仕事を続ける肺がん患者さんの取り組み

「がんと共に働く」をライフワークに 〝働くがん患者〟になるための3つのポイントを提言

【閲覧制限なし】
取材・文●町口 充
発行:2015年2月
更新:2015年5月

  

会社員の山岡鉄也さん

医療の進歩で、がんは不治の病とは限らなくなり、治療しながら仕事を続けるのが可能な時代になっています。しかし現実には、がんになって退職を余儀なくされたり、再就職できないなどの困難に直面している人も少なくありません。そこで、がんの患者さん自身が始めたのが「がんと共に働く」ことを自ら実践する中で、がんと就労を取り巻く環境をよくしていこうという活動です。

「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」

国立がん研究センターとタイアップ:日経ビジネスオンラインの特設サイト

がんと共に働く 知る・伝える・動きだす
 

「がんと共に生きよう」との決意

シンポジウムや講演会で「がんと就労」について話す山岡さん

会社員の山岡鉄也さん(53歳)は2010年7月、肺腺がんと診断されました。リンパ節転移があり、病期はステージⅣです。

日経BP社に勤めていた山岡さんは当時、ネット関連部門の部長として多くの部下をたばね、多忙な毎日を送っていました。

「3月ぐらいから咳が止まらなくなっていたのですが、生活の中心は何より仕事で、分単位のスケジュールをばりばりとこなす猛烈管理職だったため、貴重な平日がほぼ丸々1日潰れてしまう大病院の受診は考えられませんでした。土日でも開いている医院などを受診したところ、咳喘息とかマイコプラズマ肺炎、副鼻腔炎、アレルギー、逆流性食道炎などと、誤診が繰り返されました」

当初はCT検査も必要ないといわれたといいます。しかし、症状がなかなか改善されないことに疑問を抱き、今までと違う医院でCT検査をしたところ肺に影が見つかり、がん専門医がいる総合病院で詳しく調べて肺腺がんと確定診断されました。

がんと告げられた当初は、メンタル的にも打撃を受け、大きく落ち込んだ、という山岡さん。

「でも、2、3カ月たって少しずつ自己を客観視できるようになるにつれて精神面は徐々に回復し、『がんと共に生きていこう』と前向きな気持ちが芽生えてきました」

復職後に見つけたライフワーク

確定診断後は会社を休職して治療に専念。休職中は毎日1時間の散歩や料理づくり、海外を含めて旅行に出かけたり、がんに関する情報収集活動などにも少しずつ積極的になり、また、QOL(生活の質)を意識した生活を志向するうち、心から『働きたい』と思うようになっていったといいます。

治療の結果、かなりの奏効がみられたため復職することにし、12年1月から慣らし出社をへて、同年3月、復職することができました。

復職した山岡さんは、それまでの管理職から専門職になりました。復職後も通院治療が必要な山岡さんの働きやすさを考慮しての配置転換でしたが、本人はとてもショックだったといいます。

「たしかに部長職となれば、いつ何どきでも緊急対応しなければいけないし、部下の評価をしたりとか、かなり重い役職です。もちろん専門職も重い役割には変わりはありませんが、部下もいなくなり、窓際になったのかなと一抹の寂しさを感じ、感情的にはかなりのショックでした。でも今は、負担が軽減され、やりたい仕事にも取り組めるようになってとてもよかったと思っています」

復職にあたって、会社から復職後の具体的な仕事のイメージを聞かれたといいます。

山岡さんが取り組もうと思ったのが、「がんと共に生きられる」「がんと共に働ける」社会をめざして提言していく仕事でした。

山岡さんは語ります。「世の中を見回すと、自分のようにがん治療をしていて、完治ではなくてもがんと共に生き、そして働いている人はたくさんいるけれど、がんと仕事を両立させるのは大変であり、環境整備も遅れています。それなら自らの経験を生かして、がんと就労が両立できる社会をめざす取り組みをライフワークにしていこうと思ったわけです」

マインドセットとセルフマネジメント

働く患者になるために

がんと共に働くため、患者の立場からは3つのポイントが重要、と山岡さんは提言しています。

1つは、患者自身によるマインドセットとセルフマネジメントの大切さです。

「がんと就労を両立させていく場合に、患者が一方的に要求ばかりしていてもうまくいくものではありません。がんというのは十人十色なので、本人が言わないと会社も分からないもの。たとえば、同じ肺がんでもEGFR(上皮成長因子受容体)遺伝子の変異があるかないかで治療法が全く違うし、薬の副作用の出方も違う。会社はそこまで知らないので、患者さん自身が伝えていかなければいけません」

人に伝えるためには、自分自身が自分の体調や治療についてしっかりと把握し、それを他人に説明できるようにする必要があります。

「がん患者さんの体調は山あり谷ありで、日々変化するし、治療も変わるので、いつ聞かれても答えられるようにしていないといけません。そこで勧めたいのが記録をつけることです。食生活とか睡眠とか、お通じとか、日々起こるすべてのことをノートなどに記録するのです。記録をつけることによって気づきもあるし、次の対応がしやすくなります」

日々QOLの維持・向上に務める

2つめは、毎日QOLの維持・向上に務めること。

「私の場合、ステージⅣですが、がんが完治しないままで生活していくためには、QOLの維持・向上を積極的にやるかやらないかでまるで違うということを痛感しました。フィジカルな苦痛は早めに対処しないとメンタルにも影響します。そこで私は呼吸器内科に加えて緩和ケア科も併診しており、非常に役立っています。緩和ケアは治療の初期段階から必要といわれますが、実際に併診している人はまだまだ少ないのではないでしょうか」

ほかにも山岡さんは、日々QOLの維持・向上に務めるため次のことを提言します。

余裕を持ったスケジュールを心がけ、タスクやToDoなどスケジュール目標に追い詰められないようにする。質的にも量的にもスケジュールをあまり盛り込まないようにし、体調不良などによる日程変更に理解してもらえるような人間関係、環境をつくる。

調子が悪くともマイペースで好きな仕事に取り組むうちに体調が好転することもあるので、無理や我慢はしないで、行動は慎重に。極力出張は避け宿泊出張はしない。夜の会食は避ける。食事時間は必ずとる。薬を必ず飲む。会議や打ち合わせは1時間以内に収める。原則として残業はしない。

自分のハンデを想定し、移動時間を長めにとったり、イキが上がること、咳が出ること、めまいが出ることなどを念頭に置き、ゆっくり話すのを気にしない。話の間を気にしない。

仕事に生きがい、使命感を持つ

ポイントの3つめは、生きがい、働きがい、使命感を持つこと。

山岡さん自身、今の仕事をライフワークにし、使命感を持って取り組んでいますが、そう決意したのは、メディアを通して情報を伝え、共有していくことの大切さを、がん患者の立場からあらためて認識したからでした。

「自分ががんになって、ネットを通じていろいろな情報と接してきましたが、中には怪しい情報もたくさんあります。その中でも正しいと思えるメディアの1つが自分の会社が運営している『がんナビ』でした。それならそれに関連して、がんと就労の問題を自分のテーマにしようと思ったのです」

さらに、さまざまな医療者との出会いがあり、「その人たちが私をヨイショしてくれたからですよ(笑)」ともいいます。

ある医師は「今、山岡さんがやっている仕事は、まさに神様が山岡さんを選んで依頼したような仕事ですから、ぜひがんばってください」といってくれました。「ミッションが山岡さんに与えられました」という医師もいて、励みになったといいます。

「妻のおかげでもあります」と山岡さん。「妻も働いていて、起業家としてソーシャル・エンタープライズを運営していますが、土日もなく、それを使命としてやっています。一方、罹患前の私はどうだったかというと、仕事は一生懸命やっていたけれど、使命感からということではなかった。オフとオンを分けて、オンのときは一生懸命やるけれど、オフのときは仕事を忘れるというスタンスでした。だけど、今は妻と同じ、というか妻にちょっと追いついたかなと思っていて、使命感を持って仕事に取り組んでいます」

山岡さんは国立がん研究センターのがん対策情報センターから「がんと就労」戦略広報の仕事を受注。特設サイト「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」を公開中です。

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