苦情の嵐の中から考え出された「坊っちゃん食」「漱石食」「マドンナ食」
患者さんの「食べたい」願いを叶えた「副作用対策食」

監修:石長孝二郎 独立行政法人国立病院機構(NHO)東京医療センター栄養管理室長
取材・文:半沢裕子+「がんサポート」編集部
発行:2009年12月
更新:2014年11月

  
石長孝二郎さん 独立行政法人国立病院機構(NHO)
東京医療センター栄養管理室長の
石長孝二郎さん

がん治療中の患者さんは副作用のために食事が摂れない人が多い。患者さんにとって「食べる」こととは、生命の維持としてばかりか、生活上の喜びであり、がんと闘う精神的な励みにもなる。ところがこの問題はこれまで放置されたままであった。
患者さんの「食べられない」苦しみに目を向け、生み出されたのが「副作用対策食」だ。その誕生秘話と、実際の提供現場を取材した。

四国がんセンターの病棟に満ちていた食事への怒り

05年、国立病院機構四国がんセンターに栄養管理室長として就任した直後から、石長孝二郎さんは患者の苦情への対応に追われることになる。

「とにかくすごい苦情の嵐。病棟が怒りに満ちていて、回るのが苦痛なほどでした。一体何が起きているのか?――それを理解しなければ前には進めない、というのが最初の思いでした」

管理栄養士として石長さんが必ず行ってきたのが、患者さんの嗜好調査だったが、ここではより苦情が明確になるようアンケートを設計。年間平均800件もの聞き取り調査とあわせ、見えてきたのは「がん患者さんの副作用に食事が対応できていない」という事実だった。

たとえば、食事の苦情がずば抜けて多いのは、婦人科病棟と呼吸器科病棟だった。最初は、「男性が入院すると、奥さんが好きなお惣菜などをもってくる。でも、逆はまずないから、そのせいかな?」と思ったが、やがて違うことがわかってきた。強い吐き気を伴うことの多い抗がん剤、ブリプラチンやランダ(一般名シスプラチン)の治療を受けている人が多かったのだ。事実、「食事に困った時にしていた治療法は?」に回答した76人のうち、実に50人が化学療法(抗がん剤治療)を受けていた。

では、がん治療中にどんな症状で苦しんだかを調べると、(1)食欲不振、(2)吐き気や嘔吐、(3)味覚障害、(4)嚥下障害、という結果が出た。具体的に食事で困った内容を聞いても、(1)食欲がわかない、(2)食事の匂いで吐き気を催す、(3)味がしない/口にしみる、(4)飲み込みにくい(つかえる)と、それにぴったり合致する結果が出た。

「この訴えに対応しなければ、食事苦情は減らない」と確信した石長さんは、栄養管理室のスタッフとともに、がん治療の副作用に対応する食事を考案していく。その第1弾が化学療法による食欲不振や吐き気・嘔吐の対応食、「坊っちゃん食」だった。

命名は漱石の「坊っちゃん」からそれには真面目な理由がある

内容を考えるにあたっては、患者さんがどんな食事に対して吐き気をおぼえるか、徹底的に調査した。たとえば、栄養サポートチーム(通称NST)のメンバーが院内を回って聞き取りをする際、くり返し聞いたのが、「匂いをなくしてほしい」という言葉だった。「煮魚を出さないで」、「煮た野菜はやめて」、「砂糖としょう油で煮た料理の匂いがたまらない」といった声が多かったという。

一方、「さっぱりしたものが食べたい」、「果物なら食べられる」との声も。しかし、さっぱりとした酢の物が食べられるからといって、そればかりでは患者さんはいやになる。

そこで、食べられないものを避け、食べられるものを組み合わせた日替わりメニューを考案。これが「坊っちゃん食」だ。坊っちゃん。そう、名前の元となったのは、文豪・夏目漱石の『坊っちゃん』。石長さんは説明する。

「ふざけていると叱られるのを覚悟しましたが、叱られなかったですね(笑)。実際、非常に真面目に考えた名前です。最初は食欲不振対策食とか、化学療法(ケモセラピー)にちなんでケモ食なども考えました。でも、治療をイメージする名前では、予測性嘔吐を確立する可能性が高い。絶対だめだと思いました」

抗がん剤治療を受けると吐く、という行動をくり返していると、人間は学習し、食事ですよといわれただけで吐くようになる。このような嘔吐を「予測性嘔吐」というが、「薬の影響で吐き気があるのは仕方がないとしても、予測性嘔吐を確立してしまったら、栄養士の責任。それを避けたかった」(石長さん)

そこで、治療に関係なく、みんなに愛される名前を考え、四国の道後温泉を巡っているときに思いついたのが、同温泉ゆかりの『坊っちゃん』だった。

たんぱく質は肉や魚より匂いの少ない卵や豆腐を使い、野菜は生のサラダで。温かいご飯の匂いに「ウッ」と来る人が多いため、ご飯は冷たいちらし寿司など。調味料は「砂糖+しょう油」を避け、あっさりと塩味に。

「『ご飯は食べられないが、お茶漬けなら食べられる』という患者さんの話をスタッフに聞いたので、いいよ、食べられるのならお茶漬け出そうよ、といいました。出してみたら、たちまち人気メニュー(笑)。今ではお茶漬けだけで、何種類もバリエーションがあります」(石長さん)

写真:うどんと蒸し芋
うどんと蒸し芋
写真:お茶漬け
お茶漬け
写真:たこ焼き
たこ焼き

写真:ちらし寿司
ちらし寿司
写真:焼豚・卵丼
焼豚・卵丼



「坊っちゃん食」は化学療法による、食欲不振や嘔気対策食。あっさり、さっぱりした料理が中心


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