腫瘍内科医のひとりごと 159 活性酸素のこと

佐々木常雄 がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長
発行:2024年3月
更新:2024年3月

  

ささき つねお 1945年山形県出身。青森県立中央病院、国立がんセンターを経て75年都立駒込病院化学療法科。現在、がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長。著書に『がんを生きる』(講談社現代新書)など多数

先日、朝日新聞の夕刊に「孤立したアリ、なぜ短命」という見出しの記事がありました。この記事では、産総研(産業技術総合研究所)の古藤日子研究員らの実験を紹介していました。

孤立行動アリ vs. グループ行動アリ

アリは複雑な社会構造を持って生活する社会性昆虫で、個体寿命も約1年と比較的短いため研究モデルとし、1匹だけでケースに入れた孤立アリと、10匹をケースに入れたグループアリの行動観察をしました。

孤立アリは、壁際をうろうろする時間が長く、巣に入ってもすぐに出てきてしまうという異常行動があり、半数が25日ほどで死んでしまいました。

しかし、グループアリでは、ほとんどが巣の中に入り、数匹が外で見張るという習性通りに行動し、観察を終えた50日経っても、8割近くが生きていました。

「孤独アリはなぜ、異常行動で短命なのか」

実験開始から24時間後、それぞれのケースのアリからRNAを抽出して遺伝子解析をすると、孤立アリでは活性酸素をつくる遺伝子の発現が増えていました。

昆虫においては、酸化ストレスを緩和することが知られている物質メラトニン(哺乳類では生体リズムの制御に関わる)を孤立アリに投与してみると、異常な行動がおさまったうえ、生存が50日前後まで延びていました。アリが孤立すると、活性酸素が増え、寿命が短くなる原因になっていたのです。

「今後、社会的な関わりが生き物の健康を左右することを、アリを使って解明していきたい」として、「人が孤独に強くなる方法や、ストレス緩和方法などを調べることが出来るのではないか」と、期待を寄せているとのことでした。

活性酸素と社会的なかかわり

活性酸素とは、フリーラジカルで、呼吸により体内に取り込まれた酸素の一部が、通常よりも活性化された酸素のことで、人の体を酸化させるのです。

通常、分子の中の原子核の周りにある電子は、2つが対になって安定していますが、フリーラジカルは、電子の1個が離れて、対をなしていない電子を持つ原子、分子のことで、電子が足りないために不安定で、反応しやすいのです。

活性酸素は、生体内に存在し、適量では、免疫機能で、病原菌やがん細胞を攻撃することに欠かせない役割を果たしています。ところが、過剰になると人体に良くない細胞障害を起こします。老化を早めたり、発がん、生活習慣病の原因につながり、動脈硬化、シミ、シワなど、身体に多くの害となるといわれています。

体内にフリーラジカル、つまり活性酸素を過剰に増やす原因に大気汚染、放射線、薬物、有機化合物、タバコ、食品添加物、さらに過度の運動、ストレス、虚血などがあげられています。

過剰な活性酸素は、遺伝子の突然変異、がん遺伝子の活性化、がん抑制遺伝子の不活性化を起こします。つまり、細胞のがん化を促進する、がんのリスク要因にもなるのです。

逆にがん治療においては、がん細胞を攻撃するために、意図的に活性酸素を生成してDNAなどの核酸を損傷し、細胞死に至らしめる抗がん薬もあるのです。

活性酸素の過剰な発生を阻止するためには、適度な運動、バランスの良い食事、十分な睡眠、禁煙などがあげられています。つまり、活性酸素の除去はがんの予防にもつながるのです。

「社会的な関わりが生き物の健康を左右する」

このアリの研究は、単独世帯が増えている高齢社会で、大切なことを教えてくれていると思いました。

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