- ホーム >
- 連載 >
- インターネットで探るがん情報
食事・食物とがん
食事でがんを防げるか?
すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。
今回は食事とがんの問題について考えます。食事でがんが起こる危険、食事でがんを防ぐ可能性、がん患者の食事、食事でがんを治す方法といったテーマが考えられます。その中で、「食事でがんが起こる」と「食事でがんを防ぐ」は一括して論じられそうです。
世界がん研究基金の評価
『がんサポート』でも、このテーマを何度も扱っています。論旨が明快で読みやすく、本サイトにも掲載されているのが、2008年2月号の坪野吉孝さん(東北大学)の解説記事。
主に、食事でがんを防ぐ可能性について世界がん研究基金が2007年に改訂した報告書の内容を解説しています。それによると、1997年の4000件に対して、2007年の報告書では3000件の研究を追加して分析しています。
追加された研究は、「○○の食事や栄養に××の効果があった」という単純な記述のものよりも、研究として信頼性が高い「明確な対照群をおいて、乱数割り付けや二重盲検法などを使って正確な評価を目指したもの」や、「前向きコホート研究」のように、信頼性の高い手法で得られたもの。
コホート研究とは、病気の要因と結果の関連を「集団で」検討するものをいいますが、これには前向きと後向きがあります。後向きは、現時点の結果からさかのぼって過去の状況を聞きだしたりして分析するのに対し、前向きは、問題を先に設定して、現時点から将来へ向かって状況の変化を調査していきます。後向きは結論が出やすいものの、データの信頼度がやや低く、結果の信頼度も劣ります。一方、前向きは、データの信頼度が高く、結果の信頼度も高いのですが、結論が出るまでに時間がかかります。
こういう研究を、「確実」「おそらく確実」「限定的あるいは示唆的」「限定的ないし判定不能」「リスクとの顕著な関連の可能性低い」の5段階に分けて評価しています。
報告書を見ると、肥満のリスクを大変に重く評価しています。がん予防のために推奨する方策として、「肥満を防ぐ」「毎日30分以上の運動」「高カロリー食品を控え、糖分を加えた飲料を避ける」「野菜と果物は1日400グラム以上摂取」「牛・豚・羊などの肉(鶏肉は除く)を控える」「ハム・ベーコン・ソーセージなど加工肉を避ける」「肉類の摂取量は週500グラム未満」「アルコール摂取量は1日に男性30グラム、女性15グラムまで」「塩分の多い食品は控える」「サプリメントにがん予防効果はない」「禁煙」などを挙げています。不思議なことに、魚ないし、海産物には一言も触れていません。肉の摂取量週500グラム未満という基準が厳しいと感じます。
坪野さんの解説記事には2005年のものもあり、そちらは「がん予防と食事の誤解」に関して、テレビ番組などに登場する健康法の中から、お茶や食物繊維のがん予防効果などの根拠が薄弱なことを指摘しています。ただし、「食物繊維で大腸がんが予防できる」は怪しいけれど、「繊維分の多い食品が一般に健康に有効」は否定していません。
がんセンターの評価
国立がん研究センターがホームページに「がんと食事について」という記事を載せています。こちらはがんの再発を防ぎ、がんの進行を抑えるには、どんなものを食べればよいのかに着目し、がんの予防とは立場が少し違います。といっても、内容は予防と大きな差はありません。
まず、劇的効果のある食事療法や健康食品は存在せず、巷間、大騒ぎしているものはすべて誇大宣伝と明確に宣言し、さらに「がんになってからの食生活の効果についての研究は、世界的にも始まったばかり」と述べています。
記事の中で、乳がん・大腸がん・肺がん・前立腺がんの4種類のがんを扱い、再発・生存・生活の質に対する効果の3項目について、以下のように評価しています。
体重維持と運動について:治療中は、どのがんに対しても、どの項目でも強くは薦められないが、治療後にはどのがんでも、どの項目でもある程度は薦められる。
脂肪摂取について:総脂肪も飽和脂肪酸も、減らしたほうがよさそうだが、証拠は不明確で「必ず減らすように」とは断言できない。
野菜と果物摂取について:増やしたほうがよいのはまず確実。
食物繊維・大豆:増やしたほうがよさそうだが、有効性の証拠は不明確。
このように、絶対有効とか是非採用というものはありません。
唯一、食品衛生、つまり調理時の衛生や冷蔵保存だけは、どのがんにも、どの項目にも文句なしに有用として薦めていますが、これは当たり前すぎるでしょう。
がん治療中の食事の議論
癌研究会有明病院の頁は、「がん治療中の食事について」と題して、胃切除摘出後の食事、頭頸科手術後の食事、化学療法中の食事などを詳しく解説しています。内容の一端を紹介しますと、たとえば、胃切除後は一度にとれる食事量が少ないので、分割して食事をとる工夫をして欲しいとか、頭頸部手術後には咀爵力が落ちることがあるので、やわらかい食品をとるとかいったことです。
化学療法中の食事についてとくに詳細です。臭いへの感覚・悪心・食欲不振などで食事がとりにくくなるので、ご飯やパンの主食を半分程度に減らし、麺類が好まれるので増やすこと、魚と肉は食べにくいので少なめにすること、食欲減退時でも食べられる果物を増やすこと、味覚の変化がある場合は、濃い味を好むなら梅干・漬物・佃煮などを加え、酸味を好むなら酢の物・フレンチサラダを取り入れることなど具体的です。
記事の最後に「崩食時代への警鐘」という文章があります。「飽食」でなくて「崩食」の文字を当てています。この部分はトーンが高く、日本は世界中のものが手に入る恵まれた国で、以前の皆粗食時代から飽食、さらに崩食の時代に進んでしまったと嘆いています。
実際、栄養の常識を無視して好きな物を好きなだけ食べるようになった結果、20代の人、とくに女性が骨粗鬆症と鉄欠乏性貧血になっているデータがあります。
がんの発症の原因は、遺伝的要素がほんの数パーセントで、残りは食生活など後天的要素の複合だから、がんを防ぐなら多種類の食品を摂取して互いの毒を相殺させ、加工食品の添加物・塩分過多・栄養のアンバランスを避けようと説きます。
栄養相談の聞き取り調査の結果から、病気になる以前の食生活状況に共通する問題点として早食い・好き嫌い・濃い味・野菜嫌い・暴飲暴食を挙げ、「人間の体を作るのは自然の食物のみ」と宣言しています。
食事でがんを治すという情報は、根拠の薄弱な広告的なものが多く、当初の予想通り、信頼できるものはないので紹介は控えます。