がんとCOPD(慢性閉塞性肺疾患)
がんの手術の障害になるばかりか、肺がんの原因にもなる?

文:諏訪邦夫(帝京大学幡ヶ谷キャンパス)
発行:2010年8月
更新:2019年7月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

COPDとは慢性閉塞性肺疾患(肺気腫と慢性気管支炎)のことで、一般にCOPDでは、がんの手術が難しくなります。術後呼吸器合併症が起こりやすいのが最大の理由で、とくに肺がんでは肺合併症が出やすく、後で慢性呼吸不全になったり、慢性呼吸不全の場合はその程度が進行したりすることもあります。COPDとがんとの関係を検索してみました。

COPDは肺以外の手術にも影響

COPD(慢性閉塞性肺疾患)の人に肺の手術をすれば当然、術後の肺機能は低下し、肺合併症が起こりやすくなりますが、その他の開胸手術(食道がんなど)と上腹部手術(胃がん、肝臓と胆嚢のがん、膵臓・十二指腸のがん)も、COPDが大きな影響を与えます。このうち、上腹部手術とCOPDとの関係がわかりにくそうなので説明します。

上腹部の手術は肺機能を大幅に損ないます。

第1に、上腹部の手術では腹部の臓器を横隔膜に向かって押し付けることが多いので、胸腔内の容積が減少して一部の肺胞が圧迫されて膨張しにくくなります。

第2に、胸腔内の容積が減少すると肺自体のピンと張る力が弱まって、上にある肺組織が下の肺を圧迫して下の肺が膨らみにくくなり、その部分には酸素が行き渡りません。

第3に、上腹部の手術では必ず腹筋を切るので、深呼吸や痰の喀出がしにくくなります。こうした要因から上腹部手術では肺合併症が起こりやすくなります。さらに、こうしたメカニズムだけでなく、腹腔内をかきまわすことによる神経反射や腹部臓器からの異常物質放出の影響も判明しています。

術後の合併症を増やす要因として、COPDの重症度が重視されます。ヒュー・ジョーンズの分類やMRC分類(MRCはイギリスの医学会委員会)などCOPD自体の病態の重症度を表す指標もあります。もう1つ、喫煙量(喫煙履歴)として「ブリンクマン指数」も、術後の合併症に密接に関与する指標としてよく使われます。ブリンクマン指数は、「1日に吸うタバコの本数×喫煙年数」で計算し、たとえば、1日20本で30年なら、指数は600ということになります。指数が100程度なら影響はごく小さく、500~600を超えると影響がはっきりと現れ、1000以上では重大な影響が出ます。

合併症の起こりやすさには、COPDの重症度や喫煙履歴が影響しますが、さらに、COPDが重症なら手術自体を中止する場合もあり、たとえ行っても縮小型で済ませる配慮も必要でしょう。がんが切除できても、肺合併症で生命を奪われるのでは本末転倒です。

COPDの人が手術をするリスク

そうした観点から、インターネットには患者さんやご家族から、「手術を受けても大丈夫か」という問い合わせの頁がいくつか見られ、たとえば、「自分の父親が重度の肺気腫だが、肺がんの手術を勧められている。受けても大丈夫か」とか、「肺気腫患者で、他にもいろいろな病気がある人に十二指腸粘膜下腫瘍が見つかった。手術は受けられるだろうか」といった相談があります。

それぞれの質問に回答した2人の医師は、「危険はあるが根治の可能性はあるから自己責任において」という言い方で、患者さんとご家族にゲタを預けているのが印象的でした。どんな手術でも、術後合併症の可能性はありますが、「生命を奪われる可能性が0.01パーセント(1万件に1件)程度なら手術の危険としては非常に小さい」と考えていいでしょう。しかし、「10パーセント(10件に1件)」なら危険度はかなり高いと感じるでしょう。それでも、他の治療法での生命予後がずっと低いなら、挑戦する意義はあると考える人がいて不思議ではありません。もっとも、手術では術後すぐ死ぬこともありますが、放射線や薬物治療ならすぐ死ぬことはないので、そうした差も考慮に入れてください。

当然のことながら、「難しい症例をうまく処置した」という医師側の自讃の報告もあり、国立がん研究センター外科の「高度肺気腫患者の肺切除」というページでは、「66歳男性。COPDで%FEV1.0.22%の患者に肺切除施行」となっています。この患者さんは肺活量測定のときに、最初の1秒間に吐き出せる量が1リットルを大幅に下回っている計算で、たとえば、身長を170センチとして予測値は580~760ミリリットル程度と計算され、健康な同年齢の人の4分の1以下。しかも、術前値がこれで、その上に手術を施行したのですから、術後はさらに低下したはずです。

「術後、さまざまな合併症を起こしたが耐えることができた」と述べていますが、その後に慢性呼吸不全になったのか否かは不明です。1977年の症例で、現在から見れば30年も前の話です。

植木等氏の喫煙問題に関する議論

インターネットで、タレントの植木等さんのことが話題になっていました。2007年3月に亡くなりましたが、直接の死因は呼吸不全で、前立腺がんも患っていたと発表されました。肺気腫という病名を書いた新聞もありました。

ところで、この発表に対して日本禁煙学会が声明を発表して、植木氏の私生活、死因と喫煙との関係を分析しています。それによると、植木氏は、私生活でも20歳から70歳まで喫煙を続けていたそうです。植木氏は70歳ころから晩年の10年を肺気腫と呼吸不全で苦しみ、酸素を吸入して生命を維持し、しかも前立腺がんで亡くなっているのですから、「肺気腫・呼吸不全・前立腺がん」と喫煙との関係を強く疑うのが自然です。それなのに、死亡を伝えるニュースには、病因と喫煙との関係に触れたものがまったく存在せず、「報道側が意図的に隠蔽していると解釈せざるを得ないから厳重に抗議する」というのです。

日本禁煙学会の意図は理解できますが、一方で、70歳まで活動して80歳まで生きたのですから、もって瞑すべしという考え方があるかもしれません。

COPDで肺がんが起こるか

今回は、がんとCOPDの関係を調べました。得られたのは予想通り、「COPDががんの手術を難しくする」というデータが中心でした。ところで、喫煙がCOPDを招き、もう一方で肺がんをはじめとして各種のがんを引き起こすことは確立した事実です。したがって、喫煙を介して、COPDとがんが相関することも容易に想像できます。 「COPDの人には肺がんが多い」という記述もありました。しかも喫煙を介するものでなくて、もっと積極的に「COPDは前がん状態」と捉える考え方のようで、「吸引ステロイド剤によってCOPD患者の肺がんを回避できる可能性がある」という論文が、2007年のアメリカ呼吸器学会誌に発表されています。この研究は物議をかもしているようで、もう少しデータが整ったら再検討したいと思います。

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