病児や傷ついた子どもが孤立しない社会に

病児のきょうだいが楽しめる空間を作りたい

【閲覧制限なし】
取材・文●「がんサポート」編集部
(2015年4月)

  
NPO法人「こどものちから」
代表の井上るみ子さん

難病の子どもがいると、親はどうしてもその子を最優先してしまいがち。病院で親が付き添っている間、きょうだいの面倒を見てくれる人がいたら親は安心でき、子どもも楽しく過ごすことができます。NPO法人「こどものちから」は、親と一緒に病院に来た病児のきょうだいを預かり、病児と家族を支える活動をしています。

NPO法人「こどものちから」事務局

〒136-0073 東京都江東区北砂5-20-18-211
ホームページ:www.facebook.com/kodomonotikara

小児待合室は病児や そのきょうだいの居場所

小児待合室に来た入院中の少女とゲームをするスタッフ。オセロの対決は真剣勝負!?

国立がん研究センター中央病院(東京都中央区)12階のエレベーターホールの側に、小児待合室があります。
この階に小児科の病室がありますが、病児の家族でも小学生以下の子どもは、病棟内への立ち入りが禁じられています。病児に親が付き添う間、一緒に病院に来たその子のきょうだいは、別の場所で待っていなければなりません。

小児待合室は、病児のきょうだいが過ごしたり、入院中の子どもが気分転換のために訪れる場所。NPO法人「こどものちから」の代表 井上るみ子さんは、この部屋で子どもと一緒に遊ぶ活動を8年前から続けています。

小児待合室の壁には季節の行事を表した飾りつけが施され、絵本やおもちゃがあり、まるで保育園のよう。母親とこの部屋を訪れた入院中の女の子は、スタッフとオセロをしながら、「ヤッター」と歓声をあげます。おもちゃの消毒をしながら、その様子を見ている井上さんも、思わず笑顔。

「先日、定期的に病院に通っている病児のお母さんから『うちの子はこの部屋で遊ぶことを楽しみにしていて、病院へ行くときの支度が早くなりました』と言われました。嬉しかったですね」と、井上さん。小児待合室から聞こえる子どもの笑い声が、エレベーターホールいっぱいに響きます。

三男の闘病中 何も言えずに傷ついていた長女

1998年6月、井上さんはこの病院で小児がんだった三男(13歳)を看取りました。そのとき悩んだ体験が、この活動を始めるきっかけになったそうです。

「中学1年生だった三男の小児がんがわかり、入院生活が始まりました。ほかの3人の子どもたちには三男の病状を説明し、家族みんなで協力し合おうと話しました。当時、いちばん下の長女は小学4年生。高3と中3だった兄たちの帰宅は夕方7時前後だったので、長女は学校から帰宅して友達と遊び、5時ごろから1人で留守番をしていました。土日は病院まで長女を連れてきて、エレベーターホールの長椅子に座らせて待たせました。彼女はなんの不満ももらさず、折り紙をしたり絵を描いたりして過ごしていました。私は彼女がすべて理解してくれていると思っていたのです」

ところが、井上さんは長女がとても傷ついていたことを後になって知ります。

「いつも大人しい長女が、一度だけ『みんなで一緒に夕飯を食べたい』と言ったことがありました。
私が『今はできないでしょ』と断ると、下を向いて黙っていました。三男が亡くなるまでの9カ月間、長女は何も言いませんでした。言えなかったのです。そして三男の四十九日が過ぎたころ彼女の様子が変わり『私は蚊帳の外だった』と。もっと兄に対して、自分は何かできたのではないかと言い出したのです」

井上さんは長女が深く傷ついていたことを初めて知り、愕然としたそうです。その日から時間を見つけては、長女が家族の力になってくれたことを繰り返し説明し、彼女がわかってくれるまで、2年もの長い時間がかかったと言います。

小児がんの親の患者会に入った井上さんは、親の相談にのる一方、家族の気持ちを深く理解するため「家族相談士」という民間のカウンセラー資格を取得しました。

「長女に『この資格を何に生かしたらいいと思う?』と聞きました。すると『仕事の合間でいいから、病院で子どもと遊んであげて』と即答でした。『病院は建て替えられ、長椅子が小さな部屋に変わったけれど、遊び相手がいない。あのころと同じだよ』と言うのです。それで病院側に申し出て、最初は月2回、私1人でこの活動を始めました」

バイキンマンになり、アンパンマンに戻った男の子

小児待合室で井上さんはたくさんの子どもと出会いました。その中でとくに印象に残った子がいるそうです。

「幼稚園児の男の子でしたが、アンパンマンごっこをしようと誘うと、『僕はバイキンマンが好き。バイキンマンは言いたいことが言えるし、やりたいことがやれるから』と言うのです。それで私がアンパンマン、その子がバイキンマンになり、バイキンマンがまき散らすおもちゃをアンパンマンがかき集めました。2時間ほどして帰宅の時間を告げたとき、その子はしばらく下を向き、顔を上げてこう言いました。『遊んでくれてありがとう。僕、アンパンマンに戻るね』と。その子は家族のためにアンパンマンとして、自分のできることを精一杯やっていたのでしょう。

どの子もみんな、きょうだいのことが大好き、親のことも大好き。だからこそ看病に忙しい親に心配をかけてはいけないと自分の感情を閉じ込めたり、疎外感を持ったりします」

さらに、子どもは状況がよく理解できないために、きょうだいが病気になったのは自分のせいではないかと、やみくもに自分を責めたりすることがあると言います。

「子どもがひとりで思いつめ、きょうだいの代わりに自分が病気になればよかったと思ってしまうのは、何より悲しいこと。そうならないよう、『あなたの役割は大切なのよ、大事な家族の一員なのよ』ということを伝えてあげる大人が必要なのです。

子どもは本来様々な人との関わりの中で成長していくもの。小児待合室は子どもが安心して自分の気持ちを表せる場所にしたい。ありのままの子どもを認めて、『あなたも頑張っているよね』というメッセージをここから伝えていきたいと思っています」

親子でゆっくり過ごせる部屋に 地域ともつながっていきたい

2013年にNPO法人になり、ボランティアが加わったことで、小児待合室の活動日数は月に10日になりました。活動が定着したことから、「親御さんと治療の現状や今後の方針を話したいので、その間お子さんを見ていて欲しい」という医療者側からの依頼も増えてきたそうです。

また、イベントも「こどものちから」の大切な活動のひとつ。通院中の病児と家族、退院した子どもと家族、ボランティアスタッフなどが集まって屋外での飲食や遊びを堪能します。

「昨年の春は公園でお花見会をする予定でしたが、残念ながら雨だったため公民館で工作やゲームをしました。退院してしまうとお互いに忙しく、家族同士でなかなか連絡を取り合わなくなってしまいます。イベントを通して集まれると、悩みを相談したり、お互いの情報交換をすることができます。また、治療のため地方の病院から来る子もいるので、地方の病院関係者にも、こうした活動で子どもたちが楽しめることを伝えて欲しい。それに加えて、医療者にも参加してもらい、病院では見られない家族の姿を理解してもらうこともイベントのねらいです」

井上さんは今後の「こどものちから」の目標を次のように語ります。

「小児待合室にいつも人がいて、多くのまざなしがある場所にしたいですね。できればこの部屋が1階にもあるのが理想です。親御さんが会計をすませる間や、治療のことで気持ちの整理がつかないときは、ゆっくり過ごせるような空間にしたい。できたら全国のがん診療連携拠点病院などに、こうしたサービスが広がって欲しいと思います」

また病院内だけでなく、地域との関わりも広げていきたいと言います。

「以前、不登校ぎみだったお子さんが、この活動に加わってくれたことがあり、社会には心に傷を持っている子どもがたくさんいることを感じました。そういう子どもたちにも、自分という存在や人と関わることの大切さを伝えていきたい。今年(2015年)は年1回開いているお話会の参加者の枠を広げ、地域の方々ともつながっていけたらと思います」

(上)様々なおもちゃや絵本がそろう小児待合室。使用後はスタッフが除菌をして管理している(右)おそろいのエプロンで子どもを迎えるボランティアスタッフ

病院の小児待合室で 病児のきょうだいと遊んでいます
NPO法人「こどものちから」


子どもが命に関わる病気になると、親の目も心も病児に集中します。これは当然のことです。そしてきょうだいは自宅にいても、病院に連れてこられても、問題を起こさず静かにしていなければなりません。「病児の病気がよくなるのは病児が頑張ったから。病児の病気が悪くなるのは自分が悪い子だから」と自分を責めてしまうきょうだいが少なくありません。きょうだいにとって誰か大人がそばにいて、存在を認められ大切にされる経験をすることは、自分を大切にすることにつながります。私たちは、小児がんで闘病した家族の立場から、病児のきょうだい・家族支援をしています。

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