胃を手術した人の食事の工夫
1日4、5回の食事と適度な運動で体力をつけ、社会復帰
久本剛さんの術後の後遺症と食事の工夫
術後の嘔吐で後遺症に気づく
久本剛さん
8年前、社内の健康診断で胃の上部に早期胃がん(1b期)が見つかった久本剛さんは、大学病院で胃を全摘。胃の代わりになる袋を小腸で作って吊り上げ、食道とつなぐポウチ・ルーワイ法という術式は、術後も食事をよく取れるといわれる方法でした。
術前には、久本さんとご家族に、医師3名ほか看護師などの医療チームから手術法についての丁寧な説明があり、その後で説明を記した図解入りの書面が示された。術後の後遺症についての説明はあったが、患者が落ち込まないようにという配慮からか、詳しくはなかったと言います。
術後1週間を過ぎたころ、栄養補給の点滴(中心静脈栄養)がはずされ、軽い基本食から食事が始まりました。
「最初はおもゆでしたが、茶碗の3分の1くらいを飲み込むのがせいいっぱい。残すことが多かったですね。術後25日ほどで夜食のうどんをほんの少し食べたら、気持ちが悪くなり、もどしてしまったんです。それはダンピング症候群の一つで、だれでも経験することですよ、と看護師さんに言われて初めて後遺症だと判明。病院の書店で“胃を切った人のシリーズ”(協和企画刊)という本を見つけて、術後の後遺症とその対策について詳しく知ったのです」
術後は時々吐き気で苦しむ
術後1カ月の退院時、久本さんは7分がゆに白身魚や煮物などやわらかいものを食べられるようになっていました。
「栄養指導の先生から、食事を4、5回に分け、少しずつゆっくり何回もかみくだいて食べること、こんにゃくやのり、わかめなど消化が悪く腸に張り付くものは、腸閉塞になりやすいので避けるように、とアドバイスを受けました」
その言葉を守っていても、食べものが食道につかえ、吐くこともしばしば。
「つかえると冷や汗が出てくるんです。胃がある人は、胃の入り口に噴門、出口に幽門という弁があり、食べものが逆流するのを防いでいますが、どちらも切除されている“どかん”のような形状なので、横になるとのどまで苦い汁が上がってきてしまう。じっと耐えて待っているしかないのです」
10時と3時に栄養補給
退院直後は「痩せて脱力感と疲労が激しく、ハンデを負ったような気持ちだった」という久本さんですが、アルファ・クラブの会員になり、毎月発行される会報紙や体験談を読みながら試行錯誤。2カ月間自宅で休養した後、職場の出版社に復帰しました。
「昼食は妻の手作り弁当。幼稚園サイズの弁当箱に、野菜の煮ものや魚などのおかずをメインにして、通常の4分の1量のご飯を入れてもらっていました」
勤務先での間食はしにくいものですが、病院で処方してもらう高カロリーの缶入り栄養ドリンク(エンシュア・リキッド)や市販の栄養補助食品(カロリーメイトなど)などをフル活用。
「栄養ドリンクは甘いバニラ味で飲みやすいので、術後3年目くらいまで1日1缶飲んでいましたね。カロリーメイトも持ち歩き、周囲には遠慮なく、10時と3時にはスポーツドリンクなどと一緒に食べていました」
術後3カ月で腸閉塞に
食べ物には気をつけていたものの、術後3カ月目に腸閉塞に。
「突然おなかが痛くなって病院へ。腸閉塞だとわかり、入院して点滴しながら絶飲食で過ごしましたが、便もガスも出ません。口もきけないほどの痛みで手術してほしいくらいでしたが、4日目にどっと出て痛みもとれ、手術はせずにすみました」
適度な運動も大切
術後は疲れやすくなっていたので、体力をつけ、腸の蠕動運動を活発にして腸閉塞を予防するためにも、少しずつテニスや水泳など得意だったスポーツを再開。
「週1回休日にプール通いをして距離を延ばし、2年後にやっと40分で1000メートルを達成。このときはうれしかったですね。スポーツは無理という方でも、階段の上り下りやスクワットで筋肉をつけると、体がイキイキして精神的にもプラスになり、食欲も出てきますよ。胃を切った人は、食事に気をつけて規則正しく生活するので、通常より長生きしますよ、と言われましたが、本当にその通り。私の工夫が皆さんのヒントになれば幸いです」
気になる後遺症「ダンピング症候群」「腸閉塞」
発症のメカニズムと対策
胃を切除した後は、久本さんのような後遺症に悩まされることが多いもの。胃は、食べた物と胃液を混ぜ合わせ、細かくすりつぶして腸にゆっくり送り出し、腸は、胃から送られてきたドロドロの食べ物から栄養や水分を吸収します。ところが、胃を切除すると未消化な食べ物が急激に腸に流れ込むため、驚いた腸から信号が出され、ホルモンや腸の運動などによって、さまざまな症状が起こるのです。
◆ダンピング症候群
ダンピング症候群は、胃の出口の幽門が切除されることで食べ物を少しずつ腸に送り出す働きがなくなり、食べ物が急激に直接腸へ送り込まれるために起こる体の反応です。幽門を残すPPG(幽門温存胃切除術)という手術法では、食物が腸に到達するまでの時間が長く、ダンピング症候群が起こりにくいといわれています。
・早期ダンピング症候群
食後30分以内に現れる吐き気、腹痛、嘔吐、冷や汗、動悸、めまい、全身の不快感などの「早期ダンピング症候群」は、食べ物が急に腸に入るために、腸の運動が激しくなり、腸液が一気に分泌されることで起きるといわれています。腸に流れ込みやすい水分や糖分のとりすぎを避け、少量ずつ時間をかけて食べるのが一番。冷たいものも腸の運動を昂進させるので避けたほうが無難です。
・後期ダンピング症候群
食後2、3時間たってから、空腹時に起こる全身のだるさ、冷感、めまい、けいれんなどは「後期ダンピング症候群」と呼ばれています。食物が急に腸に入ると、血糖値が急上昇。すると、血糖値を下げようとしてインスリンというホルモンが分泌され、逆に低血糖になり、これらの低血糖症状が起こります。
食事のときは血糖値を急速に上げる糖質などの食物は少量にして、ゆっくり食べるのがコツ。低血糖症状が現れたときは、あめ玉や角砂糖などで糖分をとると改善します。外出先でも対応できるように、コーヒーシュガーの分包やキャンディーを持ち歩くのもよいでしょう。
◆腸閉塞
腸閉塞は胃や腸など腹部の手術をした後に起こりやすい後遺症で、小腸が癒着したりねじれたりして通過障害を起こし、食べ物が通らなくなり腸液や膵液がたまって、激しい腹痛、嘔吐などを伴います。腸閉塞が疑われたら飲食を控え、おさまらないときは、即病院へ。無理に便やガスを出そうとして下剤を飲むのは厳禁です。症状や原因に合わせて、絶飲食、点滴、イレウス管を鼻から腸に通して減圧する治療法、手術などの方法がとられます。
食べ過ぎたときや、わかめなど腸にはりつきやすいものを食べたときも腸閉塞になりやすいもの。腸閉塞は繰り返しやすいので、腹痛などの予兆が現れたときは飲食を控えて様子を見ましょう。腸閉塞の予防に漢方薬の「大建中湯」を処方する外科医もいます。
◆胸焼け、つかえ、逆流性食道炎
胃の切除後は、食道と小腸をつなぐために途中が細くなり、液体でもつかえることがあります。いつまでも改善しないときは、拡張させる方法もありますから主治医に相談を。また、胃の噴門が切除されるため、食べ物が腸液などとともに逆流し、食道に炎症を起こす逆流性食道炎もよくみられる後遺症です。逆流性食道炎を防ぐためには上半身を少し高くして寝たり、緩和する薬剤を処方してもらうとよいでしょう。
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