP:Expanded Access Program

効果と副作用を知り適切な治療が求められる

副作用の報道によって、「イレッサは危ない薬」「厚生省のスピード承認は間違っていたのでは」という声もたくさん聞かれるようになりました。しかし、肺がん治療の専門家の多くは、いまでも「イレッサは治療の選択肢のなくなった患者を救命できる、重要な医薬品」と考えています。そして、肺がん以外のがんの治療にも有効なのではないかということから、新しい臨床研究も始まっています。

大切なのは、医師も患者も起こりうる重い副作用のことをきちんと認識した上で、イレッサを効果的に使用することです。発売当初のように安易に使われるのではなく、きちんとした管理のできる医療機関で肺がんの専門家だけが扱うくすりといえるでしょう。また、イレッサは未知の部分の多い医薬品です。服用した患者のすべてを追跡調査し、副作用の現れ方をきちんと分析すべきだと専門家の多くが考えています。

残念ながらイレッサによる重い肺炎の副作用を完全に防ぐ方法は見つかっていません。患者も、その効果と危険性の両方を医師から納得のいくまで説明を受けてから使用することが必要です。

次回は、イレッサの具体的な使用法と注意事項を掲載します。

くすりのメモ

商品名:イレッサ
一般名:ゲフィチニブ
発売元:アストラゼネカ社

どんながんに使われるのか:
肺に最初にできたがん(原発性肺がん)のうち、すでに転移してしまった非小細胞肺がん。がんが大きくなりすぎて手術できなくなったり、手術後に局所再発してしまった非小細胞肺がんに使われます。

使用法:
内服薬です。1日1回250ミリグラムを毎日飲みます。服用時間は、毎朝の食事時の服用が勧められています。

治療費はどれぐらいか:
健康保険が適用されます。3割の自己負担の場合は、1カ月あたり4万5000円程度です。


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