「がんばらない」の医師 鎌田實とがん患者の心の往復書簡 松村尚美さん編 第3回

発行:2004年4月
更新:2013年9月

  

「命を惜しむことはどんなに苦しくてもしなくてはならないこと」

松村尚美さん

まつむら なおみ
千葉県在住。50歳。1男1女の母。大阪に住んでいた98年、乳がん発見。術前化学療法をした後、乳房温存療法。2000年鎖骨、脇の下リンパ節に再発。現在抗がん剤治療を受けている。

がん患者・松村尚美さんから 医療者・鎌田實さんへの書簡

夜遅く、覗いたパソコンのメール画面に友人の死がつづられていました。1週間前に声を聞いたばかりでした。慌てて共通の友人に電話をすると、彼女はまだ起きていて、既にその知らせを受け取っていました。沈んだ声でゆっくり話してくれました。同じ病の人とのつながりを多く持つ彼女にはこんな経験が数多くあること、とても気持ちが落ち込んでしまうこと。

私にとって、去り行く人を見送ることは、自分を同じ運命がみまうことを恐れることではありません。私たちはお互いを深く支えあっています。悲しみもさびしさも共有することで心の奥底にある魂と呼べる思いまで互いに垣間見ます。

交わされる会話に、しんしんとした森に響く、せせらぎの音、葉のそよぐ音を感じます。そんな相手を失う、少しずつ心のどこかが壊れていく。

30代の、小さなお子さんのいる再発者が、放射線治療のために入院した病室で、がんの転移を、半分受け止め、半分受け止められないと言う。受け止める必要なんてないのですね。私は、あなたのそばにいよう。だたそばにいて、生きて、生き抜くことを互いに願いましょう。

生きることを見つめ続ける

私には、乳がんの再発が治癒するとは思えません。

病気の進行はさまざまな道をたどります。短い時間を走り抜けることもあれば、長い時間を生きていけることもあるでしょう。短いあるいは長い時間の果てに必ずがんによる死があると思っています。

今私が自身の死について思い巡らすのは、やっとその場に立てるようになったからです。少し前は、恐ろしくて言葉にできなかった、口に出せばそれが現実になってしまうと思いました。

再発の治療の3年余りは、楽しいこと、辛いことがない交ぜになった時間でした。時々、この闘いに倦んでいること、少し休みたいと思っていて、死を口にしていることもあります。

今日のこと、その思いを友人につかれてしまいました。

「暗いよ」

そうです。逃げていました。

死ぬその瞬間まで生きている。何かを決める時、以前なら、病気でなかったらと考えて選んでいたのに今は、しんどくなった時のことを考えて選んでいる。

鎌田様、

私はきっと、死ぬ瞬間まで生きること、そして元気になることを考えていようと思います。それは、生きることにすがっていることとは違うような気がしています。

積極的な治療をやめて、痛みだけをとるために入院しているがん患者が、元気になるねと、はがきを書いてよこしたと聞いた時は、そのはがきを書いた方の思いが理解できませんでした。

今は、死を見つめると同じくらい、生きることを見つめていたのではないかと思います。

やっと気づくことができました。生きることを願い、命を惜しむことは、命をもつ人間がどんなに苦しくてもしなくてはならないことだと。

そこにいることを大切に

窓から差し込む日の光は春を思わせ、庭の紅梅も花を咲かせています。芝は水がしみ込むように緑の新芽が顔を覗かせています。

前のお手紙に、信州の厳しい冬を書いておられましたが、今もきびしい冬景色ですか。

信州の春はいつごろ訪れるのでしょう。時々、青い空と白い雪の山の景色を思い浮かべます。咽喉を過ぎていく冷たい空気を思います。はっと胸をつかれるほど美しい光景なのでしょう。

桃の花の時期に山梨に行きました。桃源郷を思っていましたが、既にその年は花が摘み取られていました。広々とした平野に、わずかに残った桃の花が咲いていました。桜の花より、梅の花より、厳しさを感じさせ、きりりとした花でした。

再発の告知を受けて、やはりたくさんの本を読みました。ガラガラと崩れてしまった自分の生き方、自分探しのためでしたが、その時ずいぶん写真集も見ました。写真はただ自然や人間を写したものだと思っていたのに、四角く切り取られた映像から、写真家の思い、自然の命のきらめきを感じることができました。同じように、信州の山の風景を心に再現することは幸せな思いがします。言葉のない写真がたくさんの言葉をもつのは不思議です。

支えあうのにたくさんの言葉は必要ないのかもしれません。思いを同じにし、共にそこにいることが大切なのかもしれない。あなたが言っていた私たちを支えたいという言葉をもう一度味わっています。そして、辛い病状にいる友を思っています。

抗がん剤の点滴を終えて、ベッドに横たわる彼女のそばに行くと、自分のベッドの白いシーツを手のひらで指し示し、ここに座るようにと言いました。私はいつもその白い空間を思っています。辛くなって居場所がなくなると、その場所を思い出します。

支えられ、支える。

彼女のそばにいると、言葉が痛くて何を話していいかわからなくなります。ただ今はあなたが生きることを、私が生きることを願い続けます。そばにいて願い続けます。

今回でいったんこの往復書簡はお休みになります。ありがとうございました。自分の心を覗き見る思いでしたが、友人が鎌田先生って温かいと言っていたのは自分のことのようにうれしく思いました。

普段の私を知る友人は、元気のない手紙に驚いていましたが、大丈夫、元気です。

また明日から走り始めましょう、少しだけ立ち止まって、思いを深くすることができて、とても幸せな時間でした。ありがとうございました。

 2004年早春

松村尚美

鎌田實様

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