鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談
北里大学生命科学研究所客員教授・白坂哲彦 VS 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:向井 渉
発行:2007年3月
更新:2019年7月

  

20年間におよぶ苦労の結晶。患者にやさしい飲む抗がん剤は、こうして生まれた

白坂哲彦さん

しらさか てつひこ
1940年、満州国・ハイラルに生まれる。1971年、北里大学大学院修士課程修了。75年、徳島大学大学院医学研究科博士課程修了、医学博士取得。同大医学部助手、大阪大学蛋白質研究所助手、大塚製薬㈱琵琶湖研究所主任研究員、同所長を経て、90年、大鵬薬品工業㈱創薬センター・病態医化学研究所所長、2005年、北里大学生命科学研究所客員教授。高松宮妃癌研究基金学術賞受賞、木村禧代二賞受賞。著書に『Biochemical Modulationの基礎と臨床』(医学書院)、『癌化学療法への新しい治療法』(医薬ジャーナル社)、近著に『S-1誕生』(エビデンス社)など

鎌田實さん

かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、病院を退職した。現在諏訪中央病院名誉院長。同病院はがん末期患者のケアや地域医療で有名。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』(朝日新聞社)、『この国が好き』(マガジンハウス)、『ちょい太でだいじょうぶ』(集英社)など

抗がん剤開発のきっかけは5-FUとの出合い

鎌田 白坂先生の開発されたTS-1(一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウムの配合剤)という抗がん剤が、大変脚光を浴びています。開発のご苦労についてまとめられた『S-1誕生』(エビデンス社刊)というご著書を読ませていただきました。『がんサポート』の読者は、新しい情報を得たいという意欲的な人が多いので、今日はぜひ読者の皆さんにこの新しい薬の特長を知ってもらいたいと思います。

白坂 以前、テレビ番組で鎌田先生の病院のことを「患者さんにやさしい空間」と紹介しているのを拝見し、「新しい発想で、すごいな。どこからそんな発想が生まれたのか」と感銘したのです。やさしい空間で患者さんにやさしい治療を行うことは、医療者にとっていちばん理想的だと思います。じつはTS-1開発の基本コンセプトも、それでした。

鎌田 ほう、患者さんにやさしい抗がん剤ですか。そのTS-1を20年以上かかって開発されたわけですね。そもそも先生が抗がん剤開発というものに関心を持たれたきっかけから聞かせていただけますか。

白坂 きっかけは、現在も代表的な抗がん剤の1つである5-FU(一般名フルオロウラシル)という薬との出合いでした。この薬はチャーリー・ハイデルバーガーという研究者によって開発され、すでに50年以上経過していますが、これまで世界でいちばん多くのがん患者の治療に使われている抗がん剤です。代謝拮抗剤といって、生体内に入るとがん細胞に集まりやすい性質をもった5-FUががん細胞に取り込まれて活性型になり、いろいろながんに効果を示します。
また、この薬ほど使い方によってその効果が左右される薬もないと思います。1980年代終わりから90年代にかけて行われた2つの大きな臨床試験の結果から、注射剤として、急速静注よりも点滴を用いた持続点滴静注のほうがいいという結果が示されました。ところが持続静注法は、患者さんを入院させて行う必要があるので、アメリカでは医療経済の面から不適当であるとされ、急速静注で行うようになった。これを受けて世界の流れは、急速静注の5-FU+ロイコボリン(一般名ホリナートカルシウム)や5-FU+オキサリプラチン(商品名エルプラット)という併用療法が、胃がんや大腸がんの標準治療になろうとしています。
しかし、5-FUの作用メカニズムから言っても、この薬は長時間、血中に高濃度で存在すればがん細胞に作用しやすくなるわけですから、私は、5-FUをどう使えばより有効に働かせられるかという点に非常に興味を持ち、研究を進めてきたのです。

5-FUのプロドラッグの開発に携わってきた

鎌田 TS-1は経口剤で、経口投与すると生体内で5-FUに変わるフトラフール(一般名テガフール、プロドラッグの一種)を基本骨格にした3者配合の抗がん剤ですね。先生はTS-1の前にも有名なUFT(一般名テガフールウラシル)という5-FUのプロドラッグの開発に関ってこられたそうですが。

白坂 はい、そうです。フトラフールは世界でいちばん最初の5-FUのプロドラッグとしてソ連で開発され、日本には1969年、小林幸雄会長(大鵬薬品工業の当時社長)により導入されました。この薬は経口投与すると、肝臓で徐々に5-FUに変わって血中に放出されます。ところが肝臓の中で5-FUはどんどん分解されていくために5-FUの血中濃度はなかなか上がらず、がん細胞に対して十分効果を発揮できません。
私の恩師である藤井節郎先生は、このフトラフールにウラシルを配合したUFTという抗がん剤を開発し、私はそのお手伝いをしました。ウラシルは5-FUの生体内での分解を抑えますのでこれを配合すると、5-FUの血中濃度をある程度上げることができるようになり、効果が上がったのです。

鎌田 ところが、UFTもフトラフール同様に、経口剤であることから、臨床家に非常に安易に使われるようになったわけですね。この薬は本当に効果があるのかとか、副作用の問題でいろいろな議論がされてきましたね。

白坂 私が阪大にいた頃、UFTの臨床試験(前期第2相)が進められており、たまたま開業医だった私の父が肝がんになった。田口鐵男先生に相談し、阪大微研付属病院に入院させると、父は自ら「UFTを試したい」と申し出て服用し始めたのです。しかし、投与3日で悪心・嘔吐が激しくなり食事ができなくなってしまい、3カ月で帰らぬ人となりました。それで私は「せっかくがんに効く5-FUを含んでいるのに、続けて飲めないとは」、「なんとか改良できないか」と悩みました。

試作品を飲んで、5-FUの血中濃度と安全性を確認

鎌田 そこから「ご飯を食べられる抗がん剤」というお考えが出てきたわけですね。

白坂 フトラフールというのは日本では何万例という実績があったので、これを中心にし、ウラシルよりもさらに5-FUの分解を抑える力の強いCDHP(ギメラシル)という物質を見つけて加え、さらに下痢、悪心・嘔吐、食欲不振などの消化器症状を軽くするオキソン酸カリウム(オテラシルカリウム)という物質も加えて、3種類の薬を配合した抗がん剤を考え出しました。
当時、「5-FUはもう古い」という考え方が出始めており、また、「3剤配合剤では承認はされないだろう」と、学会でも社内でも言われました。しかし、種々の動物実験などで副作用が少なくて有効であるというデータがあったので、試作品をつくり、長年の同志である外科医と一緒に飲みました。その結果、理想的な5-FUの血中濃度が得られ、悪心・嘔吐も起こらず、「これならいける」と3剤配合剤をつくる決心をしたわけです。

3剤配合で実現した「ご飯を食べられる抗がん剤」

鎌田 TS-1はUFTに比べて具体的にどのくらい機能が向上したでしょうか。あるいは消化器症状などの副作用が減ったのでしょうか。

白坂 UFTの場合は5-FUの血中濃度がだいたい100ナノグラム/ミリリットル、有効血中濃度は長くても3~4時間で消えてしまいます。これに対してTS-1は150~200ナノグラム/ミリリットルという高濃度で6時間以上も持続します。これだけ5-FUの血中濃度が長時間続けば、普通なら下痢や口内炎などの副作用が出るのに、それがほとんど出ません。3剤を配合することで効果を最大に、消化器毒性を最小にすることができたと思います。これは、配合剤にしたためにできる技だと確信しています。

白坂哲彦著『S-1誕生』表紙

父の肝がん闘病を機に、抗がん剤開発の道に進み、苦労の末に自ら実験台になって「患者にやさしい飲む抗がん剤・S-1」が誕生。そのS-1の生みの親、白坂哲彦氏が自らの半生とともにS-1誕生までを綴った22年半にも及ぶ重厚な軌跡の書

国産初の世界レベル抗癌剤『S-1誕生』
エビデンス社刊・1,995円(税込)

鎌田 「ご飯が食べられるがん治療」が、3剤配合のTS-1で基本的には達成できたということになるわけですね。

白坂 TS-1では、それまでの5-FUでは治療効果のなかった膵がんや肺がんなどにも有効性が示されています。これは血中濃度の持続が得られたことで、5-FUががんに到達した証です。その意味ではTS-1は、ある程度は満足できるところまできましたが、まだ力不足という印象があります。いかんせん、がんを消滅させるとか5年以上の延命をもたらすようなところまではいきません。

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