鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談
国立がんセンター東病院臨床開発センター精神腫瘍学開発部部長・内富庸介 VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
「悪いしらせ」をどう伝えるかのコミュニケーションスキル「SHARE」を学ぶ
「痛かっただろうねえ」と“共感”することが、患者さんの苦しみを癒す
うちとみ ようすけ
1959年山口県生まれ。1984年広島大学医学部卒業。91年 米国スロンケタリングがんセンタ-記念病院でがん患者の精神的ケアについて研修。93年 広島大学医学部神経精神医学教室に転任。95年国立がん研究センター研究所支所精神腫瘍学研究部の創設に携わる。96年より同部長、05年改組により東病院臨床開発センター精神腫瘍学開発部部長。専門分野は、がんの診断後に生じる落込みや不安のケア。2006年国際サイコオンコロジー学会から、Bernard Fox 記念賞。日本サイコオンコロジー学会代表世話人。著書に、『がんと心』(晶文社)など
かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、病院を退職した。現在諏訪中央病院名誉院長。同病院はがん末期患者のケアや地域医療で有名。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』(朝日新聞社)、『この国が好き』(マガジンハウス)、『ちょい太でだいじょうぶ』(集英社)など
告知のあとには心のケアが必要
鎌田 内富先生は国立がん研究センターのサイコオンコロジスト(精神腫瘍医)でいらっしゃいますが、昨年、患者さんの意向調査に基づいた世界初の「コミュニケーション技術トレーニング」を開発され、今年から全国各地で医師向けの研修会を開いていかれる予定です。
今日は、がん治療の現場における患者さんと医師のよりよいコミュニケーションのあり方とその手法などについてうかがいたいと思います。
まず、ちょっと驚いたんですが、現在約3万件ある自殺の原因のトップは病苦で、そのトップはがんなのだそうですね。
内富 がんの4期とか進行期と告げられ、末期と思い込んでしまう方も少なくありませんので、とくに、初めてのがん告知の3カ月から6カ月後は要注意です。この点については日本も海外も共通しています。
鎌田 がんの患者さんにそんなに自殺が多いとは、知りませんでした。
内富 病気別に見ると、慢性腎疾患や神経難病の方のほうが自殺の頻度は高いのですが、がんの場合は500人に1人程度の割合です。それでも、もともとのがん患者さんそのものの人数が多いですから、毎年約1000人ほどが自殺によって亡くなられていると推測しています。未遂の方を加えると、やはり相当な数だと思います。
鎌田 なぜ多いと思いますか。
内富 がんになることは、生を根底から変えてしまうライフ・イベント(人生の大事)です。原因は一概には言えませんが、それでも、多くのケースの大本には、うつ状態があると私たちは考えています。
患者さんがうつに気付き、相談できることが大事
鎌田 ぼくら一般臨床医も、がんの診断がついてから3カ月後、6カ月後は、心して見なければならないということですね。
内富 そうです。というのも、近年になって、がんの治療の現場は大きく変わったことも事態を切迫させています。今までなら、入院してもらってから、3カ月、4カ月かけてゆっくりと病気のことが伝わっていきました。患者さん自身もその過程で、自然に自分の体調や今後の見通しも少しずつ理解することができました。
でも、今は進行がんであっても入院して2~3週間で「一旦お家にお帰りください」と言われてしまいます。それでなくても混雑を極める外来の診察室では、医師が患者さんの心の動きを見ながら、大事なことを告げるなんて、なかなかできません。アメリカでサイコオンコロジーが生まれた背景にも、こうした事情があったのではないかと思います。
鎌田 たしかに、通院では難しいですね。
内富 心のケアは、入院期間が減った分、歴然と減っています。国立がん研究センター東病院でも、開院当時は平均入院期間が40日でしたが、今は15日です。入院を告げる口から退院の話をしなければなりません。ろくに泳ぐ技術も教えてもらっていないうちに、沖合に連れて行かれ、「自分で何とかしなさい」、ドボーン、と飛び込まされるようなものだと思います。
鎌田 患者さんの心のケアを、ぼくらのような一般臨床医がやっていいのでしょうか。それとも、精神科医に任せたほうがいいのですか。
内富 両方です。基本的な心のケアはすべての医療者が対応できれば、いちばんいいのですが……。それがなかなかできていないのが現状です。患者さん自身に、「人間、つらいときはうつ状態になる可能性が高い」と知ってもらうことも大事だと思います。
鎌田 そうですか。医療者だけでなく、患者さんにも知ってもらうことが大事なんですね。
内富 「いつもと違う」と気付くのは、やっぱりご本人。その次がご家族です。医師はいちばん最後(笑)。
ですから、患者さんには「がんになったのだから、落ち込んで当たり前」ではなく、「ちょっと落ち込みすぎたかなと思ったら早めに相談してみてくださいね」と繰り返し声をかけていただきたいと思います。
精神医療に対する根強い偏見
鎌田 でも、日本の医療者はトレーニングを受けていません。内科医のぼくが見て解決できればいいですが、解決できない場合が必ずあります。そんなとき、がんの患者さんをすぐ精神科に行かせる医療体制が、今の日本のなかにはできていません。
内富 たしかに、精神腫瘍科が東病院に初めてできたときも、だれもこの科を受診しませんでしたね。リーフレットやポスターを作成したり院内の広報活動をいろいろやり、まず患者さんの相談が増えていき10年してようやく患者さんだけでなく、家族や遺族、そして医療者が受診したりするようにまでなりました。
鎌田 同じ屋根の下にいても10年?
内富 そうですね。
鎌田 じゃ、屋根の下に精神科がない病院だと、きっともっとかかるねえ……。
内富 もちろん、地域性もあるようです。都市圏ですと最初の年から相談が多いようです。医療者の抵抗や精神医療に対する偏見は、今もかなり強いです。とくにがん患者さんを診ている医師は、外科医も内科医も患者さんとの絆が強いので、簡単に「精神科を受診してください」ということにはなりません。
鎌田 自分で「診られる」と思い込む(笑)。
内富 というより、やはりうつ病のことが意外に知られていないんです。患者さんが精神科を受診しやすいように、「心の風邪」などと言いますが、風邪どころか重症肺炎と思っていただきたいです。何しろ、うつから自殺(=死)につながる可能性が、非常に高いのですから。
鎌田 先ほど、進行がんのほうが、自殺者が多いとおっしゃいましたね。
内富 重要な危険因子が3つあります。第1に「進行がんであること」、第2に「診断後3カ月から6カ月であること」、そして第3が「頭頸部のがんや難治がん」です。
鎌田 ということは、がんの患者さんを診ている医師はみんな、この3つくらいは意識しておいたほうがいいですね。
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