患者のためのがんの薬事典
ギリアデル(一般名:カルムスチン)
神経膠腫を切除した後、脳内に留置する新タイプの抗がん薬
脳腫瘍の一種である神経膠腫は、腫瘍の周囲に浸み込むように広がり、境界が不鮮明なため、手術で完全に取り切るのは困難です。そこで、取り切れずに残った腫瘍細胞を治療するため、脳内に留置してくるタイプの抗がん薬「ギリアデル」が登場しました。手術時に切除した部位に薬を留置すると、その後約2週間にわたり、じわじわと薬を放出し続けます。
後遺症を防ぐと腫瘍を取り切れない
神経膠腫は、手術で完全に取り除くのが難しい脳腫瘍です。正常な脳の組織と腫瘍との境界がはっきりせず、画像検査で写し出される腫瘍部分の周囲にも、多くの腫瘍細胞が広がっているからです。
大きく切り取れば、腫瘍をすべて取り切ることができるかもしれません。しかし、それでは正常な脳の組織を傷つけ、重い後遺症を残すことになってしまいます。逆に、後遺症を起こさないようにすると、多くの腫瘍細胞が残ってしまうのです。
そこで、取り残した腫瘍細胞を治療するため、手術後の化学放射線療法が標準治療とされてきました。しかし、術後の化学放射線療法を行っても、必ずしも十分な効果が得られていたわけではありません。神経膠腫は治療が困難な脳腫瘍であり続けています。
約2週間にわたって徐々に薬を放出する
神経膠腫の治療薬として登場したギリアデルは、まったく新しいタイプの抗がん薬です。使い方が独特で、切除手術を行った後の脳に留置してきます。このような投与方法の抗がん薬は、他に例がないようです。
ギリアデルの一般名はカルムスチンですが、この薬は新しいものではありません。アメリカでは、1979年に注射薬が発売され、脳腫瘍や血液がんの治療に使われていました。
ただ、この薬には弱点がありました。血中に止まっている時間が極端に短く、半減期(濃度が半分になるまでの時間)がわずか15分だったのです。治療効果を高めるには、投与量を増やすしかなく、そうすると副作用が強く出てしまいます。
この抗がん薬を、もっと有効に活用する方法はないか、ということで考え出されたのが、じわじわと時間をかけて薬を放出する剤型でした。それを脳内に留置してくれば、残っている腫瘍細胞に対し、長時間にわたって薬の効果を発揮することができます。こうして開発が進められ、ギリアデルが誕生しました。
ギリアデルは、ポリフェプロサンという特殊な基材に、カルムスチンを染み込ませた薬です。ポリフェプロサンは、水分があると徐々に分解されていき、そのときにカルムスチンを放出します。
ギリアデルは、手術で腫瘍を切除した部分に並べて留置します(図1)。すると、その後約2週間にわたって、薬剤を放出し続けるのです。
標準治療までの約2週間を活かす治療
ギリアデルの効果を調べる臨床試験が、海外で行われています。神経膠腫で手術を受けた患者さんを対象に、ギリアデルを留置した群と、プラセボ(偽薬)を留置した群の生存期間を比較した試験です。
その結果、生存期間の中央値は、ギリアデル群が13.9カ月、プラセボ群が11.6カ月でした。ギリアデルの使用により、生存期間が延長することが明らかになったのです。
さらに国内で、安全性や治療効果を調べる臨床試験が行われ、神経膠腫の治療薬として認可されました。
ギリアデルによる治療は、これまで行われてきた手術と術後の化学放射線療法に、うまく組み入れることができます。
従来の治療では、手術後2~3週間の回復期間を経て化学放射線療法が行われるため、何の治療も行われない空白期間が2~3週間ありました。ギリアデルを使用すると、ちょうどこの期間に、脳内で薬を放出し続けることになるのです(図2)。
マイナス15℃以下で保管する必要がある
ギリアデルは脳の手術と組み合わせて使用する薬なので、副作用を調べるのは簡単ではありません。手術後に現れる症状が、手術によるものか、薬によるものか、判断が難しいからです。
海外で行われた臨床試験では、ギリアデル群とプラセボ群の副作用に差はありませんでした。国内の臨床試験は24例と少ない症例数でしたが、海外の試験に比べ、脳浮腫の出現する割合が多いという結果が出ています。この点に注意しながら治療が進められることになります。
また、ギリアデルには、マイナス15℃以下で保管するという特殊性があります。これより高い温度だと、基材の性質の安定性が保たれないためです。患者さんには直接関係がありませんが、医療機関では、ギリアデルを専用に保管する冷凍庫などの設備が必要になります。
この薬は、1回の治療で8枚以下を使用することになっています。1枚の価格が15万6443円。8枚使用した場合、薬の価格だけで125万円あまりになります。高価となりますが、健康保険が適用されるので、高額療養費制度の利用により月の負担額を軽減できます。
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