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――美容ジャーナリスト山崎多賀子の「キレイ塾」

がんになっても快適に暮らすヒント Vol.2 病院で行うアピアランス(外見)支援の効果

山崎多賀子●美容ジャーナリスト
発行:2016年9月
更新:2016年9月

  

やまざき たかこ 美容ジャーナリスト。2005年に乳がんが発覚。聖路加国際病院で毎月メイクセミナーの講師を務めるほか、がん治療中のメイクレッスンや外見サポートの重要性を各地で講演。女性の乳房の健康を応援する会「マンマチアー委員会」で毎月第3水曜日に銀座でセミナーを開催(予約不要、無料)

化学療法中のがん患者さん(とくに脱毛を伴う化学療法)を対象に、アピアランス(外見)支援に取り組む病院が、少しずつ増えているのをご存じですか?聖路加国際病院(東京)でも2012年より、化学療法を受ける女性がん患者さんのためのヘア、ネイル、メイクについてアドバイスを行うビューティサポートプログラムを開始し、私はメイクを担当させていただいてきました。そして2013年から、外見変化に対するケアの効果を科学的に分析するために、東京大学大学院医学系研究科(当時)で研究に携わる看護師であり臨床心理士の池田真理さんをリーダーに、医師、看護師、美容の専門家と共同で「Beauty Ring」のプログラムを開発。患者とその家族にQOL(生活の質)の効果を測る研究が始まりました。今回は研究に至るまでの過程とその成果について池田さんにうかがいます。


山崎 化学療法の副作用で起こる脱毛をはじめとした外見の変化が、がん患者の苦痛度ランキングの上位(女性では第1位)に挙がることは知られています。私も経験しましたが、脱毛は恐怖以外の何ものでもありませんでした。

今回、池田さんが聖路加国際病院で取り組んだ「Beauty Ring」の研究では、2013年から外見支援のプログラム開発を始め、2014年4月から17カ月間実施してデータをとりました。まず、なぜこういった研究をしようと考えられたのでしょう。

池田真理さん 東京女子医科大学看護学部看護管理学教授。東京大学医学部保健学科卒。花王株式会社、厚生労働省にて看護行政等に従事。筑波大学大学院人間総合科学研究科カウンセリングコース修了後、東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻博士課程修了、保健学博士を取得。同看護学専攻助教を経て、2016年4月から現職。保健師・看護師・臨床心理士

池田 きっかけは、産後うつのカウンセリングで、妊娠中に乳がんがわかった方との出会いでした。その方には幼い娘さんがいて、病気を隠せるものなら隠したいけれど、化学療法で脱毛して外見が変わってしまい、子どもにどう説明したらいいかとても悩んでおられて。看護師が外見についての情報提供や相談を受ける場所へつなぐことができないものかと考えていた矢先に、聖路加国際病院でがん患者さん向けのビューティプログラムが行われていることを知ったのです。

山崎 それで、見学に来られた。私が担当するメイクの回も見学され、患者さんの表情がみるみる変わっていくことに驚かれていましたね。

池田 そうなのです。必要性は感じていましたが、ヘアやメイクへの支援の力でここまで患者さんの内面を変えられるという発想はなかったので、正直、驚きました。また、産後うつの臨床の現場では、「予期的対処法」といって、起きそうな出来事(産後うつ)を想像し事前に対処方法を考えておくことで、心の準備ができるという考えに基づき実際に起こったときに1人で抱え込まず助けを求めるように導く実践をしていました。化学療法による脱毛や外見の変化も同じことだなと。事前に起こりうる事態を伝えておき、ヘアやメイクによる対処法をアドバイスするのは、とても意味のあることだと思いました。

病院で医療者もかかわって行う美容プログラム
その効果を実証すれば、もっと広がっていくはず

山崎 予測していたから何とか乗り越えられたというのは、実感としてよくわかります。ただ、病院で外見ケアの研究をするのは、ハードルが高かったのでは?今でこそ国立がん研究センターのアピアランス支援センターが、看護職などの医療者を対象にした外見支援の教育を積極的に行っていますが、当時、医療者による美容プログラムの研究は聞いたことがありませんでした。

池田 そうですね。医療者もがん患者さんが脱毛などの外見の問題で困っていることはもちろんわかっていて、何とかしたいと思ってもどう情報提供していいのかわからない、という意見は多く聞かれました。病院も、外見ケアが治療に良い効果をもたらすことがわかれば実践を検討する余地があるが、外部の人で行えるのなら、少ない人員を割いてまで病院はかかわらなくてもいいのでは、というスタンスでしたよね。

山崎 聖路加国際病院の医師や看護師は当初から美容プログラムに好意的でしたが、一緒に行うわけではありませんでした。ですから研究が始まり、実際の美容アドバイスは美容師や私が担当するとして、看護師の方がファシリテータとしてプログラムを主導してくれることになったのは、私も驚きでした。

池田 治療中の患者さんは、何度も病院へ足を運ぶわけですから、病院の中で、看護師がいるところで情報をもらったほうが安心するのではないかと考えたのです。

それを実現するのは医師や看護師、臨床心理士など、いろいろな立場の人の協力が必要です。そして、やはり医療の現場で説得力をもつのはエビデンス(科学的根拠)ですから、科学的な分析を行って患者さんのためになることを実証できれば、実践が広がっていくだろうと考え、研究デザインについて何度も話し合いをもち、とにかく丁寧に準備をしました。

山崎 池田さんは当時、東京大学の教員でしたが、他の病院で研究をするという試みは、素人が思うに説得が大変だったのでは。

池田 聖路加国際病院では「1つの職種ができることには限界がある。いろいろな協力者、患者さんも巻き込んでサポートの輪を広げていこう」という考え方がすでに根付いていました。運営の基本方針でも患者さんとの協働や全職員の専門性を結集することがうたわれていますね。ですから、思った以上にスムーズに事が運び、東京大学との共同研究が実現しました。

美容アドバイスに加え、看護師の情報提供、
グループセッションの3本柱で患者が笑顔に

山崎 池田さんを中心にして立てた研究デザインは、化学療法開始前、あるいは開始している女性がん患者さんを対象に、3人以上のグループで3回のセッションを行うというものでした。具体的には1回目が美容師によるヘアとネイル。2回目は私が担当したメイク、そして3回目は振り返りの時間。3回とも同じ看護師が同席し、3回目は美容の専門家は入らず、看護師と参加者のみで実施しました(表)。

池田 はい。今回は、①看護師による治療前後のケアの情報提供、②美容の専門家や経験者による具体的外見ケア法を学ぶ、③化学療法を受ける患者さん同士で支え合うグループ療法。この3つを柱に計画しています。がん患者さんは孤独感に襲われている方が多いため、グループセッションを通じて、同じような体験をしている人への気づきと、振り返りの時間を大切にしました。

アンケートの自由記述でも、「自分を取り戻せた」「いつでも手を差し伸べてくれる人がいるとわかった」「看護師さんがいてくれて安心だった」「外見が変わってしまうから外出しないと決めていたけれど、外出していいんだ、生活を変えなくていいんだと考えが変わった」など、多くの気づきが書かれていました。

山崎 ご本人は外出しないと決めても、病院には行きます。ただ病院でBeauty Ringのチラシを見ただけではプログラムには参加しなかったかもしれない。引きこもりがちな中で、唯一会話する医師や看護師に勧められて参加したという方は多かった気がします。美容プログラムは前向きな人が参加すると思われがちですが、実際はそうではない方もたくさんいらした。診察でいつも泣いていた(らしい)人が、笑顔でBeauty Ringの部屋を後にし、看護師さんが驚くことも何度かありましたが、そういう方は病院で看護師さんも同席している安心感があったから参加できたのかな、と思ったことがありました。

池田 患者さんも笑顔になるのですが、実は同席した看護師にも大きな気づきがあったようです。例えば、患者さんはこの部分で困り、こんなことを気にしていたのかと初めて知った。患者さんとの距離がぐっと近くなり、患者さんの生活がわかるようになり、より具体的な支援に役立つようになったとか。今ではこのプログラムに参加したいという方が増えているそうです。

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