精神腫瘍医・清水 研のレジリエンス処方箋
実例紹介シリーズ第4回 再発した妻が治療を拒否
Q 再発した妻が治療を拒否
去年2月に、妻の乳がんホルモン療法が終わり、妻の全快と私の退職祝いを兼ねて海外旅行に行き、お互いを労いました。会社からは嘱託でと請われたのですが、老後を2人でゆっくり楽しみたいと退職しました。今年になって妻の体調不良が続いていましたが、6月検査の結果、肺と脳に転移していることがわかりました。
初めの告知のときはもちろんショックは受けましたが、乳がんについて勉強したいまは、再発の告知ショックのほうがはるかに大きいです。妻は、もう治らないのに治療は受けたくないと病院に行くことを拒否しています。私は治療を一刻も早く受けて欲しいと気が焦るばかりです。どう説得すれば治療を積極的に受けてもらえるでしょうか。
(61歳 男性)
A 治療について最終的に決めるのは本人
質問を読んで、あなたの奥さんへの心遣いに思いをはせました。きっととても仲のよいご夫婦で、あなたは奥さんとの楽しい老後をいろいろと思い描かれていたことでしょう。
そんな中で、奥さんのがんが再発してしまった。奥さんは、「治ると信じてつらい治療に取り組んできたのに……」と徒労感や虚無感でいっぱいなのかもしれませんし、もう一度治療をがんばろうという気持ちにならないのですね。
一方で、あなたは奥さんの耐え難いつらさを想像すると同時に、自分が思い描いていた夫婦のこれからの老後の人生が様変わりしてしまったことへのやりきれなさも感じているのではないでしょうか。
現在はがん治療が飛躍的に進み、再発してもがんの進行を長く抑えたり、症状をやわらげたりすることができるようにもなってきています。ですから、あなたが奥さんに「早く治療を受けてほしい」と思われる気持ちはよくわかります。
ですが、治療を拒否されている奥さんに対して、「早く治療を受けて欲しい」という気持ちを前面に出すのは、あまり得策ではないと思います。あなたの奥さんを想う気持ちとは裏腹に、奥さんは自分の主張を拒絶されたと感じ、心を閉ざしてしまう恐れもあります。
頭ごなしに奥さんを説得しようとしても、人の心はなかなか動かないものです。ここはまず、「なぜ治療を受けたくないのか」という、奥さんの気持ちを理解してあげることが大切ではないでしょうか。
できれば、「今あなたはどんな気持ちなの?」などと尋ねてみられるといいですね。そして、まずは奥さんの気持ちを否定せず、今どのような心境でいるのか、治療を頑張ろうとは思えない理由などを、奥さんにゆっくり話してもらえるとよいですね。
再発を知った人の多くは、しばらくの間、激しい怒りや悲しみ、絶望感に襲われるものです。奥さんの場合も、再発告知の直後で絶望され、投げやりになっているのかもしれません。そのような場合は、奥さんの気持ちが落ち着くまで待っていることも一案だと思います。
しかし、ある程度奥さんなりに考えたうえで「治療はしない」と言っているのであれば、まずは奥さんの気持ちを「そうか、そんな心境なんだね。あなたが治療を受けたくないという事情を僕なりに理解したよ」と受け止める必要があります。
そして、「それでも、僕はあなたと少しでも長く一緒にいたいと思う。これは僕の勝手かもしれないが、あなたに治療を受けて欲しい」などという具合に、あなたの気持ちを伝えてみてはいかがでしょう。あなたの強い想いを聞いて、奥さんの気持ちが「家族と少しでもいっしょにいたいので、治療を受けてみよう」という方向に変化するかもしれません。
ある患者さんは、大腸がんのIV期と告知され、「緩和ケア」を受けると決めました。しかし、息子さんが治療を受けてほしいと泣いて頼み、その強い思いと涙を見て、考え直して治療を受けることを決めたそうです。
ただし、治療を受けるのは奥さんですから、最終的な決定権は奥さんにあります*。奥さんが提案された治療のメリットやデメリットを理解していて、あなたの気持ちを伝えたうえで、それでも「治療を受けない」というのであれば、それが奥さんの「選択」なのです。
この段階に至っても「治療を受けないことは、僕は許さない」などと強く反対することは、奥さんを苦しませるし、これからの2人の関係にひびが入ってしまうリスクさえあります。あなたにとってとても苦しいことでしょうが、最終的には奥さんの気持ちを受け入れることが必要です。
そして、「つらい治療は受けなくてよいから、苦しい症状を取ってもらうための受診は継続しようね」と、緩和医療は途切れずに受けられるように働きかけましょう。
あなたにとってもさまざまな受け入れ難いことがあることを私も承知しているつもりです。しかし、あなたがこのことと向き合い、奥さんとのこれからの時間を豊かに過ごすことができることを祈っております。
*自分が結果を受ける課題は、自分が責任を持って、他人にそこには踏み込ませない。逆に他人の課題には踏み込んではいけない。これをアドラー心理学では「課題の分離」と言います。多くの人間関係のトラブルは、課題の分離ができない(人を自分の課題に踏み込ませる、自分が人の課題に踏み込む)ことから生まれます
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