がんサバイバーが専門家に聞いてきました!
――美容ジャーナリスト山崎多賀子の「キレイ塾」

がんになっても快適に暮らすヒント Vol.8 「死を受け入れる」を考える

山崎多賀子●美容ジャーナリスト
発行:2017年3月
更新:2017年3月

  

やまざき たかこ 美容ジャーナリスト。2005年に乳がんが発覚。聖路加国際病院で毎月メイクセミナーの講師を務めるほか、がん治療中のメイクレッスンや外見サポートの重要性を各地で講演。女性の乳房の健康を応援する会「マンマチアー委員会」で毎月第3水曜日に銀座でセミナーを開催(予約不要、無料)

「がん」は治る時代になってきた、と言われても、やはり死を連想させる病気です。自分が、家族や大切な人ががんになったとき。命の限りがわかったとき。そして亡くなったとき。受け止め方にマニュアルはないかもしれないけれど、この怖れとどう向き合っていけばいいのでしょうか。今回は、死生学を研究し、日本におけるグリーフケア研究の第一人者でもある、伊藤高章さんにお話をうかがいます。


山崎 私ががんと告知されたとき、最初に頭によぎったのは、「もうすぐ死ぬの?」でした。いくら医療が発達しても、がんはまず「死」の連想からスタートする気がします。自分もですが、家族や愛する人との別れと向き合う日のことを思うと、とてつもなく怖い。少しでも悲しみの苦痛を回避する方法はないのだろうかと考える人は多いと思います。

大切な人の死を楽に受け入れられる方法はあるのでしょうか?

伊藤高章さん 上智大学大学院実践宗教学研究科死生学専攻教授。同大学グリーフケア研究所副所長。国際基督教大学(ICU)教養学部卒。同大学大学院比較文化研究科修了。聖公会太平洋神学校修了(Berkeley, USA)。日本スピリチュアルケア学会理事(資格制度運営委員長)。米国スタンフォード大学病院客員チャプレンスーパーヴァイザー(2002~03)。研究はもとより、死生学、グリーフケア、スピリチュアルケアの人材育成にも力を注ぐ。がん患者の心のケアの講演は、がん関連学会で医療者や患者から大好評を博している

伊藤 別れの悲しさを感じない唯一の方法は、その人を愛さないことだと思います。愛する人との別れは、体をもがれるような苦しみでしょう。耐えられないほどかもしれません。でもその苦しみは、その人をそれだけ愛していた、愛されていたという勲章なのではないでしょうか。

山崎 以前も伊藤さんから、死別を悲しむことは「愛情表現」であり「勲章」という話をうかがい、心にストンと落ちました。大切に思っているから別れがつらい。だからといって大切に思う人がいない人生は、何とも味気がないですね。

伊藤 あるご遺族の方は、「グリーフケア」(身近な人の死を経験し、悲嘆にくれる人をケアすること)の話など聞きたくないとおっしゃっていました。悲しみたいだけ悲しむので放っておいてくださいと。他人は早く回復してとか、視点を変えて人生やり直さないといけないと言うが、余計なお世話だと。その気持ちはとても率直で誠実なものだと思います。

そうはいっても医療従事者は、悲嘆状況が長く続くと、健康状態にもいろいろと影響が出るから治療したほうがいいと考えますし、教科書にもそう書いてある。この世のシステムは病気の人や落ち込んでいる人は少ないほうがいいという前提で動いているので、元気になってもらわないと社会が困るのですね。

山崎 当事者にとっては、悲しみにどっぷりつかるほうが自然で、元気に楽しく生活してと言われるほうがシンドイかもしれませんね。

伊藤 もしその方たちが、眠れなくてつらいとか、もう少し前を向きたいけれど自力ではできない、というときは専門家の力を借りることができます。「専門家に相談してみる?」と聞いて差し上げることは、とてもいいことだと思います。

ただその方は、真空地帯で嘆いているわけではなく、他の家族もいるし、心配してくれる仲間がいて、現実生活の中で嘆いているわけです。それらがいろいろ影響するうちに、次の課題が見えてくることもあるでしょう。それを待つというのもありだと思うのです。

地球上の命の連鎖という大きなストーリーのなかで 自分の命をとらえてみる

山崎 グリーフケアでは、スピリチュアルケアという言葉がよく使われますね。スピリチュアルは、精神的、魂、霊的という意味ですね。スピリチュアルブームが起こり、胡散(うさん)臭いと思われることもありましたが、最近は医療の現場でもよく使われるようになりましたね。

伊藤 そうですね。スピリチュアルケアが学問として研究されるようになり、大切なケアを担っているという理解が少しずつ広まって来ています。心理学との違いもはっきりしてきました。現在主流の心理学には正常というモデルがあって、それに照らして心の状態を客観的に理解し正常な状態に近づけるように科学的に介入しようとする傾向があるように思います。このこと自体は、1つのケアの視点としてとても重要です。

ただ、スピリチュアルケアは少し違った視点を持っています。生まれて今に至るまでさまざまな経験や人とのかかわりをユニークに重ねてこられた方が、愛する人の死という特別な経験をされている。緊急事態の中、生きたその人ともはや一緒ではない新しい自分を生み出す、という創造的な経験をされている。このことを大切にしていく視点です。スピリチュアルケアは広く張り巡らされたその方の心の根っこを、できるだけ広く、全部をひっくるめて考えるケアです。

山崎 似ているようで違う学問なのですね。

スピリチュアルケアというと宗教のイメージもあります。

伊藤 はい。スピリチュアルケアは死生学・宗教学の中で学問として研究されています。宗教は、今、この自分が生きているのは、大きな時間の流れの中の一部だととらえることを教えてくれます。わかりやすく言うと、先祖がいて、祖父母がいて、両親がいて私がいて子がいて孫がいて、と。この自分の命より少し大きなストーリーを考えるだけでも、死んだらどうしよう、という考えが解きほぐされる気がします。たとえご自身に子どもがいらっしゃらなくても、このことは変わりません。人間に限らず、命の連鎖はこの先もずっと続いていく。その中の一部を自分が担っているというイメージです。

自分が生まれて死ぬ部分だけがすべてと考えるのと、確証はないけれど大きなストーリーの中で考えるのとでは、死に対する感覚がずいぶん違うのではないでしょうか。

山崎 生きている現実だけがすべて、という確証もありませんしね。それにこれは考え方なので、無宗教でもいいわけです。

伊藤 はい。確証がない現実以外を信じることはおかしいと思うかもしれませんが、少なくとも今生きている人よりも死んできた人のほうが圧倒的に多いのは事実です。

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