がん哲学「樋野に訊け」 30 今月の言葉「大切なのは支えることではなく、寄り添うこと」

樋野興夫 順天堂大学医学部病理・腫瘍学講座教授
取材・文●常蔭純一
発行:2019年1月
更新:2019年1月

  

末期がんの夫が自分の話を受け入れてくれない

E・Uさん 主婦/68歳/大阪府

 40年以上連れ添った夫に、去年の秋、大腸がんが見つかりました。がんはすでにステージⅣ、肺や骨に複数の転移も見つかっています。先生は半年程度とみているようです。

そんな状態だから、私は夫との最後のひと時を精一杯楽しく過ごしたいと思っています。夫が元気なうちに「旅行に行ってみませんか」と提案したりもしています。海外旅行は難しいかもしれないけれど、新婚旅行で行った北海道を訪ねてもいいし、夫の転勤で何年か暮らした福岡にも行ってみたいと話しています。

しかし、夫は私の話に耳を傾けてくれません。話すことと言えば、葬儀のことや墓のこと、それに遺産や形見分けなど、自分が死んだあとのことばかりを話題にするのです。

もちろん、それも大切な事柄で、夫と話し合っておかなければならないことでしょう。でも、そんな話ばかりだと、正直なところ気が滅入るばかりです。最後のひと時は楽しい話題で、明るい時間を過ごしたい。どうすれば私の話に、夫の関心を向けさせることができるでしょうか。

正論を繰り返しても話は噛み合わない

ひの おきお 1954年島根県生まれ。(財)癌研究会癌研究所病理部、米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター、米国フォクスチェースがんセンター、(財)癌研究会癌研究所実験病理部長を経て現職。2008年「がん哲学外来」を開設、全国に「がん哲学カフェ」を広める。著書に『見上げれば、必ずどこかに青空が』(ビジネス社)など多数

 私が主宰するがん哲学外来にも、似たようなご夫婦が訪ねてこられることがよくあります。ご夫婦のどちらかが、がんを病み、もう一方が相手を支えている。にもかかわらず、双方の思いが噛み合わないというケースです。これは互いの意見は間違っていない、つまり正論であることにも原因があるように思われます。

ご質問のケースもそうした例でしょう。がん患者であるご主人の言い分ももっともで、奥さんの意見にもやはり一理ある。そして、それぞれ自分が正しいと思っているから、自分の意見を引っ込めない。それで、ご主人と奥さんの双方が自分の話ばかりを繰り返す結果に陥っているのではないでしょうか。

こうした場合に求められるのは、「正論より配慮」という考えです。

早い話、どちらかが自分の話をひとまず置いて、相手の話にじっくりと耳を傾ければいいのです。これはがん患者に限りませんが、配慮を求められるのは、相対的に強い立場にいる側です。ここで言えば、元気な奥さんのほうが一歩譲るべきだということになるでしょう。

と、言うと奥さんは、「これまでもご主人の話を聞いてきた」と反論されるかもしれません。実際、単に話を聞くという点で言えばその通りでしょう。ただ、この場合で大切なのは、奥さんがどんな態度でご主人の話を聞いていたか、ということです。

ひょっとすると、ご主人が死後のことについて話し始めると、表面上は相槌を打っていても心の中では「またか」と、舌打ちしたりしていたのではないでしょうか。病いを得、心理的に鋭敏になっているご主人は、そうした奥さんの心中を見抜いているのかもしれません。

そして、もう1つ、これも少々意地悪な見方ですが、奥さんがご主人に「最後を楽しく過ごさせたい」と願っている気持には、憐みや同情が含まれてはいないでしょうか。こうしたネガティブな感情は、相手からすれば余計なお節介以外の何物でもありません。

そんな感情を示されるなら「放って置いてくれるほうがずっといい」と誰もが感じるものです。末期のがん患者の場合はなおさらでしょう。ご主人との関係を良好なものにするには、まずはそうした自分自身の気持ちをも直す必要があるでしょう。

支えるよりも「寄り添う」こと

さて、では具体的にどうすればいいのでしょう。

もちろんご主人にも改めるべき点はあるのでしょうが、ここでは奥さんの働きかけについてみておきましょう。

まず大切なのは、奥さんが自分の気持ちを見直すということですが、そこでやっていただきたいのは、「自分がこの人を支えよう」と思っていないか、ということです。

人を支える――これはとても大切なことですが、同時にとても難しいことです。そして、相手にすればとても大きな負担に感じられることでもあります。支えたいという心理には、前述した憐みや同情に起因することもありますが、そうした場合には、良かれと思ってやったことが逆効果につながることも多いものです。

そうしたことを考えると、「支えよう」という気持ちは、ひとまず捨て去ったほうがいいでしょう。それよりも無心に、ただその人に「寄り添う」ということを考えてはどうでしょうか。何も話さなくてもかまわない、ただそばにいて、相手のことを受け入れればいいのです。と、言うと簡単なことのように思われるかもしれません。

しかし、実際はこれが難しい。何故ならこの場合には、言葉を介した会話ではなく、心と心をつなぐ対話が求められることになるからです。この「寄り添う」という行為を自然に行うには、それなりの訓練が必要です。まずは30分間、会話なしでご主人と共に過ごすことから始めればいいでしょう。

そして「寄り添う」ことができるようになれば、今度は精一杯、ご主人の話に耳を傾ける。長時間の会話は必要ありません。1日1テーマ。時間は3分間で構わない。その代り、その間は集中して話を聞き、ご主人に思いのたけを吐き出してもらうのです。そうして精一杯話せば、ご主人も心地よく疲労し、そのことに充実感を覚えるでしょう。

そうして今度は自然に奥さんの話に耳を傾けるようになるでしょう。つまり、「寄り添う」という行為を出発点にして、互いが互いを認め、理解し合う関係が築かれるということです。そのためには、まずは「支えよう」という大それた気持ちを捨て去り、無心になって相手に「寄り添う」姿勢が必要でしょう。

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