がん治療ワクチン
久留米大学のサイトから治療ワクチンの現況を探る

文:諏訪邦夫(帝京大学幡ヶ谷キャンパス)
発行:2010年6月
更新:2013年4月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

子宮頸がんに対するワクチン承認というニュースに触発されて、「がんワクチン」を調べました。上記は「がん予防ワクチン」ですが、調べてみると治療用ワクチンの記述のほうがずっと多くあります。それは、まあ当然でしょう。予防より、治療のほうが重要なのは当たり前ですから。

充実した解説が少なく、期待はずれ

検索して目次頁をみると、「素晴らしく有効そうな話」が沢山みつかるのに中身は貧弱で、「がんワクチン」をしっかりと解説したものは乏しく、期待はずれでした。がん治療ワクチンについては久留米大学、大阪大学(阪大)、東京大学医科学研究所(東大医科研)などが情報を提供しており、いずれも総論は「なかなか素晴らしそうなこと」が書いてあります。

久留米大学にはがん治療ワクチンに関する頁が3つあり、解説としてわかりやすいのは「がんペプチドワクチン臨床試験」という頁です。

一般の「ワクチン」は、病原体(細菌やウイルス)に似ていて病原性のない細菌やウイルス抗原(生体内の抗体と反応する物質)を宿主(生物が寄生する相手の生物)に与えて、当該病原体に対する免疫を誘導して病原体の感染を予防します。つまり、「病原微生物の代わりに免疫を持たせる目的で使う抗原微生物がワクチン」で、現在行われる種痘やポリオワクチンがその例です。

がんでは病原体がずっと複雑ですが、それでもがん細胞にある成分のうち、体の免疫系が標的抗原として認識できる場合があり、それに対して特異的な免疫を誘導して抗体をつくり、その抗体を与えてがんを攻撃するとの考えが基本です。

がんは本来の人体細胞と違いますから、一種の異物であるがんを攻撃する機能が人体自体に備わっており、がんと人体とのせめぎ合いでがんの進行が速まったり遅くなったりします。

がんワクチンは、この人体側の攻撃機能を高める役割を強めることを狙うので、理屈ではがんの治療にも予防にも有効な免疫療法です。

がんワクチンに使用される「ペプチド」とは?

一部のがんはウイルスが引き起こすことがわかっており、ワクチンでウイルスの感染を予防したり、ウイルスを攻撃することでがんの予防や治療効果が期待できます。

しかしウイルスと直接関係がなくても「がんに特異的な物質」があれば、それを「がん抗原」として抗体をつくって攻撃する可能性があります。がん抗原の特異性が高くて正常細胞には存在しない度合いが強いほど、抗体もがんだけに作用して副作用は少ないはずで、まずこの物質を探さねばなりません。がん抗原がみつかったら対応する抗体をつくり、それを本来体が攻撃用にもっているリンパ球の一種のキラーT細胞(細胞傷害性Tリンパ球、CTLとも呼ばれる)に乗せて治療します。

がんワクチンでは、「ペプチド」という単語が登場します。英語は「peptide」で、「ペプタイド」のほうが原語の発音に近そうですが、ここでは慣用でペプチドを使います。ペプチドは、こういう物質です。がんは細胞ですから、細胞膜で守られて外からの物質が作用しにくい条件にあります。細胞の主成分はタンパク質で、それ自体は細胞内に潜んで、直接攻撃するのは容易ではありません。ところが、タンパク質は細胞内で分解されて、小さい分子のペプチドになります。具体的な数でいうとタンパク質はアミノ酸(タンパク質の構成単位)が数百以上という大きな分子ですが、それが壊れてできたペプチドはアミノ酸が10個程度の短い鎖あるいは小さな分子で、これが細胞膜の外側に顔を出します。細胞膜の外側にあれば捕捉が可能で、それを標的抗原として抗体をつくり、リンパ球(白血球の一種)に抗体を乗せて攻撃させるというのが、「がんワクチンによる治療」の基本の考え方です。

久留米大学「がんペプチドワクチン臨床試験」頁の「試験に用いるペプチドワクチンと投与方法」内の記述では、「がん関連抗原より大学免疫学講座で同定して、開発した68種類のペプチドをアメリカで合成。人に投与できる薬剤基準値を満たしたものを使用」とあります。微生物のワクチンの場合は単純な構成でせいぜい数種類ですが、がんではこんな多種の組み合わせが必要なのでしょう。

がんワクチンの治療成績はまだ明らかではない

がんワクチンの有効性は、現時点では高いとはいえません。

久留米大学の頁には「臨床試験の結果、前立腺がん、脳腫瘍、子宮頸がん、大腸がんなどでがんが元の大きさの半分以下に縮小した症例を複数経験しました。これにより、ペプチドワクチン単独でも効果が出ると証明されましたが、その確率は高くはありません。

しかし一方で、手術や抗がん剤による化学療法、放射線療法などの治療を受けられたのち、その治療効果がなくなった患者さんへの試験では、ワクチン投与により、長い期間「がん」の進行が抑えられ、長い生存期間を得られた症例もみられました。

これらの経験から、当ペプチドワクチン療法は他の治療法と異なり、副作用が少なく、がんを小さくしないまでも質の高い余命を提供できる可能性があると考えます」(文章一部改変)という遠慮深い記述です。この頁には、がんワクチンの作用に関してわかりやすい図が描かれています。

東大医科研の頁も、「(この治療法は)研究段階で、効果は確実ではありません。予期せぬ重篤な副作用もこれまでは認められていませんが、発生する危険性が無いとはいえません」と、やはり謙虚ないし自信のない表現で、成績に関しては遠慮した表現です。

手術成績などで、「○○例で5年生存率が××パーセント」と誇らしげに述べるのと比較すると極端に控えめです。

副作用として、久留米大学は「自己免疫疾患が誘発される可能性」に言及しています。メカニズムから起こりうることは理解できるものの、治療実績が乏しいので頻度などは不明です。

がんは個人差が大きく、抗体を大量生産しようとすれば効果が乏しくなり、「テーラーメイド」で患者毎に違う物質を使うには時間と手間と費用がかかり、この点が一般の細菌やウイルスのワクチンとは違います。また、すべての実験的治療に当てはまる問題として、有効性の確認ができないので現時点では健康保険が適用できず、症例が増えません。症例が増えないから有効性も確認できない悪循環にあるようです。それでも、久留米大学は積極的で「がんワクチンを希望される患者さんへ」という頁もありました。

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