山梨県の医療環境の向上を目指して

患者目線のがん療養手帳を作りたい

【閲覧制限なし】
取材・文●吉田燿子
(2015年6月)

  
NPO法人がんフォーラム山梨
理事長の若尾直子さん

2006年にがん対策基本法が成立して以来、各自治体でがん対策への取り組みが進んでいます。この法案を「絵に描いた餅にしたくない」と、乳がん患者会「山梨まんまくらぶ」の代表・若尾直子さんは、「NPO法人がんフォーラム山梨」を設立し、市民フォーラムの開催や患者さんを対象にした勉強会などを開催してきました。今年(2015年)はさらに山梨県との協議により部位別がん療養手帳「わたしの手帳」を作り、山梨県の医療環境の更なる向上を目指しています。

NPO法人がんフォーラム山梨

〒400-0025 山梨県甲府市朝日2-16-19
地域コミュニティ広場花水木 内

メール:gf-yamanashi@biglobe.jp

がん対策基本法の知名度を上げるために

「山梨のどこに住んでいても、どんな状況でも、その人が望むなら、その人にとって最適・最善のがん医療を受けることのできる山梨でありたい」

そんな思いから、NPO法人がんフォーラム山梨は2006年12月にスタートしました。創設者の若尾直子さんは、乳がん患者会「山梨まんまくらぶ」の代表を務める乳がんサバイバー。がんフォーラム山梨設立の経緯について、こう語ります。

「がん対策基本法の策定に関わった経験から、乳がんだけでなくもっと広い視点に立ち、がん対策基本法の知名度を上げることが必要だと感じました。そこで、山梨でがんフォーラムを開催するための実行委員会として、NPO法人がんフォーラム山梨を立ち上げたのです」

がん対策基本法を実効性のあるものにしていくためには、地域の実情にあった施策と、それを行うための環境整備が必要となる──そう考えた若尾さんは、山梨県に対して、がん対策推進条例の策定を呼びかけました。それと同時に、「まずは、がん対策基本法について知ってもらう」ことを目的として、07年に第1回山梨がんフォーラムを開催したのです。

山梨のがん医療環境の向上が必要

若尾さんが患者の立場から地域の環境づくりに乗り出した背景には、山梨県が抱える独特の事情があります。

「山梨は東京に近く、甲府駅から新宿駅までは電車で1時間半ほど。東京の病院に通おうと思えば通える距離なので、山梨の医療圏は東京を当てにしているところがあります。これでは、いつまでたっても山梨の医療レベルは向上しません。とくに深刻なのが、サービスや診療体制、医療倫理などのソフト面。山梨にはいまだに『患者は黙って医療者の言うことを聞いていればいい』という風潮があり、セカンドオピニオンを聞くことさえはばかられる雰囲気がある。こうした現状を変えないかぎり、山梨で安心して最善の医療を受けることはできない、と痛感させられました」

現在、山梨には4つの拠点病院があります。しかし、「拠点病院の数を確保するため、指定要件に無理やり合わせた」ケースもあるなど、十分ながん医療体制が整っているとはいいがたいのが現状だそうです。

「『(拠点病院の指定要件である)リニアックを整備します』と言って手をあげたにもかかわらず、『やっぱりお金がないからやめた』という病院が現れたため、一時は県内の拠点病院が2つしかなくなった。それが山梨県の現状です。拠点病院構想の本来の目的である医療の均てん化を進めるためにも、山梨のがん医療環境のさらなる向上が必要だと考えたわけです」

こうした現状を変えるべく、若尾さんは県に働きかけ、山梨県がん対策推進計画を策定する協議会の委員に就任。がん医療の最前線について学ぶかたわら、これまで8回にわたって『山梨がんフォーラム』を開催してきました。2012年度からは年間テーマを「山梨がんサミット」とし、年3~4回のイベントを開催。「がんとお金」「患者と仕事」「チーム医療」「がんチャリティコンサート&パフォーマンス」「がんと予防」など、さまざまなテーマで啓発活動を行っています。

母子健康手帳のような がん療養手帳を作りたい

「わたしの手帳」は使い勝手のよいバインダー式。自分の病状が把握でき、医療者への質問もしやすくなる

現在、がんフォーラム山梨が取り組んでいるのが、「がん療養手帳」の作成です。

これは、患者の視点で作った県下統一の療養手帳としては日本初のもの。この手帳を作るきっかけとなったのが、13年に開催された『第7回山梨がんフォーラム』です。このフォーラムでは「チーム医療」をテーマに意見交換が行われ、「患者もチームの一員となるには、患者が自分の状況を把握し、治療に参画することが重要だ」ということで意見の一致を見ました。

例えば、東京都では5大がんと前立腺がんについて、地域連携クリティカルパス『東京都医療連携手帳』を作り、ホームページにアップしています。これは、がんの治療を受けた患者さんの5年もしくは10年先までの診療計画を立て、1冊の手帳にまとめたもの。患者さんがこの手帳を持参すれば、医療者や医療機関は治療経過を共有することができ、患者さんは適切な診療を受けることが可能になります。また、患者さん自身も、手帳を持つことにより、いつ・どこで・どんな診察や検査を受ければいいかを知ることができます。

「フォーラムでは、東京都医療連携手帳を作る座長を務めた鶴田耕二先生(策定当時・都立駒込病院副院長)から、その理念と内容、課題についてお話ししていただきました。鶴田先生によれば、東京都では手帳の利用時に診療報酬が付くようにしたため、診療報酬の対象にならない場合はなかなか使ってもらえない、とのことでした。では、東京都の失敗を教訓として、手帳を使ってもらえるようにするためにはどうしたらいいのか。いろいろ考えた末に辿り着いたのが “母子健康手帳” だったのです」

質問のツールとしても役立つ手帳

全市区町村で配布される母子健康手帳には、妊娠・出産・子どもの成育記録だけでなく、母親自身の思いも書き込めるようになっています。この母子健康手帳を手本に、初めてがんを告知された人にも使いこなせるような療養手帳が作れないものか、と若尾さんは考えました。

「もし、クリティカルパスをまとめた療養手帳があれば、患者さんが医療者に質問するためのツールとして使うことができる。『この手帳にはこんなことが書いてあります。それについてはまだお話を伺っていませんが、いかがでしょうか』『ここにはこういう検査が必要だと書いてあります。私はこの検査をしなくていいのでしょうか』と、患者さんは医療者に説明を求めることができます。

あるいは、『先生がこの治療法を私に勧めてくださる理由は何ですか』『私は治療をしながら仕事も続けたいので、他に選択肢はないですか』と聞けるようになるかもしれない。そうすれば、医療者も襟を正し、他人の目を意識して、患者に向き合うようになるでしょう。少なくとも、『こうしなさい』『はい、そうですか』という一方通行の医療からは脱出できるはず。それがひいては患者の医療参画と医療の均てん化を進めることになる、と考えたのです」

2013年のがんフォーラム開催後、「患者さんのための療養手帳を作りたい」と、知事あてに要望書を提出。幸い県の予算は下りたものの、その印刷費の額は30万円に満たないものでした。そこで、若尾さんは一計を案じ、本編とは別に資料編を作成。こちらは協賛者から広告を募る形にし、官民抱き合わせにすることで、ようやく十分とはいえないまでも、ある程度の予算を確保することができたのです。

今回作ったのは、胃がん、大腸がん、肺がん、肝臓がん、乳がんの5種類。今年3月に全種類3,300部を作成して県に納め、今後は新たにがんと診断される新規がん罹患者(約5,000人以上)に配布していく計画です。

がん体験者のサポートを医療支援の一環に

今後は、前立腺がんや卵巣がん、小児がんなど、他のがん種にも療養手帳の対象を広げていきたい、と若尾さん。さらに、がん体験者の患者サポートが医療支援の一環として認められるような環境整備をしていきたい、と語ります。

「患者さんのことは、実際に病気を体験した当事者でなければわからない。患者さんの生活の質を支える意味でも、がん体験者の思いや発想を尊重し、うまく生かすことが大切です。これからは医療者によるがん相談と、がん体験者のメンタル面のピアサポートとの両輪で、患者さんのサポートを行うことが重要だと考えています」

現在、がん体験者によるピアサポートのほとんどはボランティアで行われているのが現状です。しかし、いずれは体験者のサポートをスキルとして正当に評価し、報酬がきちんと支払われるような社会を目指したい、と若尾さん。こうした環境整備が進むよう、患者の立場から努力していきたい、と決意を語ってくれました。

2014年 第8回山梨がんフォーラムのスタッフとともに
「わたしの手帳」の作成やがんフォーラムの開催などについて定例会で話し合う

山梨県の医療環境の向上を目指して
NPO法人がんフォーラム山梨


山梨のどこに住んでいても、どんな状況でも、その人が望むなら、その人にとって最適・最善のがん医療を受けることのできる山梨でありたい。そのために、当事者の意向を尊重したがん医療環境の向上、ひいては健康に対する意識水準の更なる向上および、医療・医療情報の均てん化を目指しています。NPO法人がんフォーラム山梨は、市民・県民の視点でさまざまな分野と協議し、がんを知り、がんと向き合い、がんに負けない山梨の構築を推進し、自らが社会の暮らしやすさ日本一の山梨を目指します。

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