ドイツがん患者REPORT 89 ドイツで日本のアニメを見て その2

文・イラスト●小西雄三
発行:2022年3月
更新:2022年4月

  

懲りずに夢を見ながら」ロックギタリストを夢みてドイツに渡った青年が生活に追われるうち大腸がんに‥

健康保険のメリットとデメリット:ここで、ドイツの健康保険のメリットとデメリットを整理してみると、

メリット:受診したときには、自己負担なくスタンダードな医療が受けられる。薬代は自己負担だが、それも収入の1%という上限があり、低所得者でも安心して医療を受けることができる。日本のようなきめ細かい医療を受けたい人は、個人保険がある。ただ、保険料がかなり高額なので、自営業者や高額所得者がほとんど。家内のように公務員には公務員専用の個人保険もあるが。

公立の大病院は最先端のスタンダード医療を提供しているので、収入による格差で治療が決まることはない。あるとすれば病室の格差がくらいだ。そして、ホメオパシーなどの代替療法は普通保険では受けられないが、個人保険では認可されている。

デメリット:医療報酬が3カ月に1度となっているので、特別なケース以外は丁寧な治療は受けられない。そのため専門医の数が減少していて、多くの新規開業の専門医はコスト削減のためにクリニックをシェアするなどの工夫をせざるを得ない。とくに地方では専門医の不足が深刻化している。

歯科医も難しいと思われるが、若い世代は徹底した口腔ケアの啓蒙が浸透していて虫歯治療が少なく、あまり問題化はしなくなるだろう。しかし、僕のような抗がん薬の副作用による歯のダメージによる治療などは、大変困ることになるのだが。

ホームドクター制度が浸透し、医療費のコスト削減は成功した。ところが、専門医はほぼ予約制なので、急に具合が悪くなっても飛込ではなかなか見てもらえないことが多い。救急患者を受け入れている病院は多いが、そこまでとはいかない症状の場合が困る。

ところで、健康省が薬や治療を認可しても、それが保険適用されるかは別問題である。ここに、一般と個人の健康保険の差が出てくる。しかし、高額ながん治療薬の免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬が一般保険で使用できないわけではなく、必要と判断されれば認可されている。

医療格差を知らせて、将来の方針を選択するのも

コロナ感染者が日本よりもはるかに多く出たドイツでは、不満はあっても何とかなった理由に、医療制度が大きかったと僕は思っている。戦後、分断国家でいつ野戦病院が必要になるかもしれないという特殊事情があっても、東西ドイツ統一以降30年以上の時を経ている。それ以降も健康保険の仕組みや医療報酬などの工夫で、公共の病院を維持してきたからだ。

メルケル前首相が「戦時下と同じである」とコロナ流行の初期に言った言葉。政府が指示を出して、コロナ患者治療のために公立病院を動かし、大きな流行に対応できた。もし、日本で同じような数の患者が出ていたら、圧倒的に公立病院の少ない日本ではできなかったのは当然だろう。同じ国民皆保険制度の国といっても、その制度は大きく違うし、公立病院も圧倒的に少ないし、国民の意識も違うのだから。

日本の国民皆健康保険は受診時に自己負担がある代わりに、こちらの個人保険並みに手厚くきめ細やかな医療を受けられると思う。命の価値は同じだが、支払った保険料でサービスに格差があるのは当然というのがドイツ。アメリカのように極端な医療格差で、貧富の差で命が決まることはないが、一定の格差を受け入れている。

それでもアニメのような億万長者の私立病院の有名外科医はドイツでは出現しないと思う。その代わりに、無一文のホームレスが急病で治療を受けても、医者はその報酬を得られる。だから、あのアニメの場面に違和感を感じたのだ。

労働者の立場で考えるドイツと消費者で考える日本

僕はコロナが起こらなければ、同じ国民皆保険制度といえどもドイツと日本の医療の違いがわからなかったし、考えもしなかったと思う。しかし、これだけはっきりと問題が起きているのに、抜本改革なくやり過ごすのはよくないと思う。この先、ドイツも日本も医療費は増大していくだろうが、ドイツよりもはるかに余裕がなくなっている日本はどうしていくのだろうか?

ドイツも最近、外国資本が病院を建設して経営に乗り出してきたという話を聞いた。儲かるいくつかの専門分野のみで経営していくらしい。

日本とドイツを比較するときに、コンビニを例に上げるとわかりやすいかもしれない。僕が日本に住んでいた30年以上前にもコンビニはあったが、店舗数も品数も少なく値段も割高だったのであまり利用しなかった。

しかし、今や日本では24時間買い物ができなければいけなくなっているようだ。生活形態がずいぶん変化しても、ドイツでは今でも営業は夜8時までで、日曜日の買い物はできない。従業員のことを考えれば、当然のことだとドイツ人は思い、その不便さを受け入れている。いや、そんな消費者に便利なことは今までにもなかったし、一度でも変えればもう元には戻れないからかもしれないが……。8時間の営業時間を倍にしても、倍の売り上げを得られないのなら、そこで働く人たちの給料は下がり、労働環境が悪くなる。それならば、みんなで不便を我慢しようということなんだろう。

医療を同じに扱ってはいけないが、似たようなところがある。命を守る医療を第一に考えていけば、多少の不便や不満は我慢して、その代わりに命にかかわることは、その対象が誰であれ最善を尽くす、という今のような形態になるのだろう。

もし、ドイツの病院の多くが民間経営だったら、コロナの重症者の対策はひどいものになっていたと思う。コロナの流行が始まったころ、政府の対応を批判するのをよく耳にしたが、政府もコロナは未知のウイルスだったので、対応に戸惑ったところはあったのだろう。結局は各自が自分で考えて対応するしかなく、外出禁止令をだしてもそんな規制は絵空事で、みんなにそう考えてという方向性を示す効果しかなかったように思う。

日本のコロナ患者数は圧倒的に少ないのに

最近、診療時に自己負担がなく、国からの補助も少ないドイツの国民皆健康保険のシステムのほうが将来の持続性を考えれば良いのかなと僕は思うが、日本はこの先どうしてくのだろう。

集中治療室や医療者が不足し、医療崩壊とかいろんな医療問題が出てくるたびに、緊急事態宣言や蔓延防止法で、経済を締めつけても人命のためならすべきだという話は聞くが、日本の医療制度そのものの批判をあまり聞いたことがなかった。

公共の病院の減少は、地方財政の負担が大きすぎるというのなら、医療報酬を変えて、まずは公共の必要不可欠な部分を残せるようにしていくとか、保険の分配のプライオリティを変えるとか、方法はいくらでもあると思うのだが。

なぜ日本のコロナ患者数が圧倒的に少ないのに、規制しなければならないかを疑問視しないのだろう。そこには医療制度の脆弱性の問題があり、そこを対応できたらそんなに経済を痛める手法を取らずにすんだように思う。そこに大きな医療制度の問題があると思うのは、僕だけでないと思う。

コロナ医療に頑張っている医療従事者への批判となるように思えて、医療制度への問題点をタブー視せざるをえないのだろうか。また、今の保険制度に利益を享受している人たちが多いから大きな改革ができないのか。だからあの、アニメのように、「医療にお金がかかるのが当然ということに違和感を感じないのが、問題ではないのか?」と思ってしまった。

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