ドイツがん患者REPORT 84 「コロナがうちにやってきた」

文・撮影●小西雄三
発行:2021年10月
更新:2021年10月

  

懲りずに夢を見ながら」ロックギタリストを夢みてドイツに渡った青年が生活に追われるうち大腸がんに‥

「コロナがうちにやってきた」。一昨年前なら「なんなのそれ? 楽しそう」とまるでクリスマスソングの「サンタが街にやってくる」みたいなイメージだったかもしれませんが……。

うちでクラスターが起こり、2週間の隔離期間が終わって、僕はそのとき失った生気をやっとこの1週間で取り戻せてきました。

僕自身は感染しませんでしたが、コロナ患者との生活は精神的にも肉体的にもかなりの負担でした。何度かコロナについて書きましたが、今回身近で経験して「こういうことだったんだ」と実感しました。

家内の同僚がコロナ感染

家内がうちの〝サンタ〟で、介護先で同僚からの感染でした。

「ご主人が歩行困難で車いす生活、奥さんはアルツハイマーで、最近大腿骨骨折でほぼ寝たきり、3人いる子供たちは介護ができない」という家内の介護先の状況なら、ドイツの一般的な家庭では、介護施設に入居してもらいます。

ところがその介護宅は、ご主人は元神経内科医、妻は資産家で日本でも有名なシーボルト博士の直系の名家出身で、自宅で介護を受ける選択ができました。このようなケースは、経済的な余裕のあるほんの一部の人だけです。

介護士派遣会社から延べ10人ほどの介護士がその家庭に派遣されて、家内もそのうちの1人です。所属する介護士たちは、ワクチン接種をかなり早く優先的に受けられました。家内は接種を嫌がっていましたが、「介護の仕事をするのなら被介護者の安全と安心のために」と言われ、納得して今年の3月に終えました。

僕も介護職ならワクチン接種は当然だと思うのですが、中には接種を拒否して、介護の仕事を続ける人がいました。

家内が介護宅で仕事中、2人の同僚が「ゴホゴホ」と咳き込みながらマスクもせずに仕事。「のどがいがらっぽくって咳が出るだけ。そもそもコロナなんてかかりはしないよ」と、飛沫を飛ばしていたそうです。

家内は怪訝に思いながらも、注意した後の面倒を考え黙っていたとか。介護先で咳が出るならなおさらマスクは当然。高齢者介護の職にありながらワクチン接種を拒否する人は、介護者への気遣いもありません。それが、8月25日の水曜日でした。

家内の簡易テストは陰性に

28日の土曜日に介護派遣会社から、「2人がコロナに感染したので、すぐに検査を受けてほしい」と連絡がありました。老夫婦は共に症状が出て入院、気の毒に奥さんは重症化したと後に連絡が来ました。

すぐに家内は検査を受けに行きましたが、そこでは簡易テストを受けただけ。すぐ陰性と結果が出てほっとしたものの、家内には風邪のような症状が出始めていたので、翌日の日曜日、再度検査を受けに行ったのです。

ミュンヘンは8月も中旬過ぎると涼しくなり、天候が悪いと20度を下回ることも多いのです。真冬でも四六時中開けっ放しのような田舎家で育った家内は、「感染予防には換気」と聞きかじり、家内が家にいると寒くても絶えず窓を開けっ放しにします。だから、家内に風邪のような症状が出ても、風邪だろうと思ったのです。

そんなわけで、僕の部屋以外は寒くて自室からは出ませんでした。それが結果的には良かったわけですが、家の中で寒さに震える生活を、換気のおかげで助かったように家内に言われたときには少しカチンときました。

家内がPCR検査を受けに行ったとき、再度簡易テストも受けて「陰性」と先に出ました。しかし、このことが息子へ感染させる原因となったのです。PCR検査を受けに行った当日、検査結果が出る前に子供たちを夕食に呼びました。それまでの簡易検査が全て陰性だったので。

慢性的に人手不足の介護現場

皆さんは不思議に思ったかもしれません。「なぜ、そんな無責任な人が介護の仕事をしているんだ」と? 僕だって、そう思います。

日本と違い、たとえ高齢者に慢性疾患があってもドイツの病院は入院などさせません。当然、高齢者へ多くの介護士が必要となります。経済的に恵まれているドイツには、他国から多くの介護士がやってきますが、それでも慢性的に人手不足ですし、報酬が十分でない介護の仕事を選ぶドイツ人は少なくなっています。家内のように高齢者と話が合い、健康でも10年も早く年金生活者になれるという人は、そうそうはいません。

また、外国人介護士ではドイツの考え方や行動様式が異なるし、介護を受ける高齢者も年を重ねるほど融通が利かなくなって、なかなかお互いうまくは行きません。

家内は公務員だったので、「決まっていることはきちんと守る、それが矛盾していても」というところがあります。ドイツでは、融通の利かない人のことを「公務員」と呼びます。でも結果的に今回は嫌がっていたワクチン接種も受けたので、感染して症状が出ても軽く済みました。

ワクチン接種していなかった同僚

クラスターを起こした2人は普段から、「コロナはインフルエンザみたいなもの」とか、「ワクチンは危険」とか言っていたそうです。マスクもせずに咳を介護の場でしていたと聞いて、この人たちに欠如しているものはモラルだと思いました。弱い人に病気をうつすことは、間接的な殺人に近い行為だ、と僕はがんを患ってから思っています。

そういうリスクから身を守るには、ワクチン接種の義務化でしょうが、そんなことが国にできるわけがありません。ドイツも個人の自由を認めているのですから。

人手不足でなければ、ワクチン接種者を優先採用できるかもしれませんが、現状では不可能です。もし、そんなことをしたら差別だといって訴訟を起こされたら雇用主や政府は勝てないでしょう。

思い出すのは30年以上前、まだ東西ドイツだった頃、エイズ患者の人権は表面的には確保されても、一般人は危険人物扱いで、少しでも危険があれば避ける極端な言動が普通でした。今では治療薬ができ、啓蒙も進みました。その頃にエイズの恐怖をばらまいたメディアや風評が、同じようにエイズの差別を終息させたように思います。

エイズの差別意識とは違い、アンチワクチンの人たちは根が深いようで簡単にはいかないでしょう。しかし、感染した2人の介護士は、元気になれば同じ言動をこの先も続けるのでしょうか。

PCR結果前に子供たちを食事に呼ぶ

いつも日曜日の夕方、娘は2匹の犬をうちにつれてきます。娘は共働きなので、犬好きで余暇のある家内が〝ドッグシッター〟を申し出て、金曜日の夜まで犬たちを預かるからです。

もう5年以上前に引き取ったティトは、娘のオフィスに連れて行ってもよい許可があり、コロナで隔週テレワークになっているので、娘夫婦だけで犬を飼うことに問題はないはず。しかし、もう1匹増えてはそうもいきません。「何を考えてんだ」と思うこともありますが。ただ僕は年々体力が低下、それでもできる限り協力はしています。

餃子は、娘の好物。でも自分ではうまく作れないと言います。僕が作ると大量に余ってしまい、食物を捨てることに抵抗感が強い僕はここ何年も作っていません。だから2人の都合が合い、「じゃあ今度の日曜日、犬を連れてくるときに」と餃子夕食の話が決まりました。その話を聞いて家内が「息子たちも呼ぼう」と言いだしました。

学生の息子もコロナの影響で、かなり苦しい状況を過ごしています。普通なら卒業を控えた楽しい夏休みが、コロナで多くの単位が取りづらくて、休み返上で卒業課題制作のためケルンに行っていました。たまたま、ミュンヘンに帰ってきていたので、家内は息子と会いたかったのでしょう。

喜んで、息子とその彼女は夕食にやってきました。もちろん、子供たちに家内はコロナについて伝えていました。そして「簡易テストとはいえ、3度も陰性だから」と楽観的に考えたから起こったクラスターでした。「簡易テストの精度は完全ではない」と知っていても、つい、自分に都合の良い行動をとってしまいます。

食事の材料はすでに土曜日に購入していました。しかし、コロナの話を聞いた時点で、僕には「子供たちとの夕食」は頭にありません。ですから、日曜のお昼に簡易テスト陰性の結果を聞いても、僕と家内の夕食に、餃子の代わりに何か別の料理を作ろうと家内に言ったのです。

「陰性なんだから、食事をキャンセルするわけないでしょ! 陽性だったらキャンセルって言ったのよ、ちゃんと人の話を聞いて理解しなさい」と、家内は怒るように言いました。僕にしてみれば、キャンセルするのが当然と思っていたのですが、家内は陰性なのに「感染者扱い=バイ菌扱い」しているとでも思ったような反応でした。悪気はなくとも常に自分が正しいと思い込んでいる家内に対して、もう少し賢く言えばよかったと今では思っています。

子供たちはバルコニー、僕と家内は室内で食事をしたが……

夕食は楽しく過ぎました。うちの大きなバルコニーに面して大きな窓ガラスで仕切った食堂で僕と家内が、子供たちはバルコニーで食事をとりました。僕に反発したものの、不安を覚えた家内が子供たちと分けた食事を提案したのです。子供たちが来てから、家内はマスクの着用もしました。僕は1.5m以上の距離を、それ以上に触れるものにも気をつけていました。

息子を溺愛している家内、それが当たり前となっている息子。距離が大事とわかっていても、どこかにスキがあったのだと思います。

PCR検査の結果は「陽性」でパニック状態に

月曜日の午前中、届いたPCR検査の結果は「陽性」でした。一縷の望みをかけて、再度簡易テストをしても「陽性」。風邪のような症状はコロナの症状だということとわかり、家内はパニック状態となってしまいました。そこから、すべての予定を変更することに。

家内の陽性がわかったとき、僕はまだPCR検査を受けていませんでしたが、自分は陰性だろうと思っていました。「家内が陽性で症状が出るのなら、はるかに免疫力の低い自分はとっくに症状が出ているはず。奇跡的に大丈夫だったのだろう、ワクチン接種も受けているのだから」と。

家内から連絡を受け、娘はすぐに僕のPCR検査の予約を取ってくれました。娘も検査を受けに行き、幸運なことに2人とも陰性でした。

日曜日には普段通り2匹の犬もやってきていましたが、感染がわかった月曜日の夕方、娘は犬を引き取りに来ました。職場に事情を話し、その週をテレワークに変更してもらったそうです。

娘の夫はというと、サッカーをしにスイスに行っていて週末はこちらにいませんでした。そこで足を負傷して、1週間の診断書をもらい仕事は休み。しかし、足の怪我では犬の散歩もできません。

前からいるティトはたえず僕のベッドに上がり込み、食事も僕と一緒なので、彼がキャリアとなるリスクが大きすぎます。突然娘がやってきて、最初は喜んでいた犬たちもすぐに何かがおかしいと気づき、帰るのを渋っていました。(つづく)

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