情報がほとんどなかった希少疾患。家族が「解説書」を発行

突然発症し、1年足らずで亡くなる病気の支援体制を見直して欲しい!

取材・文●町口 充
発行:2014年9月
更新:2015年2月

  

会員で「響」メンバーの
西垣一葉さん

会員で「響」メンバーの
谷畑育子さん

生命維持を司る脳幹部に生じる悪性腫瘍が「小児脳幹部グリオーマ」。未だに根本的な治療法が確立しておらず、多くの子どもたちが発症後半年から1年以内に亡くなっています。「患者家族と悩みを共有したい。多くの人にこの病気を知って欲しい」と患者家族でつくる「小児脳幹部グリオーマの会」は、病気の解説書を出版するとともに、医療・支援の制度改正や見直しを求める署名にも取り組んでいます。

小児脳幹部グリオーマの会

代表:貫井孝雄

関東本部:〒359-0025 埼玉県所沢市上安松957-7
Tel/Fax:04-2996-5068
E-mail:soffy-n.t@air.ocn.ne.jp
HP:glioma-net.com/page6

小児がんの中で最も厳しい病気

「グリオーマ」は、脳幹部の神経の働きを助ける神経膠細胞(グリア細胞)に発生する腫瘍。小児脳幹部グリオーマは、9割が脳幹部の「橋」と呼ばれる部分に発症する「びまん性内在性橋グリオーマ」であり、発症から1年以内の死亡率は50%にも達し、小児がんの中でも最も厳しい病気です。

小児脳幹部グリオーマの会の代表で、埼玉・所沢市の貫井孝雄さんは、2011年4月、当時6歳の長女をこの病気で亡くしました。発症したのは4歳のとき。遊んでいて壁に頭をぶつけて大泣きしたのをきっかけに、頭部のMRI撮影を行ったところ、脳幹橋部に腫瘍が見つかり、小児脳幹部グリオーマとわかりました。

「生命活動の根幹をなす部分であるため、ここにメスを入れる手術は不可能であり、抗がん薬もほとんど効果は期待できません。放射線治療でわずかな期間の回復がみられますが、全く効かない人もいます。効いた場合でもやがて再燃してきて、以前より悪性度が増すという治療抵抗性の強い病気です」

前日までサッカーをしていたのに

会のメンバーの1人で、東京・武蔵野市の西垣一葉さんの長男が発症したのは12年3月、4歳のときでした。

「前日まで普通にサッカーをしていたのが、急に右側の顔面神経麻痺が起こりました。小児科に行くと、右耳が聴こえなくなっていました。耳鼻科に回され、入院してステロイドの点滴を受けました。しかし、その間に嘔吐やふらつきがあり、CTとMRIを撮ったところ脳幹部の腫瘍がわかったのです。発症が3月末で、その年の9月に亡くなりました」

横浜市の谷畑育子さんの場合は11年9月、長女が3歳のときに発症。

「寄り目に気づいて近所の眼科医を受診しましたが、最終的に県立のこども病院でMRIを撮って脳幹部グリオーマとわかりました。1カ月半ほど入院して放射線治療を受けたところ、様々な症状が回復し、幼稚園にも復帰。ところが、4歳の誕生日を迎えた翌日に水頭症が急激に悪化して手術することになり、手術は問題なく終わったもののダメージが残り、意識が戻らないまま、手術から2カ月後に亡くなりました」

ネットの交流サイトで呼びかけ

3人の体験で共通するのは、まるで健康そのものに見えたわが子の突然の発症です。家族は初めて聞く病名に戸惑い、やがて治療法もまだ確立していない病気であると知り、愕然とします。

親としては、それでも治る方法はないのかと必死になって探します。貫井さんは、インターネットの脳腫瘍のコミュニティを利用し、経験者に質問したり、アドバイスをもらいました。その後、長女の死をきっかけに、この病気の特殊性から、小児脳幹部グリオーマに特化した患者家族会の必要性を感じ、ネット上で呼びかけました。

「この病気は、年間発症数が50例程度といわれる希少疾患です。小児がん患者が多い病院でも、おそらく同時期に1つの病院に患者さんはせいぜい1人です。知られていない病気のため、情報を得ようにも手がかりが少なすぎる。その上、患者家族は孤立しがち。そこを何とかできないかと思いました」

呼び掛けに入会の希望が相次ぎました。

西垣さん、谷畑さんも、会が作られたことに感謝しています。「会のおかげで、娘は短いけれどもよい人生を送ることができました」と谷畑さんは振り返ります。

谷畑さんがそう思えるようになったのは、会員からの心強いアドバイスがあったからです。貫井さんは話します。「わが子を亡くしたわれわれ経験者からすると、残念ながら現在のところ、この病気の治癒は困難であり、残された時間も決して長くはないと、ご家族に理解していただかなくてはならないこともあります。しかし、それはすべてを諦めるということではありません。そんな状況の中でも、経験者として伝えられることはたくさんあるはずです」

会のメンバーでの集まり。交流会の開催のほか、今秋には遺族ケアをテーマに講演会等も予定

経験者メンバーたちの活動は、同じ病気と闘う子どもたちとその家族のため、わが子の生きた証を伝えるという思いが込められている

病気を経験した家族が作る解説書

1月に刊行した『VOICE』。病気の説明や現時点での治療法、QOLの確保や緩和ケア、闘病の終わりをどう迎えたらいいのかなどについて、どのような対処法、選択肢があるかを詳しく解説する。本作りのために『響』というボランティアチームを結成。制作費の半分は、公益財団法人正力厚生会の「がん患者団体助成事業」の助成金を当て、残りを支援者からの寄付で補った。四六判、296ページ

西垣さんも語ります。「闘病中は子どもの命を助けたい一心で親はいろいろな治療法を試します。それが看取ってからは、治療でつらい思いをさせるよりも、もっとQOL(生活の質)を高めて、家族と一緒にいる時間を増やしたり、楽しい思いをさせたほうがよかったのではと、悔やんでしまう。病気の最後は緩和ケアとか延命治療の選択とか、親としては厳しい選択を迫られますが、そういうときにベストの選択をするためにも、同じ病気を経験した人の話が、少しでもご家族にとって参考になればと思います」

貫井さんたちはそこで、闘病を経験した家族による病気の解説書を作りました。

「執筆は小児脳脊髄腫瘍の第一人者である東京慈恵会医科大学病院の柳澤隆昭先生、さわむら脳神経クリニック(札幌市)院長の澤村豊先生ら9人の専門家にお願いし、闘病を経験した16の家族も体験談を載せました」

『VOICE』と題して今年1月に出版。同じ病気と闘う子どもたちとその家族に向けて300部限定で無料配付しています。

医療・支援の見直し求め街頭に立つ

高木さんの署名活動は、会が全面的に応援し、メンバーも一緒に街頭での呼びかけを行っている。署名は5月までで約2万人分が集まり、書類整理が整い次第、国会に提出する予定

一方、メンバーの1人で、13年11月に当時11歳の長女を亡くした神奈川県大和市の高木伸幸さんは、医療・支援体制の見直しを求める署名活動を始めています。会としても全面的に応援しています。

要望の1つは、医療費助成など利用できる社会資源を充実させ、また申請手続きを迅速にして欲しいということです。

全身が麻痺した高木さんの長女には介護が必要でした。小児脳幹部グリオーマは「小児慢性特定疾患」の対象であり、医療費の助成が得られますが、介護の援助を受けるには障害者認定が必要であり、申請から認定まで2~3カ月を要する上、煩雑な手続きを経なくてはなりません。

「最期は自宅で看取りたい」と願う親も多く、自宅での入浴サービスや排便、リハビリ、介護補助などは最低限必要な援助なのに、申請途中で間に合わずに亡くなってしまうという現実があります。

そこで具体的には、「小児慢性特定疾患に介護的援助を盛り込んで欲しい。また、手続きは煩雑で時間がかかるので簡素化して欲しい」と要望しています。

もう1つは、疾患対策の充実です。過酷な病気なのに、根本的な治療法は未だなく、研究も遅れたままで、予算もほかの疾患と比べて少なすぎる。そんな現状を改め、研究費を増額して欲しい、などと訴えていて、どれも切実な要望です。

小児脳幹部グリオーマの会
代表の貫井孝雄さん

小児脳幹部グリオーマの会
―体験者家族の情報共有と交流の場―

●どのような会?

2011年5月15日に発足した、小児脳幹部グリオーマの患者家族を中心とする会で、現在、メンバーは全国に約100人います。

●活動内容は?

主にインターネットの掲示板「みんなの声」への投稿を介した交流・情報交換を行っています。ボランティアチーム「響」は、会員の有志による闘病経験者家族の集まりです。病気の啓発活動や患者支援等の活動のほか、グリーフケアを目的としたランチ会を毎月開催しています。

●参加方法は?

過去あるいは現在、小児脳幹部グリオーマと診断されたり、種類は違っても脳腫瘍と診断された患者さんと家族、身内、友人、この病気に関わる医療関係者が入会の対象です。ホームページのトップメニューの会員・掲示板規約を読んで、これに賛同した上で「新規会員登録」から各項目を記入し、送信します。会費は不要です。

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