がん哲学「樋野に訊け」 28 今月の言葉「自分ががんになったのはこの時のためかもしれない」

樋野興夫 順天堂大学医学部病理・腫瘍学講座教授
取材・文●常蔭純一
発行:2018年11月
更新:2018年11月

  

親友に会いたいが心配させたくない

T・Mさん 独身/68歳/兵庫県

 4年前に乳がんを患いました。診断はステージ(病期)Ⅱで、乳房の全摘手術とその後のホルモン療法で元気を取り戻すことができました。そしてあと一息で5年を迎えようというときに、状況が一変しました。

術後4年の検診で、肺と脳への転移が見つかったのです。転移部位は6カ所、現在は通院で化学療法と放射線治療を受け続けています。もっとも、率直にいって、これらの治療にどれほどの効果があるのかはわかりません。

私は兵庫県のある病院で30数年間、看護師として働いてきました。その間には、多くの乳がん患者さんも見ています。その経験から、私のがんはどうもたちがよくないような気がするのです。

そして今、1つ気がかりなことがあります。私には、看護学校時代からずっとつきあいを続けている2人の親友がいます。学校を卒業後、それぞれ兵庫、福岡、東京と異なる地方の病院で働いていましたが、生涯、友人でいようと誓い合い、年に1度は誰かの家に泊まったりして、一緒に旅行を楽しんでいたのです。

その2人の親友が、このところ私と連絡が取れないことから、とても心配しているようなのです。私は髪が抜け、やせ衰えた今の姿を見せたくないので、2人からの電話やメールには知らん顔を決め込んでいました。治療がひと段落し、少しは元気になったときに、会いたいと思っていたのです。

しかし、今の状態が続くようだと、私は2人に会えないまま人生を終えてしまうことになるかもしれません。そう思うと、自分から連絡しなくてはと思うし、しかし、今の自分の状態を見せたくないという心理も働いてしまいます。これまでずっと独身を通し、家族もいない私には2人はかけがえのない存在です。その2人に心配をかけることなく、友情を確かめ合うにはどうすればいいでしょうか。

人は思っているほど自分を気にかけていない

ひの おきお 1954年島根県生まれ。(財)癌研究会癌研究所病理部、米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター、米国フォクスチェースがんセンター、(財)癌研究会癌研究所実験病理部長を経て現職。2008年「がん哲学外来」を開設、全国に「がん哲学カフェ」を広める。著書に『見上げれば、必ずどこかに青空が』(ビジネス社)など多数

 人は誰でも、死を意識するようになると、それまでの人間関係について再確認したり、修復を試みたりしたくなるものです。これは自らの人生を整理してから、旅立ちたいという心理によるものでしょう。それでなくてもT・Mさんにとっては、2人の友人はかけがえのない存在です。自らの生が尽きないうちに、最後の交歓を楽しみたいというのは、当然の人情といえるでしょう。と、すれば2人と連絡を取り、再会を果たせばいい。

ただ、再会の前に1つ、やっておくべきことがあります。それは、覚悟を決めておくということです。例えば、ひょっとすると2人の友人は、やつれ果てたT・Mさんの姿を見て、落胆の色を見せるかもしれません。

また、人によっては、T・Mさんにとっては、もっとも不本意な〝同情の意〟を示すことも考えられます。そんな場合には、いくらこれまでの長い歴史があるとはいえ、2人の親友との関係に終止符を打つことになるかもしれません。私が「覚悟を決めてから会いなさい」と言うのは、そうしたリスクがあることも承知しておいたほうがいいということです。

もっとも、こういうと語弊(ごへい)があるかもしれませんが、現実には病気になった人が心配するほど、友人たちはその人の状態を気にはかけていないものです。

病気になったのだから、やつれているのが当たり前、不自然に元気だったりすると、逆に当惑してしまったりすることもあるものです。まして、T・Mさんの2人の友人は、T・Mさんと同じ看護師として働き続けてきて、さらに4年前にT・Mさんが乳がんを患ったことも知っているのでしょう。と、すれば現在のT・Mさんがどんな状態でいるのかも、大方のところは理解していることでしょう。

それなら、何の不安もなく2人に会えばいい。無理に元気に見せようなどと考える必要もありません。ありのままの自分をそのまま見せればいい。それがかけがえのない友情を分かち合ううえで、最も大切なポイントと言えるでしょう。

晩年だからこそ得られる本当の充実感

ただ、私としては、もう1つT・Mさんにアドバイスをしたいと思います。と、言うのはT・Mさんは、どうも 従来の人間関係ばかりにとらわれているような気がするからです。もちろん、これまで育んできた友人や知人との関係を再構築することも大切です。しかし、それと共に、新たな人間関係を築いていくことも怠りないようにするべきではないでしょうか。

T・Mさんはがんが再発して、好むと好まないにかかわらず、これまでとは異なる状況に身を置くようになっています。これは本人にすれば、大きな人生の転機と言っていいでしょう。言葉を替えれば、T・Mさんが1人の人間として、新たな人生に向かう出発点を迎えているとも言えるのです。

これからT・Mさんの生がどれだけ続くかはわかりません。それこそ神のみぞ知るところです。でも、だからこそ、T・Mさんには、その新たな人生を充実したものにしていただきたいのです。そのためには何より、多くの人たちとの出会いが必要でしょう。例えば、病院内のサークルのようなものでもいいし、がんの患者会でもいい。もちろん、私が主宰しているがん哲学カフェでもかまいません。

いろんなところに顔を出して、多くの人たちに接し続けていただきたい。そうして、新たな人たちとの交友を育んでいるうちに、「自分がこれまで生きてきたのはこの時のため」、あるいは「自分ががんになったのは、この時のため」と、思えるような瞬間が訪れるかもしれません。

そして、そのときにこそT・Mさんは1人の人間として、本当の充実感を味わうことができるでしょう。私は、それこそが人間の本望ではないかと思います。

これまでの人間関係ももちろん大切です。でも、それに加えて、最後の折り返し地点だからこそ、新たな人間関係を築いていくことの大切さもご理解いただければと思います。

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