治療中から試したい!快適に暮らすヒント
美容ジャーナリスト山崎多賀子の「いきいきキレイ塾」26 がんと歯科
国立がん研究センターなど、いくつかのがん診療連携拠点病院に歯科があることをご存じですか? 口腔内のがん治療のためではありません。口の中の深刻な副作用を軽減するための重要な役割を担っているのです。
ここ数年、がん治療が始まる前に、医師から「歯科に行って来てください」と言われた人は少なくないと思います。のんきに虫歯治療をしている場合じゃないのではと思いますよね。
でも実は、がん治療と口のトラブルはとっても深い関係があるのです。今回は、国立がん研究センター中央病院の歯科医師、上野尚雄さんにそこのところを、解説していただきましょう。
「主治医の先生から、がん治療の前にまず歯科に行って来て、と言われ、なんで?というふうに思われる患者さんは多いと思います。歯科を受診していただく理由は、これから始まるがん治療が、なるべく苦痛を少なく、安心、安全に進むよう、口の中を整えておくためです。というのも、がんの治療中に、口の中にトラブルを起こす方がとても多いからなのです」
多くの抗がん薬治療で起きる口内炎は、とてもつらい症状
国立がん研究センターアピアランス支援センターが調査した、「がん治療に伴う身体症状の苦痛度ランキング」にも口内炎(口腔粘膜炎)はあがっていますね。とくに男性では血液がん、肺がん、消化器がんなどで口内炎が上位にきています。
「米国国立がん研究所(NCI)のデータでは、抗がん薬治療を受ける患者さんの約4割に、口の副作用が起こっていると報告されています。治療内容によって発生頻度や重症度は異なりますが、ほぼすべてのがん種で口内炎が発症しています。とくに造血幹細胞移植の患者さんや頭頸部がんなどで口腔領域に放射線が当たる方は高頻度で発症します(表1)」
通常の口内炎と違いはあるのでしょうか?
「口内炎というと、みなさん、口の中にポチッと数日間できる小さいものを想像しますね。しかし抗がん薬による口内炎は、その程度では収まらず、口の中すべてに口内炎が広がったり、治癒が遅く何週間も治らなかったりと重症になる方も少なくないのです」
口の中の細菌は口内炎を悪化させる
口内炎が1つあっても憂鬱なのに、全体がただれたら食事も歯磨きもできない。想像を超える苦痛ですね。どうしてそうなるのですか?
「殺細胞性の抗がん薬は、分裂増殖が活発な細胞に効果を発揮します。口をはじめ消化管粘膜の細胞は、非常に増殖が活発なので、抗がん薬の影響を受けやすいのです。
さらに口の中は細菌がとても多い場所です。口内炎が起きやすい時期は、骨髄抑制により免疫力が低下している時期と重なります。口内炎に細菌感染が起こると、症状はひどくなり、治癒も障害されます。このことより、口内炎が起きた時は、口の中の細菌を減らして感染を制御することが、症状緩和、治癒促進に有効であることがわかっています」
骨髄抑制期は口の感染症に注意が必要
口の細菌による感染症も大きな問題です。虫歯や歯周病は、口の細菌が原因の感染症です。治療の影響で免疫力が下がると、今まで症状がなかった虫歯や歯周病が、急に強い症状を出すことがよくあります。また口の感染症は、時には全身の感染症に広がる危険があります(図2)。
そこで治療開始前に口の中をなるべくきれいにしておこうというわけです」
トラブルを見越して、事前に歯を治しておくというわけですね。
「がん治療における歯科の目的は、歯を治すことではなく、がん治療が円滑に進むよう支援することです。ですので、何カ月もかけてすべての虫歯を治すようなことは行いません。歯石などの細菌の汚れをきれいにしたり、がん治療の邪魔をしそうな虫歯や歯周病を、がん治療のスケジュールを考慮しながら、応急処置をしておきます。また感染のリスクを抑えるため歯ブラシの指導もとても重要です(図3)。歯の根本的な治療はがん治療が終わってからで良い、というスタンスです」