PSAのレベルと前立腺がんの診断と予測
この検診は割に合うか

文:諏訪邦夫(帝京大学八王子キャンパス)
発行:2007年12月
更新:2013年4月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

PSAが、前立腺がんの「腫瘍マーカー」(*1)として確立し、アメリカでは中高年男性の半数近くがこの検査を受けている由です。PSAの数値は4.5ng/ml をカットオフ値とし、以下なら正常、以上なら前立腺がんを疑って精査するとしています。この検診の有効性について考えます。

*1 前立腺がん専門サイトを参照 

PSAが正常値でも高めの人は前立腺がんの発生率が高い

PSA(*2)に関して最近別の考え方が提出され、「PSA値が前立腺がんの発生率を予測する。PSAが正常値で高めの人は前立腺がんの発生率が高い」というのです。たとえば「中年のPSA検査で前立腺癌の長期リスクを予測」という2007年3月の新聞では「追跡調査で25年後までに、総PSAが0.5ng/ml以下の男性(非常な低値)と比較すると、0.51~1.0ng/mlの男性は、前立腺がんリスクは2.51倍増」と報じています。PSA正常値の範囲内で高めの人は、前立腺がん発生率が高い」と解釈できます。実は『ジャーナル・オブ・クリニカル・オンコロジー』(JCO)の2007年2月の発表で、原文も無料公開されています。

類似の発表はすでに2004年に、一般的な医学雑誌『ニューイングランドジャーナル・オブ・メディスン』(NEJM)にあり、PSA検査を施行して7年後に前立腺がんの診断を受けた患者450例のがん発生率は、正常低値群(0.5 ng/ml未満)では15パーセントなのに正常高値群(3.1~4.0 ng/ml)では26.9 パーセントと高く、とくに高値群では低値群より悪性のがんが30パーセントほど多かったと述べています。

この論文は正常低値群と正常高値群の比較が興味深いだけでなく、そもそも前立腺がんの発生率が高いと示している点です。ただし、前立腺がん発生は即生命の危険に結びつきません。

類似の報告は『アメリカ医師会雑誌』(JAMA)にもあり、その日本語版には「前立腺癌は低リスクでも積極的治療を」というタイトルがつけられています。

*2 prostate specific antigen(前立腺特異抗原)

前立腺がんの危険因子とスクリーニング、それとPSA

前立腺がんの危険因子とスクリーニングの関係、PSAの役割を考察したページがあります。アメリカがん学会(American Cancer Society) のガイドラインの翻訳で、原文もわかりやすい英語です。

それによると、「前立腺がんの診断法には直腸指診(*3)と前立腺特異抗原検査」との2つがあるが、「現時点では、この2つは独立に施行される。両者を組み合わせると有効性が高いと推測されるが、所見をどう組み合わせるのが正しいか現時点では不明」と述べています。

直腸指診とPSA検査はいずれも侵害度が低く、副作用や合併症は実質的にゼロですが、いずれも「確定診断」できません。「前立腺がん」と診断して、治療へと進むにはさらに生検(バイオプシー)が必要で、こちらは侵害度が高く副作用の危険が増します。それなのに、これにも「偽陽性」(がんか否か不明確)や「間違い」(がんでないものをがんと誤って診断)の危険がつねに存在します。そうすると、がんでないのに手術その他の治療を受ける危険があり、それは頻度も程度も「無視できるほど小さく」はありません。生検自体による出血や感染も発生します。

前立腺がん手術には、さらに重大な問題が3つあります。

1. 大きな手術に伴う合併症:たとえば輸血の副作用、肺障害など一般的なもの

2. 失禁:膀胱や腸管を制御する能力がなくなる。つまり、排尿と排便のコントロールがむずかしくなり、おむつの使用を強いられる。

3. 勃起不全:陰茎の勃起する能力、勃起を維持する能力が低下し、性行為に障害が生じる。

薬物療法や放射線治療も、頻度も重篤度も手術よりは少ないが、類似の障害が発生します。

*3 医師が直腸から指を入れて、前壁に存在する前立腺を触れてみる方法

「PSA検査をはじめから受けない」立場

こんな問題を踏まえて、ボストンの医師バリー氏が意見を表明して注目を浴びています。その主張を要約します。

「アメリカの中高年医師の80 パーセント がPSAスクリーニングを受けているが、私は受けない。しかし、『PSA高値で前立腺がん発生が予知できる』との新しい報告書をみて、自分の考え方を再検討すべきかと熟慮した。それで次のように結論した。
最近の論文(先に示したNEJMの論文:諏訪注)が正しいとして、そもそも現在50歳で白人の私が前立腺がんで死ぬ確率は、3パーセント程度である。
その私が定期的にPSAを受けると、数値が少し上がる度に(たとえば1未満から1を超えるごとに)、確定診断のための生検が必要になる。しかし、生検を受けることの危険は小さくはない。生検を何度もくりかえす危険は、前立腺がんで死ぬ危険より高いかも知れない。
一方で、PSAが高値だからと生検を受けて、がんがみつかる確率は低い。そうすると、PSA検査+生検を繰り返し受けても、前立腺がんで死ぬ確率は本来の3パーセントからせいぜい下がっても2パーセントになる程度だろう。どうもあまり割がよくはない。
おまけに、そうやって前立腺がんが見つかって治療し、がんが治っても、各種の合併症(前記の失禁や勃起不全)が起こる。それもあまりぞっとしない。
野菜Aを摂取すると前立腺がんで死ぬ確率が増すという報告が出たら、その野菜Aを摂取する人はいないはずだ。PSAテストは、ちょうどこの野菜Aにあたる。結果的に、『PSAテストを受けると前立腺がんで死ぬ確率が増す』だけ、せいぜい『前立腺がんで死ぬことを教えて貰える』というべきだろうが」

こうした考察で、バリー氏はとりあえずPSA検査は受けないと結論しました。この方が70歳80歳の高齢でなくて、50歳という常識的には壮年レベルの点に注意を惹かれました。

バリー氏のこの主張は、医療の他の場にも当てはまります。「検診」や「スクリーニング」で病気をみつけて治療を受ける場合、常に危険が伴います。「がんで死ぬ」のは避けたいが「医療の合併症で死ぬ」のはもっと避けたくて当然なのに、100パーセント避ける方法はありません。バランスは、患者さんが自分で評価する必要があります。

2007年9月、厚生労働省がPSA 検診の有効性を再検討し始め、日本泌尿器科学会が反発していると報道されました。日本でも、バリー氏の主張と類似の議論が発生していることを示しています。

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