精神腫瘍医・清水 研のレジリエンス処方箋

実例紹介シリーズ第9回 ホルモン療法中止して子どもが欲しいのに、夫が反対しています

構成・文●小沢明子
発行:2022年2月
更新:2022年2月

  

ホルモン療法中止して子どもが欲しいのに、夫が反対しています

私は結婚して2年、そろそろ子どもが欲しいと思っていた矢先の35歳で乳がんになりました。ホルモン受容体陽性ステージIIで全摘後、現在はホルモン療法中です。ホルモン療法は最低5年行い、治療中は妊娠できないと担当医からいわれました。これでは、治療を順調に終えても40歳すぎてしまいます。

初めは、恐くてしっかり治療することしか考えていなかったのですが、落ち着いてくると、ホルモン療法を行っても再発リスクはゼロにはならないのですから、それなら中止してでも子どもが欲しいと思い始めました。

ところが、問題は夫です。私の体を危険にさらしたくないから治療は中断すべきでなく、今、子どものことは考えたくないと言います。どうしたら考えを変えてくれるか、私のことを思ってのことなので思い悩んでいます。

(30代 女性)

とても悩ましい現実

しみず けん 1971年生まれ。精神科医・医学博士。金沢大学卒業後、都立荏原病院で内科研修、国立精神・神経センター武蔵病院、都立豊島病院で一般精神科研究を経て、2003年、国立がんセンター(現・国立がん研究センター)東病院精神腫瘍科レジデント。以降一貫してがん患者およびその家族の診療を担当。2006年、国立がんセンター中央病院精神腫瘍科勤務、同病院精神腫瘍科長を経て、2020年4月よりがん研有明病院腫瘍精神科部長。著書に『人生で本当に大切なこと』(KADOKAWA)『もしも一年後、この世にいないとしたら』(文響社)『がんで不安なあなたに読んでほしい』(ビジネス社)など

日本の女性がかかるがんの中で、最も罹患率が高いのは乳がんです。30代からその罹患率が上昇し、40代後半から60代にかけてピークを迎えます。乳がんの治療と妊娠したい時期が重なると、優先順位を決定して取捨選択しなければなりません。手術後のホルモン療法の内服期間が5~10年と長いため、加齢による影響で妊孕性(にんようせい)が低下してしまうことは、若い乳がん患者さんの重要な課題となっています。

あなたのご質問を読んで、どのようにお答えしたらいいのか、とても考えさせられました。結婚して、そろそろ子どもが欲しいと思っていた矢先に乳がんがわかり、さらにホルモン療法を受ける場合は手術後最低5年間妊娠できない――。こうした現実を受け止めるのはとてもつらいことだと思います。その気持ちを想像すると言葉を失ってしまいます。

あなたは、再発のリスクを下げるためのホルモン療法を中止してでも子どもが欲しいと思っている。一方で、ご主人は子どもを作ることよりもあなたの体の安全を最優先したいと考えているので、隔たりがあるのですね。

ご質問にある「どうしたら考えを変えてくれるか?」という言葉が気になりました。その強い言葉には「子どもを産む」ことは、あなたにとって絶対にあきらめがたいことなのだという気持ちがあふれています。

しかし、考えを変えるかどうかはご主人が決めることであり、ご主人の気持ちがどういう方向に動くかはわかりません。希望されているように物事は展開するかどうかは確信が持てず、今日のお答えはあなたにとってつらい内容が含まれてしまうことをお許しください。

あなたにお勧めしたいことが3つあります。それは、①病状をきちんと認識する、②自分のこころの整理をする、③夫婦でどんな将来を目指したいかを話し合う、です。

①病状をきちんと認識する

「そんなことはわかっている」と言われるかもしれませんが、次のような可能性をきちんと想定されていますでしょうか? ホルモン療法をやめて子どもを作ろうとしたとしても、子どもは授かりものともいいますが、必ずしも妊娠するとは限りません。

また、子どもができたとして、もしあなたの乳がんが再発したら、子どもが成人する前にあなたが亡くなってしまう可能性が高いわけです。それでも子どもを作るという選択ももちろんありですが、あなた自身、ご主人、そしてこれから生まれてくるであろう子ども、それぞれにリスクがあるわけです。

ホルモン療法を受けずに再発したとしても、あとから選択に後悔しないために、まずはご夫婦ともに病状を詳しく知っておくことをお勧めします。

すでにされているかもしれませんが、それぞれの選択肢のメリット、デメリットをきちんと比較しておく。とくに、ホルモン療法を行う場合と行わない場合の再発率の違いを担当医に確認するとよいでしょう。

一般的には、あなたのようにエストロゲンを取り込んで増殖するタイプの乳がん(ホルモン受容体陽性)であれば、ホルモン療法はとても有効です。あなたがいわれるとおり、ホルモン療法を行っても再発のリスクはゼロにはなりませんが、手術後の初期治療として行うことで、再発や転移する可能性を最大で半分ほどに減らすので、その差はあるわけです。

②自分のこころの整理をする

文面からは「子どもが欲しい」という強い熱意と、絶対にあきらめたくないという想いが伝わってきました。あなたはなぜ子どもが欲しいのか、どんな家庭を理想像として持っているのか、ご自身の気持ちを掘り下げてみてはどうでしょうか。

あなたには理解できないかもしれませんが、世の中には「子どもは作らない」という選択をするご夫婦もたくさんいます。その理由は様々ですが、例えば、ある女性の場合は、「自分の母親にネグレクトを受けたため、母親という存在にとてもネガティブなイメージを持っている」という理由を話してくれました。

あなたにも、子どもを欲しいという強い想いの背景には何かがあるはずです。例えば、子ども時代のお母さんとの思い出がたくさんあり、お母さんのことが大好きで、自分もそういう母親になりたいという願いとつながっていることがあります。

あるいは、「子どもを産んで育てることが、女性にとって大切なこと」という価値観の影響を受け、自分もそうあるべきだという考えの方もおられます。場合によっては、カウンセリングを受けて、家庭や親についてどんなイメージを持っているのかが理解できると、自分のことを客観的に見る視点が生まれます。それは、今後ご主人と話し合っていく土台になるかもしれません。

③夫婦でどんな将来を目指したいかを話し合う

ご主人の「今、子どものことは考えたくない」という意見は受け入れられないとしても、「子どものことは考えたくない」、「いや、絶対に子どもが欲しい」というお互いの主張だけでは平行線をたどってしまうでしょう。

ここはご自身の思いを一度飲み込んで、ご主人がどんな気持ちでいるのかを理解しようとしてみませんか? ご主人は、あなたの身体を危険にさらしたくないと思っているとのこと、あなたのことをとても心配されているのですね。ご主人の思いにあなたが理解を示すと、ご主人もあなたの気持ちを理解しようという姿勢を見せるかもしれません。

そのうえで、おふたりにとって理想の家庭とはどのようなものなのか、そこに子どもは必須なのか、あなたとご主人は子どもについて、それぞれどんな考えをもっているのか、よく話し合ってみれるとよいのですが。

おふたりの「こんな家庭にしたい」というゴールに向かって、意見を突き合わせていけば、これからどうしたらいいか、話を進めることができるのではないでしょうか。

ふたりだけで話すと感情的になってしまう場合は、信頼できる中立な立場の人を交えて、三者で話し合いをするとよいかもしれません。また、腫瘍精神科などを受診して夫婦カウンセリングを受けるのもよいと思います。

おふたりがどんな結論を出されるのかはわかりません。折り合いをつけるためにはお互いが譲歩しなければならないかもしれませんが、それぞれの気持ちを尊重しあい、納得した答えを出されることをこころから願っています。

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